月桜鬼 第一部

□月華
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徐々にいのりは明るさも取り戻し、激しかった人見知りも、
近藤以下、幹部達には笑顔を見せる程、収まっていった。

しかしどうやら夜になると、いのりは部屋を抜け出しているようだと、監察役の山崎からの報告があった。

まだまだ、あの少女には何やら秘密があるのだろうか・・・・。

ある夜、怪しんで斎藤が監視していると、いのりは一人で中庭に出てきた。
身も震える程の寒さの中、寝間着だけで外に出ているいのりの姿に、
斎藤は風邪を引くと気を揉(も)んだ。

一言言ってやろうかと思ったが、月の霜の中佇(たたず)み、静かに月を見上げている少女の神秘的な美しさに、
斎藤は息を飲んで立ち尽くしてしまった・・・・。

青白い月明かりの下、凛と立っているその姿は、少女の無垢な幼さが消え、何とも言えず幻想的で美しかった。

斎藤は声をかけることすら忘れ、ただ暗闇から、天より注がれる月明かりに照らされたいのりの美しい横顔を見つめ続ける。

「何してるんだろうねぇ?」

気配を殺していつの間にか横にいた沖田に、斎藤は不覚にも気付かなかった。

「もしかして、あの子に見とれてた?」

それに気付き、意地悪そうな笑みを広げる沖田をひと睨みし、斎藤は再びいのりへ視線を戻す。

「案外、あの子はかぐや姫で、これから月に帰るんだったりして」

「・・・・子ども染みた夢物語だな」

にやにやしている沖田に、素っ気なく斎藤は返答する。

「ま、僕らもアレに関わってから、幽霊だろうが妖怪だろうが、驚かなくなったからね」

斎藤は無言で答え、いのりの方へ目線を移した。

眼を凝らすと、いのりは何かを堪(こら)えるかのようにじっと月を凝視している。
その瞳は、月の雫を受けたように潤んでいた。
体から湧き出る衝動を押さえ込むように、固く唇を噛みしめ身を震わせ、いのりは凍える月を見上げる ・・・・・。

「世の中は・・・・・空しきものとあらむとぞ・・・・・・この照る月は・・・・・満ち欠けしける・・・・」

なにやら和歌の様なものを沈んだ声で呟き、首を振るうと眼を閉じる。
暫くして深く深呼吸すると、いのりはいつもの柔らかな笑みを浮かべた。

「大丈夫・・・・私は・・・・大丈夫だよ・・・。
 諦めないから・・・絶対に・・・・・・」

そう月に優しく声をかけ、少女は部屋へ戻ろうと身を翻(ひるがえ)す。
そこでいのりはようやく人の気配を感じたのか、ふとこちらに視線を移した。
仕方なく暗闇から斎藤と沖田は姿を現す。

「っ・・・・びっくりしました・・・・・・」

一瞬声もでない程驚いたのだろう、目を白黒させ二人を見上げる。

「何してたの?」

鋭く探る様な視線を送りながら、沖田はいのりに微笑みかける。
その体からは闘気が揺らめいていて、もしいのりが少しでも不穏な動きを見せれば、
刹那に斬り掛からんばかりの勢いだ。

だが、少女は無言で頬を赤らめ、俯(うつむ)いただけだった。
どうやら、あまり見られたくはなかったようだ。

「あの・・・・・外に出てはいけなかったのでしょうか?」

申し訳なさそうにこちらを見つめるいのりの様子に、沖田はにやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。

「別に・・・・・それより、何をしてたのさ」

「それは・・・・・・・・」

「何か言ってたよね。確か、世の中は・・・・・」

「なっ・・・!何でも無いです!!おっおおおおおやすみなさい!!!」

沖田の言葉を遮り、いのりは慌てて会釈をすると、部屋へと駆け込んで行った。

「あははははは・・・・!変な子だねぇ」

さも可笑しそうに沖田は笑う。

「・・・せっかく、もしあのまま化物に変わったら、斬ってやろうと思ってたのに」

そう言って剣呑な笑みでいのりの去って行った方向を睨むと、
沖田は急に笑いを収め、つまらなそうに帰って行った。

あの娘の正体に沖田はこだわり過ぎている、と斎藤は思う。
もしかしたら、あの華麗かつ獰猛(どうもう)な英姿に、
一瞬でも魅せられた自分に、苛立ちを感じているのかもしれない。

かく言う斎藤自身も、確かにあの時の少女の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
だがそれと同じく、出逢った頃の屈託の無い柔らかな少女の印象も、斎藤の心に明瞭に残っている。

どこか暢気そうで、それでいて相手に怯む事なく立ち向かう勇気を持ち合わせ、
宮司を心から慕い、穏やかに微笑んでいる少女の姿・・・。

それと、桜色の髪を棚引かせ、優美に刀を閃かせ男を斬り捨てた冷艶で残酷な姿。

二つの少女の姿の間に何があるのだろうか・・・・・。

斎藤は考えても答えが出ない事を承知していた。
答えは・・・・・・全て、あの少女の中にあるのだ。
今は、いのりが自分たちを信頼し、打ち明けてくれるまで待つしかないのだろう。

「迂遠(うえん)だな・・・・・・・」

斎藤の溜め息は、月光りに煌めきながら、冷えた夜空に溶けていった・・・・・。



※世の中は空しきものとあらむとぞこの照る月は満ち欠けしける・・・・
・・・・・この世が虚しいものだと教え諭すために、月は満ち欠けするのだろうか  万葉集



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