月桜鬼 第一部

□最後の別れ
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いのりが新選組預かりの身になって、ひと月あまり経ったある日の午後、
茶を希望した土方の元にやって来たいのりは、何か言いたげにしていた。
しかし、問いただしても、曖昧(あいまい)に寂しそうな微笑をたたえ首を振るだけ。

夕餉(ゆうげ)の際も、配膳の手伝いを許されたいのりは、土方にまだ何か言いたそうにしている。
我慢できずに思わず土方は怒鳴った。

「何か言いたい事があったら、はっきり言え!俺は気がつく方じゃねぇんだから!」

「・・・すみません・・・・あの・・・・・明日、少し外出してもよろしいでしょうか?」

遠慮がちに、しかしはっきりといのりは土方の目を見て言った。
何を言い出すのかと、皆の視線が少女に集中する。

「・・・・どこへ行く気だ?」

用心深い口調で土方が問う。

「・・・・明日で、四十九日になりますので・・・・美月神社へ行って、お花だけでも手向けたいと・・・・」

江戸時代になると、キリシタン対策のための※寺請制度により仏式の葬儀が強制されていた。
しかしあの火事の一件以降、新選組預かりとなったいのりは、
間者の疑いがあったため、屯所から一歩も外出を許されなかった。
そのため近所の者が執り行った宮司の葬儀にも神社の取り壊しにも、いのりは顔を出す事ができなかったのだ。

虚をつかれ、一瞬然知(さし)ったりという表情をした土方だったが、咳払い一つですぐに気を立て直した。

「・・・・分かった。じゃあ、斎藤と永倉、明日は巡察無かったよな。付いて行ってやれ」

そう言って、懐から金を出す。

「俺からの分も頼む。余ったら・・・何か食ってこい。」

土方はしかめっ面で、いのりから目をそらしながら言い捨てた。 

「あ・・・ありがとうございます!」

「その・・・気付かずに・・・・悪かったな」

聞こえるか聞こえないかの小さな声を拾い上げ、破顔したいのりの表情を見ると、
土方の照れ隠しなどとうにお見通しのようだった。

何だかんだ言ったところで、屯所の皆はいのりに甘い。
どうやら、あの鬼の副長と言われている土方でさえ、例外ではないようだ。





※寺請制度(てらうけせいど) 人々は必ずどこかの寺に所属しなければならないという制度



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