月桜鬼 第一部

□帰る場所
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いのりが決意を胸に、近藤の部屋へと足を運んでいると、
向う先から沖田がこちらへやって来た。

「あれ?いのりちゃん。どうしたの?」

「あの、近藤さんは・・・・・??」

沖田の問いに半ば答えるように、いのりは問い返す。

「ふぅん・・・・・何?ちゃんと話す気になったんだ」

探る様な刺す視線をいのりに向け、沖田はにやりと笑う。

「でも、残念だね。近藤さんはこれから土方さんや山南さん達と大阪へ行く事になったから、
忙しくって君の事ばかりに構ってられないんだよね」

「そうですか・・・・・・。いつ頃お戻りになるんですか?」

邪険な沖田の口振りに、いのりは気にも止めずさらりと受け流す。

「・・・・・・・・年明けじゃない?っていうか、君さ、だんだん太々(ふてぶて)しくなってきたよね」

「そうですか?」

以前のようにおどおどと沖田の言葉に怯える事もなく、しっかりと正面から沖田の熾烈な視線を受け止めている。
どうやら宮司の四十九日の際に美月神社へ行ってから、この少女は変わったようだ。
何か吹っ切れたというより、大きな覚悟を抱いた様な、毅然とした雰囲気を纏っている。

「僕の事、怖くないの?言っとくけど、僕は君を斬るのに何の躊躇いもないよ?」

沖田の瞳は真摯そのもので、確かに相手が誰であろうと斬る覚悟はあるようだ。
だが、沖田達がいのりを見てきたように、いのりもまた、沖田達を見てきた。
近所の子ども達と一緒になって無邪気に遊ぶ沖田の姿を目にしてから、いのりは沖田に対する印象が変わったのだ。

『子どもが好きな人に、悪い人はいない・・・』

いのりはそう思っている。

だが、そんないのりに父は、
『子供好きな悪人も、動物好きな罪人もいるだろう。
 さて、どうやって見分けを付けるものかな?』
などと笑って言って、いのりを悩ませていたものだ。

父はいのりの問いに真摯に向き合ってはくれるが、決して安易に答えを教えてはくれなかった。
常にいのり自身にに考える事を促(うなが)したのだ。

今思うと、それははこれからいのりが一人になってしまった時の事を考え、
一人で生き抜く力を養おうと考えていたのかもしれない・・・と、揶揄(からか)い半分な父の笑みを思い出した。

あの時父は、
『どの基準にどれだけ達しているから良い人なのだ』と、一概には言えないと幼いいのりを諭したかったのだろう。

それでもやはり、いのりは沖田を見ている限り、『無闇矢鱈に血を見たい。人を斬りたい』という衝動だけで刀を振るう人ではないと思った。
現に、沖田は『斬る斬る』と言いつつ、いのりに向って刀を抜いた事はない。

本当にいのりを疎(うと)ましく思っているのなら、こんな風に話しかけたりせず、
ことさらに黙殺したり、さっさと斬り捨ててしまえば良いのだ。
理由など後でどうとでもなる。

だが不快に思いつつも、積極的にいのりを陥(おとしい)れようとしたりせず、
不承不承ではあれどきちんと組織の命(めい)に従う、冷静さと理性で己を律している。

それだけでも、沖田が信頼に値する人物だと思うのに充分だといのりは思う。

(まぁ、意地悪なところは確かにあるけどね)

沖田は自分を見上げながら、肩をすくめるいのりに少し怪訝な表情を浮かべたが、すぐに手を振って追い立てた。

「・・・・・・まぁいいや、話す事があるなら行ってきたら?」

「はい」

軽やかに微笑むと、いのりは涼風を巻き起こし、沖田の前から去っていった。

「・・・・・・・変な子」

小さないのりの背中を肩越しに見やって沖田は呟いたが、その声には刺はなく、むしろ微笑が含まれていた・・・・。



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