月桜鬼 第一部
□修羅
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「臭ェなぁ、ああ、臭ぇよ。
人間臭ぇ・・・・いや、それ以上に、臭ぇもんがここにあるな」
平和な日々が続くと思われていたある日の夜、屯所に黒い陰が入り込んできた。
警備に当たっていた三番隊の平隊士が、二名遺体で見つかった。
両名とも抜刀する暇もなく、一瞬にして致命的な一太刀を浴びたようだった。
「組長!!」
二人の遺体を取り囲んでいた平隊士達が、斎藤の駆けつける姿を目にし声を上げる。
「・・・・・これは・・・・・」
平隊士とは言えど、それなりに鍛錬(たんれん)を積んで来た者達だ。
そんな二人を瞬殺するとは・・・・・斎藤は考えたくはなかったが、鬼の存在が脳裏に浮かんだ。
「三人一組で警戒に当たれ。俺は副長の指示を仰ぐ。敵は相当の手練(てだれ)だ。気を抜くな」
部下達の力強い返答を聞き斎藤は頷くと、すぐさま土方の元へと走った。
* * * *
斎藤の報告を聞き、土方は険しい顔で呻いた。
いのりは、純血種の鬼は穢(けが)れを嫌い、粛清(しゅくせい)によって浄化しようとしていると言っていた。
その時から土方は、羅刹と関わる新選組も、鬼の目から逃れられないものだと悟った。
腹をくくったものの、実際鬼と闘うとなると情報不足が不安の種だった。
一瞬、いのりの顔が頭に浮かぶ。
「とにかく、屯所襲撃の情報を外には漏らすな。下手人は鬼の可能性がある。
騒ぎが大きくなると事だ。今回の件は三番隊にだけ内密に動いてもらう。
悪いが平隊士には詳しい情報は伏せろ。
他の組の隊士には襲撃すら漏らすな。その辺の配慮は源さんに頼もう。
迅速に、各組の組長にのみ襲撃者の捜索とその討伐を伝達しろ」
「承知」
矢継ぎ早な土方の指示に、斎藤は素早く的確に対応する。
この辺りが、土方が斎藤を信頼する所以なのだ。
「・・・・あと・・・・ 夏目にも知らせろ」
「・・・・・承知・・・・」
斎藤の返答に間があった事に気付かぬ振りをして、斎藤を下がらせると土方は近藤の元へ急いだ。
近藤も屯所内の不穏な空気に気付き、側にいた山南と共に佩刀(はいとう)し、部屋の外で様子を伺っていた。
駆けつけた土方の表情を見て、ある程度の状況を察した。
「・・・・鬼か?」
「まだわからねぇ・・・・」
半ば苛立ちながら、土方は答える。
「・・・相手が鬼なら、平隊士を下手に動かすと色々面倒な事になるな・・・・。
襲撃者の確認が出来たら、平隊士を下げた方が良いな」
「ああ、平隊士が動くのは同志をやられた三番隊だけにしてある。
詳しい内情も伏せるよう言ってある」
「ははは、さすが歳だ」
「ありがとうよ」
信頼しきった目で自分を見つめる近藤に、土方は苦笑した。
近藤の奥で静かに佇む山南は、一言も発さない。
それに気付いた土方は、軽く眉をひそめた。
「そう言えば、歳・・・・ 夏目君には・・・・・」
言いかけた近藤に言葉に、山南はぴくりと反応する。
目敏(めざと)くそれを目の端に捕らえた土方の耳に、聞き覚えのある嫌な咆哮(ほうこう)と、張りつめた怒号が響いた。
「来たか!?」
三人が外へ飛び出すと、暗い建物の陰からゆらりと赤く光る目を持った闇が動いた。
無言で合図し合う事なく土方達は互いに背を預け、刀を抜く。
音もなく闇は、血を欲するギラギラとした赤い瞳を向けたまま、三人を包囲した。
「一、二、三・・・・・六人か・・・・いや、六体と言うべきか?」
軽い口ぶりで土方は状況を整理する。
自分達を敵意むき出しで取り囲んでいるのは、まぎれもなく羅刹だった。
しかし、新撰組の羅刹ではない。
彼らは未だ蔵に閉じ込められている上、人数も既に六人もいない。
目前の羅刹は、佩刀しているものの明らかに剣に携わった事もなさそうな、ひ弱な体格の者も混じっている。
やはり雪村綱道は己の死を偽装して、新選組から、幕府から身を隠し、密かに変若水の改造を続けていたのか。
土方の思考を遮るように、ぞっとする様な冷たい声が、闇の中から発せられた。
「ほう・・・・半鬼を追って来たものの・・・・
貴様らも、なかなか面白いものを手にしているようだな・・・・・」
「・・・・・何の事だ・・・」
近藤を庇うように、土方が一歩前へ出る。
すると闇も動き、月明かりの中その姿を現した。
白い髪に赤い瞳の、佩刀した壮年の男だった。
その厚みのある、闘牛を思わせる体格が、土方達に武術を習得した手強い相手だと、暗に認識させた。
男はすっと無言で目を細め、片手を上げる。
すると、今まで大人しく土方達を包囲していた羅刹が、抜刀し一斉に飛びかかった。
土方達が一瞬にして、羅刹により体を切り刻まれるかと思われた刹那、
一陣の風となり、頼もしい同志が姿を現した。
「近藤さん!!」
「副長!!」
「山南さん!!」
沖田、斎藤、藤堂が、少し遅れて原田、永倉が抜刀し、羅刹がひらめかせた白刃を薙ぎ払った。
「てめぇら!遅ぇぞ!!」
土方が不敵に笑みを浮かべながら、目の前の羅刹の凶刃を刀で押し返す。
信頼できる仲間が集い、敵に刃を構えると、自然と体から力が沸く。
こいつらがいる限り、絶対負けない。
青臭くて、決して口には出せないが、そう思わせる何かがあった。
土方の心に余裕が生まれる。
すっと体を音もなく斎藤に寄せ、小声で問うた。
「夏目はどうした?」
「風呂を借りに八木邸へ行っているそうで、留守でした」
「こんな時に、何を呑気(のんき)な・・・・」
土方に思わず笑みがこぼれる。と同時に少しほっとした。
半鬼であるいのり。
修羅と化し、闘う様も見た。
それでも尚、あの少女が戦場(いくさば)に立つ姿を見るのは、心痛を伴う。