月桜鬼 第一部

□新しい居場所
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疲れた体を引きずって、皆それぞれ後処理を済ませ、広間に集まった。
いのりも着替えを終え、山崎に支えられて姿を現した。

いのりの治療に携わった山崎によると、胸元の切れた皮膚はまだ完全には再生されてはいないが、
縫う必要もない程には塞がれていたという。

確かに浅い頬の傷は、完全に消え失せていた。 

先ほどのいのりの修羅と化した姿を見、凄まじい戦いを見、
誰一人として以前のように気楽にいのりに声をかける事が出来なかった。

それは恐怖や嫌悪からではなく、戸惑いからくるものだった。
この少女は一体今までどんな風に生きて来たのか・・・・
それを考えると、何と声をかければ良いのか分からなかったのだ。

そんな中、山崎が所用で席を外すと土方が静かにいのりに問うた。

「体の方はどうだ?」

「・・・・大丈夫です・・・・・」

そう言いつつ、いのりの顔色は冴えない。

「・・・・・確かに、人に対しては、修羅にはならなかったな・・・・」

独り言の様だったので、いのりは無言で答えない。

「・・・・・だが、傷をそれほど負った訳でもないのに、何故倒れた?」

いのりは小さな声で、俯いたまま白状した。

「実は・・・修羅化は、人の体を酷使して、無理矢理鬼同様の力を発揮します。
 ですから、かなり体力を消耗してしまうんです・・・・。
 一時的には五感が麻痺して、酷い時は、二、三日昏睡状態になった事もありました・・・・」

その言葉に土方は眉をひそめ、大きな溜め息をついた。

「・・・わかった。これからは修羅にはなるな。」

「え?・・・」

「心配すんな。別に鬼どもに易々殺されろって言ってんじゃねぇ」

乱暴な口調とは裏腹に、土方は優しい笑顔を見せた。  

「俺たちがいる。ここに居りゃ大丈夫だ。
 まぁ、羅刹はともかく鬼は厄介だが、何とかなるだろ。」

「鬼相手に、僕らは何も出来ませんでしたがね」

自重気味に沖田が言うと、土方は苦笑した。
そして真剣なまなざしで、いのりの顔を見た。

「とにかく、お前みたいな娘が、刀を持って闘う姿なんざ、やっぱり見たくねえ。
 なんせ、お前の血を見た時は正直肝が冷えた。
 今となっちゃ、宮司の気持ちがわかる。
 お前にはやっぱり、普通の娘として暮らして欲しいんだよ」

優しい言葉・・・優しい笑顔・・・・触れるたびにいのりの心は波立つ。
それは打ち寄せる後悔の波。

(宮司様も同じことを言ってくださった・・・・だけど、その宮司様は・・・・・)

「一人の女子として生きる。決して修羅にならない」

そう、宮司と約束した。
だが己自身を一人の女子だと偽り、半鬼である自分を否定した結果、今宮司はもうこの世にいない。
そして半鬼である自分を認め修羅と化し、己の身を裂いて闘った結果、無事自分を、近藤達を守りきる事が出来た。

やはり自分は半鬼として戦い抜くしか、生き抜く術はないのだといのりは思い知った。
そして、それは鬼との果てしない戦いが続く事を意味する。 

(もう・・・ここには居られない。この人たちを・・・これ以上巻き込みたくない・・・・)

「・・・・・皆さんは多分、ずっと本当は聞きたい事や言いたい事も、黙って飲み込んでくれていたんですよね。
 本当に・・・皆さん優しくて温かくて・・・・ここは居心地が良すぎて・・・
 私はそれに甘えて・・・甘えきって・・・長居しすぎてしまいました。」

それは別れの言葉。

音も無く忍び寄る別れの予感に、皆息を飲んだ。
誰も声が出ない。
彼女の声は、それほど決意に満ちあふれていた。

「鬼でもなく・・・人でもない私は・・・・私の居場所を・・・生きる場所を、
 自分で勝ち得ていかなくてはいけません。
 私が欲しいのは、・・・・・逃げ場所でも、死に場所でもないんです・・・・・。」

じっと、逸らす事なく、近藤達を真っすぐ見つめるいのりの瞳は、息を飲む程澄んでいた。

「私が欲しいのは、生き場所です。
 それが戦場(いくさば)だと言うのなら・・・・・・
 死ぬまで修羅となり、刀を振るって生きるまでです」

そう言うとすっと立ち上がり、皆が声を掛けるのを遮(さえぎ)るように身を翻(ひるがえ)し、
障子を開け放つと、そのまま薄闇に消えていった。

誰一人、声をかける事も、立ち上がる事も出来なかった。
いのりのこれからの運命と、彼女の決意に対し、自分たちの無力さを痛感した。

しばらく、水を打ったように部屋は息苦しい沈黙に包まれていた。

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