屯所での日常

□梅一輪
1ページ/1ページ


いのりが庭の掃除をしていると、軽く吹き渡った風が、柔らかい暖かさを含んでいるのに気付いた。

空には薄雲が掛かっているが、清々しい晴天。

もうそろそろ火鉢も片付けようかなと、 いのりが考えていると、ふらっと沖田が姿を現した。

その手には、たくさんの蕾をつけた梅の枝があった。
一輪だけ、綺麗に咲いている。
その梅の枝を、沖田はいのりに手渡した。

「悪いけどいのりちゃん、これ、どうにかならないかな?」

「どうにか?」

「ちびっこと遊んでる時、誤って折っちゃったんだよね。せっかく綺麗に咲き始めてるのに・・・・・」

少しがっかりしたような沖田の様子に、 いのりはつい笑みをこぼしてしまう。

いつも刀を腰に差し、いざとなれば容赦なく敵を切り捨てる沖田が、一輪の梅を愛でるなど、
いのりの目にはなんだか可愛らしく写ったのだ。

「大丈夫ですよ、折れた所を石などで叩いて潰して、水に挿せば」

「本当に?じゃあ、お願いできるかな」

「はい、構いませんよ」

またいのりと沖田を、優しく風が包み込む様に吹き渡る。

「・・・・・『梅一輪、一輪程の暖かさ』・・・・・ですね」

いのりが空を見上げ、気持ち良さそうに息を吸うと、沖田がいきなり吹き出した。
訝しげに沖田を見上げたいのりに、沖田は意地悪そうな笑みを浮かべた。

「それを言うならさ、『梅の花、一輪咲いても梅は梅』だよ」

「?だれの俳句ですか?」

いのりが記憶の糸をたどっても、そんな句は聞いた事がなかった。
きょとんとするいのりに、沖田は一冊の小さな発句帳をかざして見せた。

「豊玉発句集?・・・・これって・・・・・」

いのりが言い終わらないうちに、遠くから土方の沖田を呼ぶ声が聞こえた。

「おっと、土方さんに見つかっちゃう。この梅と発句帳、土方さんの部屋に置いといてね」

それだけ言うと、沖田は悪びれた様子もなく、飄々と姿を消した。
発句帳と梅を手に、いのりは苦笑するしかない。



その後土方の部屋には、綺麗に生けられた一輪だけ咲いている梅の木と、発句帳が置かれていた。

それを見た時の土方の反応を、掃除に戻っていたいのりは知る由もなかった。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ