屯所での日常

□潜入!! 2
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酔った長州の浪士に押し倒されたいのりは、けたたましい衝突音と共に、急に圧迫感から解放された。
慌てて身をよじって体を起こすと、腕を凄い力で引っ張られ、そのまま何者かに抱きしめられた。

先ほど浪士に抱きすくめられた時とは違う、
温かな包み込む様な優しい腕に覚えがあり、いのりは身を委ねる。

「・・・・・斎藤さん・・・・・」

いのりをしっかり腕に抱いている斎藤の更に後ろから、声がかかった。

「斎藤さん!・・・・・これは・・・・・」

山崎は障子と共に転がってのびている浪士を跨ぎ、部屋へ入ろうとする。

「山崎!遅いぞ!!」

怒気も露に斎藤はいのりを腕に抱きながら、肩越しに山崎を叱咤した。

「は・・・・はい!すみません!!」

背筋をしゃんと伸ばし謝罪すると、山崎は荒々しい複数の足音を耳にした。

「なんぞ音がしちゅうぞ!」

「曲者か!?」

「わいらの話聞かれちょったら、不味いぜよ!」

斎藤に抱きしめられているいのりの体が、ぴくんとその怒号に反応した。

「斎藤さん・・・・!」

「斎藤さん、このままでは危険です。ここから出ましょう!!」

山崎の声に、斎藤は静かに答えた。

「・・・・・・まだこの男には制裁が足りん・・・・・。
 山崎、お前は先に屯所へ戻り、副長にご報告しろ」

「・・・・・では・・・・・その・・・・斎藤さんと夏目君は・・・・・」

遠慮がちに山崎が問うと、斎藤はにやりと剣呑な笑みを浮かべた。

「ここは俺に任せてもらおう・・・・・」

何だか背筋の凍る様な抗(あらが)いがたい雰囲気を感じ、山崎は一礼するとすっと闇に消えて行った。
いのりも斎藤の声に静かな怒気を感じ、不安そうに斎藤の顔を仰ぎ見る。

すると、斎藤はことのほか穏やかな笑みをいのりに向けた。

「案ずるな・・・・・もうあんたに指一本触れさせたりはせん・・・・」

「斎藤さん・・・・・?」

廊下で昏倒している仲間を見つけ駆け寄ると、浪士達が部屋の中にいる斎藤達に気付いた。

「何じゃ!お前らは!!」

名残惜しそうにいのりを手放すと、斎藤は全てを凍らす様な冷徹な笑みを浪士達に向け、すらりと刀を抜いた。

「・・・・・血祭りだ・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

斎藤の笑みから零(こぼ)れた呟きに、いのりは薄ら寒さを覚えて慌てた。

「ちょ・・・・ちょっと・・・・あの、斎藤さん!
 穏便に・・・・あの・・・・私の・・・・」

いのりの任務は密偵。
騒ぎが大きくなっては、折角得た情報が無駄になってしまう。

斎藤を止めたいのは山々だが、怒り心頭で周りも任務も、全て頭から消え去っているようだ。
しかし沖田でもあるまいし、あの冷静な斎藤が、隊務を忘れて暴れる様な事はないだろう・・・・。
といのりが思ったのも束の間、

「心配無用だ。・・・・ひと思いには殺さん・・・・・」

「斎藤さん!?」

更に斎藤が呟いた不吉な台詞に、いのりは硬直する。
先ほどは斎藤と山崎に助けを求めたが、今度は違う意味で、いのりは助けを求めた。

「誰か・・・・誰か、斎藤さんを止めて下さ〜〜い!!」


* * * *


いのりの叫びが届いた訳ではないが、ぞろぞろと土方、沖田、藤堂、原田、永倉の面々は島原に来ていた。

「さってと〜、いのりちゃんの芸妓姿を拝みに行こうぜ〜〜〜」

「とか言いつつ、新八はただ、飲みてぇだけだろ?」

「否定はしねぇが、別嬪さんのお酌なら、安酒でも至高の一献となるもんだ」

「おや、新八さん、良い事言うね」

「っつーか総司、お前何で一人だけで行こうとしてたんだよ。抜け駆けすんなよ」

「だってさぁ、あんまりにも平助が『心配だぁ』『心配だぁ』を連呼するからさぁ。
 なんだかこっちも不安になったんだよ」

「俺のせいかよ!」

「まぁ、一緒にいるのが斎藤だからな。大丈夫だろ」

「本当にそう思う?新八さん。甘いなぁ」

「え?何だ?違うのか、総司?」

「はぁ・・・・新八・・・・・意外と斎藤は切れると手に負えねぇぜ?」

「そりゃそうだろうけど・・・・斎藤が切れる事ってあんのか?」

「あるじゃん!!いのりが芸妓として潜入してんだぜ?
 見知らぬ酔っぱらいにお酌したりとか!
 言い寄られたりとか!
 あまつさえ、どっか触られたりとか!!
 そんなん見たら・・・・・!!」

「そりゃそうだが、一応任務だからな。
 そこのところはちゃんと斎藤も弁(わきま)えてるだろ?
 いのりちゃんだって、もう子供じゃねぇんだし、男のあしらい方の一つや二つ身につけねぇとな。
 それに平助みてぇな純朴少年ならいざ知らず、冷静沈着な斎藤が、そんな・・・・・・」

永倉が言い終わらないうちに、前方から荒々しい喧噪が聞こえてきた。

「なんや、どうしたんや!!」

「どうも浪士どもが暴れとるらしいで!!」

「はた迷惑な!どこの店や!?若い衆を呼んでこい!」

「角屋やて!!もうひっちゃかめっちゃからしいわ」

騒ぎの中から漏れてくる声に、土方達は足を止めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・そんな・・・・・・・なんだっけ?」

「斎藤か?」

「一君かな?」

「いやいや、一君じゃねーだろ?」

「あ、山崎か・・・・・?」

今まで黙って会話を聞いていた土方が、前方から屋根伝いに走ってきた影を見つけた。
騒ぎで大わらわの人々は、右往左往で気付かない。
音もなく静かに土方の傍らに降り立つと、山崎は頭を下げた。

「すみません!!力及びませんでした・・・・・」

「・・・・・・何があった・・・・?」

嫌な予感がしながらも、土方は聞かざるを得なかった。

「はい、夏目君が首尾よく、不逞浪士の屯所襲撃計画を聞き出したのですが・・・・・」

「ですが?」

面白そうに沖田が先を促す。

「その後、夏目君が酔漢(すいかん)に襲われかけて・・・・それで・・・・・」

「一君、切れちゃったんだ!!!」

嬉しそうに沖田が叫ぶと、体を折って笑い出した。

「・・・・・・どうするよ?土方さん・・・・」

恐る恐る原田が問うと、般若の様な恐ろしい形相の土方が、ぎらりとした目で見返してきた。

「どうする・・・・??俺たちも行くしかねぇだろうが!!!」

「よっしゃー暴れるぜー!!」

藤堂を始め、原田や永倉、沖田は、意気揚々と角屋へと駈けて行った。

「えっと・・・・あの・・・・副長・・・・」

遠慮がちに声をかける山崎に、土方は諦めた様に溜め息をついた。

「折角他の連中もあぶり出そうと思ったんだが・・・・・まぁいい、この件、手っ取り早く終わりそうだ」

気を取り直した土方も角屋へ向うのを見て、山崎も後を追った。






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