月桜鬼 第二部

□改革
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御影堂の方が何だか騒がしい。

洗濯物を洗おうと、盥(たらい)を持って水場へ向っていたいのりの耳に、騒々しい男達の声が届いた。

「・・・・・?また、何か幕府から命令が下ったのかしら・・・・」

不安になりそっと御影堂へと足を伸ばすと、半裸状態の隊士達がずらりと並んでいた。

「・・・・・え・・・・何・・・・??」

一瞬何が起こったか分からず、口を開けてぽかんとしていたいのりの背後から、声がかかった。

「おう、いのり。
 お前も検診か?じゃあ、脱いでこなきゃな」

笑いを含んだ聞き覚えのある声に振り向いたいのりは、上半身裸でにやりと笑っている原田と目が合った。
その後ろには、同じく上半身裸の斎藤、藤堂、永倉が立っている。

今まであちこちで、隊士が裸になって水浴びをしているのを目にした事はあったが、
こんな真直で男の肌を直視した事がなかったいのりは、真っ赤になって狼狽した。

「しつ・・・・失礼しました!!・・・・すみません!!」

それだけ言って一礼すると、一目散に逃げていった。

「なんだぁ?男の裸なんざ、今まで何度も見かけただろうが。純真だねぇ」

「いのりをそう育てたのは、お前だろう?新八」

遊び人の父親ほど、娘を持つと穢れないよう育てたいと思うようで、
新八もいのりの前では、色事の話は極力避けていた。

「・・・・へへへ・・・・可愛いだろう。やらねぇぞ」

「けっ、お前の許可なんぞいらねぇよ。それより、いのりも十七※かぁ。
 昔に比べてぐっと女らしくなったなぁ」

「そろそろ縁談も考えねぇといけねぇ時期だろ?」

「「え!?」」

斎藤と藤堂が異口同音で驚きの声を上げた。
その大きな声に一瞬驚いた様な顔をした原田と永倉は、
二人の表情から何かを読み取ったらしく、にやりと笑った。

「あんだけの別嬪さんだ。良縁には事欠かねぇだろうな」

「で・・・・でもさ、ほら、新八っつぁん。
 いのりは半鬼だろ?
 その・・・・やっぱ、そういう事情を知ってる奴でないと・・・・」

「そう・・・・だな。
 ましてや、未だ鬼の襲撃もある。
 いのりが嫁ぐには、まだ早いだろう・・・・・」

何とか抵抗しようとする藤堂と斎藤に、半ば呆れた表情を見せた原田と永倉だったが、
隊士の列から声がかかり、肩をすくめて御影堂の中へ入っていった。

斎藤と藤堂も後に続いた。

「そうだよな・・・・いつまでも、このままって訳にはいかねぇよな・・・・・」

藤堂の消えそうなくらいの小さな呟きに、斎藤はちらりと藤堂を見やって、軽く溜め息をついた。

そう、いつまでもこの関係が続く訳ではない。

この新選組も、試衛館に集まっていた仲間達が、身を立てるために京へやってきて、
壬生浪士組を立ち上げ、そして新選組となり、池田屋事件を経て隊士の数も増え、今に至る。

その間に人も増えたが、去っていった者もいる。
現世(うつしよ)でまたどこかで出会える者もいれば、もう既にあの世へ旅立ち再会できぬ者もいる。

いずれ、試衛館の仲間も、そしていのりも、離れ離れになる日も来るのだろうか・・・・・。
斎藤の居場所である新選組も、なくなってしまう日も来るのだろうか・・・・・。

陰鬱な思いを振り払い、斎藤は検診の列に並んだ。


* * * *


「あれ?いのりちゃん、慌ててどこ行くの?」

半裸状態の隊士達から逃れる様に、水場へ急いで戻ろうとした いのりに、
明るく声を掛けてきたのは、沖田だった。

「沖田さん・・・・・」

未だ赤い頬を拭いながら、いのりはふと首を傾げた。

「沖田さんは、検診に行かれないんですか?」

「ああ、ちょっと僕は巡察があったからね。
 これから行くよ」

「そ・・・・そうですか・・・・」

先ほどの光景を思い出し、少し戸惑いつつ笑顔で返したいのりに、
沖田は悪戯を思いついたように笑みを浮かべた。

「じゃあ、ここで脱いじゃおっかなぁ」

「え!?」

おもむろに胸元をはだけさせた沖田に、いのりは顔を真っ赤にして硬直した。

「・・・・なぁんてね」

「・・・・っ!!もう!からかわないでください!!」

我に返ると、いのりは沖田をぐっと睨んで、身を翻(ひるがえ)して逃げ出した。

「まったく・・・・可愛いなぁ」

走り去るいのりの後ろ姿に、沖田は笑いをかみ殺して呟いた。


* * * *


検診を行っているのは、近藤と親交の深い、蘭方医松本良順という男だった。
近藤が隊士募集のため江戸に帰郷していた時に、胃痛の治療に松本良順の診療所へ通ったのが、二人の出会いであった。

その際近藤は軽い世間話程度に、阿蘭陀(おらんだ)軍医の助手として、
西洋医学を学んだ松本に『開国と夷狄の是非』を問うた。
松本は回りくどい言い方をせず、近藤に自国と西洋の力の差を『刀と大砲』に例えて語り、
無闇矢鱈(むやみやたら)と夷狄を忌み嫌い、攘夷を唱えるのではなく、
これからの国の為に、良いものは良いと度量広く受け入れるべきだと説いた。

松本のその実直さ、剛胆さに惹かれ、近藤は親睦を深めていった。

そして将軍の侍医だった松本が、将軍の治療のため上洛してきたため、
ちょっと近藤達に挨拶をと思い顔を出したのをきっかけに、隊士達の検診を行う事になったのだ。

検診が終わり、片付けをしている松本に近藤が声をかけた。

「松本先生、隊士達の体調はどうでしょうか?」

くるりと振り返った松本は、眉間に皺を寄せ近藤に詰め寄った。

「近藤さん!あんたは何をやっているんだ!
 隊士達の体調管理も上役であるあんたの責任だぞ!
 隊士の三分の一は使い物にならん!」

「・・・・なんと・・・・・!?」

驚愕の表情を浮かべる近藤に、松本は歯に衣着せず、矢継ぎ早に指摘する。

「風邪に怪我、食あたりに梅毒、心臓が悪い奴に、労咳もいる。
 全く、これだけの傷病者が居ながら、そこら辺にごろ寝させておくとは何事だ!」

生粋の江戸っ子である松本は、たとえ相手が誰であろうと、容赦はしない。

「で・・・・では、どうしたら・・・・?」

「まずは、傷病者を一室に集め、ゆっくり静養させ治療に専念させる事。
 そして部屋を清潔に保ち、風呂を欠かすな。
 滋養のあるものをしっかり食べる。まずはここからだ」

的確な指示に、近藤は深く頷き了承した。


* * * *


「今日一日を、大掃除の日といたす!!」

近藤の発した一言で、屯所の改善が始まった。

不承不承ながらも、大の男がほっかむり姿で、
箒(ほうき)や叩(はた)き、雑巾片手に、慣れない手つきで掃除をしている姿は、
いのりの目には可愛らしく見えて、思わず笑ってしまう。

「まったく、ここの坊主達もどんだけ生臭だったんだよ!
 この埃を見ろよ!何年分だよ!」

「新八っつぁん、文句はいいから、早くそれを捨ててきてくれよ。
 雑巾がけが出来ねぇじゃん」

「どぁあ!!」

けたたましい音に皆が振り返ると、原田が数枚の障子を抱えていた。

「誰だよ!障子をこんな立てかけ方しやがって!
 倒れてきたじゃねーか!」

「あ〜あ、左之さん、こりゃ張り替えなきゃ駄目だね」

「左之・・・・・仕事を増やすな・・・・」

「俺の所為じゃねーよ!」

本当に賑やかだ。
何だか、昔の新選組を思い出し、いのりも何だか楽しい気分になる。

「皆さ〜ん、お茶ですよ。休憩にしませんか?」

「おおおお!いのりちゃん!!観音様に見えるぜ〜!」

大げさな程、永倉が喜ぶ。

「お!団子もあるじゃん!」

「はい、近藤さんと土方さんからの差し入れです」

目敏く藤堂が皿に乗った団子を見つけた。

「ありがてぇ、早速手を洗ってくるか」

原田の一言で、皆、雑巾やら箒やらをそこら辺に置いて、水場に向おうとする。

斎藤がふと何かに気付き、いのりに声をかけた。

「いのり、副長達は・・・・??」

「松本先生と、お風呂場や家畜小屋の建設についてお話ししてます」

「家畜小屋!?」

聞き慣れない言葉に、思わず藤堂が振り返った。

「はい、これからは鶏とか豚を飼って、滋養のために卵やお肉を食べる様にって、言われてました」

「へ〜、旨いのか?」

興味深そうに原田も振り返る。

「慶喜公は好んで豚肉を食していらっしゃるっておっしゃってましたけど・・・・」

「へぇ〜、そりゃ楽しみだ」

永倉も嬉しそうに笑った。

「それと・・・・・」

少し顔を曇らせて、いのりが周りに聞こえないように小声で呟く。

「松本先生と、山南さんの所へ行くって・・・・・」

「・・・・・・そうか・・・・・・」

斎藤が長い間を置いて頷くと、原田達は顔を見合わせた。

「あの・・・・大丈夫でしょうか・・・・?」

不安そうな表情をしたいのりの頭を撫でようとして、
原田は自分の手が汚れている事に気付き、手を引いた。

「まぁ、松本先生は変若水を研究していた、雪村鋼道の知り合いらしいが、近藤さんとも親(ちか)しい。
 情に厚い江戸っ子だし、大丈夫だろう」

「あの人は変若水、羅刹に対して否定的だって聞いたし。
 山南さんを使ってどうかしようなんて、たぶん考えないと思うよ」

「そうそう、しかも見た感じ偉い豪快な人だったしな。
 なんでも幕府からの変若水製造の依頼を、堂々と蹴っ飛ばしたらしいぜ」

沖田や永倉も原田に続き、いのりを安心させようと笑ってみせた。

「そうなんですか・・・・・良かった・・・・」

ようやく納得したのか、ほっとした表情を浮かべたいのりに、沖田達も安心したように笑い合った。


※作中は数え年で表していきます。
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