月桜鬼 第二部

□師匠
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近藤に客が来ていた。
どうやら人探しの依頼らしい。

「なんだか、行方知らずの人が増えてるのかしら・・・・」

そう思いつついのりが勝手場で茶の用意をしていると、藤堂がひょいと顔を出した。

「お、いのり、悪いが皆の分の茶も頼むぜ」

「皆?何人になりますか?」

「そうだな・・・・俺と、総司に、一君に・・・・・
 全部で十人だな。持てるか?」

いのりは、優しい藤堂の心遣いに感謝した。

「よろしくお願いします」

「おう」

素直にいのりが頭を下げると、藤堂は明るい笑顔で応える。

「なんでも、内密に人探しを頼みたいって人でさ」

茶を広間に運びつつ、藤堂が客人について話してくれた。

「内密に?」

「何か訳ありかなぁ。」

複雑そうな藤堂の表情を、いのりは心配そうに見つめた。

「どんな方ですか?」

「ん〜一人は、顔も体も厳(いか)つい人でさ、五十歳くらいかな?
 江戸で剣術道場をやってる師範だって。
 で、もう一人は在俗僧(ざいぞくそう)みたいな剃髪(ていはつ)の、体のでかい人だな」

「へぇ〜」

藤堂の話を聞きつつ、何となくいのりはその客人の容姿の特徴に、覚えがある気がした。

「失礼します・・・・・」

広間に入り、茶を二人の客人に差し出した時、いのりは一瞬びくりと体を固まらせた。
それに気付かず、近藤はにこやかにいのりに語りかけた。

「夏目君、こちらは江戸で剣術道場を営んでいらっしゃる、
 月山(がっさん)弥七郎殿と、お弟子さんの羽黒六郎さんだ。
 京で行方不明になった娘さんを探されているそうなんだが・・・・・」

「そ・・・・それは大変ですね!
 では、今から私もその辺を探しに・・・・・」

「行かなくてもいいぞ。お前だから」

そう言って、月山と名乗った大柄の偉丈夫は、
そそくさとその場から去ろうとしたいのりの襟首をぐいっと掴んだ。

「ようやく見つけたぞ!夏目いのり!」

「・・・・・え!?」

その場に居た新選組の誰もが驚きの声を上げた。

「まったく!お前はこんな所で何をやってるんだ!帰るぞ!!」

襟首を掴んでいた手を一旦離し、月山は立ち上がりいのりの手を取ると、
強引に外へ引っ張ろうとした。
それをいのりは全力で抵抗する。

「嫌です!!」

「我儘言うな!!」

「嫌です!!」

お互いに立ち上がり睨み合ういのりと月山を、皆が唖然と見つめる中、近藤が遠慮がちに口を開いた。

「あの・・・・・夏目君は・・・・月山殿の・・・・・」

「娘だ」

「違います!!」

「違います」

月山の即答に、いのりは勢いよく否定し、無表情で否定したのは弟子の羽黒だった。

「どちらかと言うと、孫です」

「それも違います!!」

「それも違う!!」

平然と言い放った羽黒の言葉に、いのりと月山の声が重なる。

どちらにもつく事が出来ず、ただ、呆然と成り行きを見届けるしかできない雰囲気を切り開いたのは、
月山の弟子である羽黒だった。

大柄な月山よりさらに大きな体の羽黒は、すっと立ち上がり、いのりと月山の間に立った。

「お師様・・・・そう頭ごなしに怒鳴っていては、
 いのり殿も頑(かたくな)にならざるを得ません・・・・。
 ここはきちんと事情を聞くべきでしょう・・・・」

「六郎さん!!」

低く響く落ち着いた声でいのりを庇うと、
いのりは嬉しそうに羽黒の腕に飛びついた。
面白くなさそうに舌打ちすると、月山は近藤の前に座り直した。

「いや、騒がせてすまねぇな、近藤さん」

「あ・・・・いや・・・・どうも・・・・・」

慌ただしい事態の展開に付いていけなかった近藤は、曖昧な返事をした。

「六郎、いのりの事を頼んだぞ。
 俺は近藤さん達に話があるからな」

「了承しました。
 さ、いのり殿、少し外へ行きましょう」

不満そうな顔をしながらも、いのりは一礼し、素直に羽黒の後に付いて部屋を出ていった。
月山は一つ、大きな息の固まりを吐き出すと、近藤を正面から見据えた。

「さてと・・・・・どこから話すかな・・・・・」

思案する様に月山が宙を見つめていると、土方がしびれを切らした。

「で?月山さん。
 いのりとはどういう関係で・・・・?」

「ああ、俺は一応あの娘の父親の、剣術の師匠だったんだよ」

「なんと・・・・・!!」

再び一同が驚きの声を上げる。

「では、京でいのりの父を見かけたと言うのは・・・・」

「ああ、俺だ」

斎藤の疑問を月山は簡潔に肯定した。
そして、少し昔を思い出す様に、月山が近藤達にいのりが上洛するまでの話を語った。

「三年程前の事だ。
 大阪の近くで道場を開いた弟子の様子を見ようと、江戸からこっちに来ていてな。
 ついでに京見学していたら、あいつの父親を見かけたんだ。
 まさか、あん時は行方不明になってるとは知らなかったからな。
 江戸に戻ってついつい懐かしがって比丘尼(びくに)殿に話したら、
 あいつが聞いてたらしい・・・・。」

月山は疲れた様に眉間にしわを寄せ、腕を組む。

「暫くして比丘尼殿から、いのりが京まで父親探しにいってしまったと聞かされて、驚いたさ。
 だが無事京にたどり着き、美月神社で世話になってると聞いて、まぁ一応は安心してたんだが、
 その後連絡がつかなくなっちまった。
 そこで心配していのりを探しに京に来たんだ。
 そうしたら、美月神社は無くなってるし、いのりは見つからねぇし・・・・・。
 仕方なく江戸に帰ってみたら、今度は新選組にいると連絡があったと言われるし・・・・・」

それでも京と江戸を行き来していのりを探していたのだ。
この月山と言う男は、よほどいのりを大切に思っているらしい。

「それはそれは・・・・・」

なぜか近藤は恐縮した。

「で、あいつの父親、銀の行方はどうなってるんだ?」

月山は誤摩化しは許さんと言わんばかりの鋭い眼光で、一同を見渡す。

「見つかりました・・・・・・」

偽る事もせず、近藤は正直に答える。

「・・・・ここには姿がないようだが・・・・・」

誰もが口を噤んだ。まさか、鬼の里にいるとは言えない。
だいたい、月山はいのりの父の師匠とは言うが、いのりの素性をどこまで知っているのか分からない。

皆が警戒した目で見ていると、月山はにやりと笑った。

「心配するな。
 俺はいのりが産まれる前からあいつの父親を知っている。
 もちろん、母親の事もな」

つまりは、いのりが半鬼であると言う事も、重々承知していると言う事だ。
土方は頷いた。

「いのりの父親は鬼の里にいるらしい・・・・」

「・・・・・何だって・・・・・?」

月山は渋い顔をさらにしかめた。
いのりの素性を知っていると言う事は、鬼に命を狙われている事も知っているはず。
その鬼の里にいのりの父がいる事に、驚きと不審を抱いたようだ。

「実は、半鬼に理解をしめす鬼が現れまして、彼女の父をずっと匿ってくれていたそうです」

斎藤の説明に、月山は静かに息を吐いた。

「まぁ、桜殿も人である銀と共にある事を望んだ鬼だったからな・・・・・。
 半鬼のいのりを認める鬼が出てきても不思議はない・・・・か・・・・」

納得したと言うより、自分を説き伏せる様に呟くと、月山は本題に入った。

「で?近藤さん、あんた達はあいつのこれからを、どう考えてるんだ?」

「・・・・・・・我々は・・・・鬼の手から夏目君を守り、必ず父上と再会させてやろうと・・・・」

無遠慮に見定める様な視線を近藤に送ると、月山は胡座をかいていた膝を叩いた。

「ふむ、俺は自分の目で見たものしか信じねぇ、肝っ玉の小せぇ男でな。
 しばらく京に残って、あんたらの力量を見させてもらうぜ」

「では、こちらにしばし滞在されてはどうでしょう?」

近藤の提案に、土方が驚いた。

「何言ってんだ、近藤さん!」

「これほどまでに夏目君を心配していらっしゃるんだ。
 しばらく夏目君の側に居てもらった方が良いだろう?
 積もる話もあるだろうし・・・・」

「いや、しかし・・・・・」

月山は鬼や半鬼については承知しているが、羅刹や夜叉の事は恐らく把握していないだろう。
ましてや、その羅刹を新選組が生み出していると知ったら、月山がどう思うか。

土方としては、上手く月山を丸め込んで、一刻も早く追い出したい気持ちで一杯だが、
どうもこの月山と言う男、一筋縄ではいかないようだ。

「おお、すまんな、近藤さん。
 ではしばらくの間、厄介になるとしよう」

会心の笑みを浮かべ月山が快諾すると、土方達は内心大きな溜め息をついた。

どうやらこの月山と言う男、一目で近藤の性分を見抜いたようだ。

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