月桜鬼 第二部

□覚悟
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近藤達が月山と飲みに行った翌日、まともに動けるようになったのは、
土方と斎藤、沖田くらいで、他の者はほとんど使い物にはならなかった。

それでも体の不調が完全に回復したわけでもない。

土方などは伊東からの、酒と節度についての嫌味に、吐き気を堪えながら耐えるしかなく、散々だったようだ。
斎藤も未だ酒が体内に残っている様な、体調の悪さを自覚せざるを得なかった。

その上、今日は伊東の勉強会への出席を依頼されていた。
あの気詰まりのする男達の群れに身を投じると考えると、胃の不快感がさらに増すというものだ。

ここはいのりと二人でのんびりお茶でもして、この陰鬱さを晴らしたい所だが、
昨日一日土方達に同行してしまった為、自重するしかない。
そう思っている矢先、いのりが向う先から輝く様な笑顔でやって来た。

「あ、斎藤さん、体調はどうですか?大丈夫ですか?」

「あ・・・・いや、大丈夫だ。大事ない・・・・・」

いのりの優しい笑顔を見ただけで、嫌な気分があっという間に霧消した。

(我ながら単純だな・・・・・)

自分で顧みて、斎藤は思わず苦笑した。

「本当にすみませんでした・・・・・」

「いや、いのりが謝る事ではない。
 俺たちも勝負となると熱くなりすぎる所がある。
 反省せねばならんな」

生真面目に答える斎藤に、いのりから笑みが溢れる。

「ふふふ・・・・・。ところで、お師様とどんなお話をされていたのですか?」

「・・・・・そうだな。大体が剣術の話であったが、その中にいのりのお父上の話がよく出ていたな」

「父様の?」

いのりが嬉しそうに目を輝かせた。

(いのりは本当に父親の事が好きなのだな・・・・・)

ここまで娘に思われている父親がいるとは。
おまけにその娘が、自分が好いた女子なら尚更、斎藤は羨望を禁じ得ない。


* * * *


「いのりの父、銀はな、そりゃあ強かった。
 でもありゃ道場剣術じゃねぇ。
 喧嘩殺法というか、斬り覚えの我流だな。
 一対多数の斬り合い、とかく乱戦が得意で、蹴りに目潰し何でもありだった。
 その上、道場の鍛錬は適当にこなすくせに強かったからな、そりゃ他の弟子には嫌がられてたな」

そう言いながら、月山は可笑しそうに笑ったのだった。

「奴には一家言(いっかげん)があってな。
 十二、三の頃に
 『斬り合いは殺し合いだ。敵は自分の力量にあわせてなんぞくれん。
 だからこそ死線を越えるような修行でなければ意味がない』
 だと言いやがった。
 全く、生意気な餓鬼だった」

「ほう・・・・それはそれは・・・・・」

近藤は沖田の顔を見ながら、苦笑した。
どうやら、沖田の幼き日々を思い出したようだ。
当の沖田も何か覚えがあるようで、少し顔を赤らめながら、ふいっと視線を逸らした。

「あいつは幼い頃色々あったからな、刀を振るう事にいろんな思いを込めているのさ。
 だからこそなんだろうが、自分の意にそぐわぬ事なら、
 誰の命令であっても蹴っ飛ばして舌を出す様な無作法者だ。
 あいつの言動に楔(くさび)を打ち込む事が出来たのは、いのりの母の桜ぐらいだったな」

月山は何かを思い出した様に吹き出すと、それ以上は何も言わず、杯を重ねた。

まるで自分の息子を悪餓鬼扱いしている様な話し振りに、
月山のいのりの父への思いの深さを感じ、斎藤達も何となく温かさを感じた。

いのりの心根の優しさ、強さは、こういった人々によって育まれてきたのだと確信し、
いのりの幼い日々に斎藤達は思いを馳せた。


* * * *


「そうだ、ところでお師様を知りませんか?
 あまりうろうろしていると、伊東さん達に見つかってしまいます」

「ああ、月山殿なら二日酔いの平助を案じて、巡察に付いていかれたが・・・・・」

「!!ええええええぇえぇぇ!!!」

驚きのあまり大声を上げたいのりは、慌てて謝罪した。

「す・・・・すみません、大声出しちゃって・・・・・」

「い・・・・いや、大丈夫だ・・・・・」

二日酔いで痛むこめかみを抑え、斎藤がいのりを見やると、いのりは青ざめて頭を抱えていた。

「・・・・・・いのり?」

「わ、私、心配なんで後を追います!!」

ぱっと顔を上げ、表情を引き締めると、いのりは踵を返し走り出した。

「きっと、町で大暴れしているはずです!!」

斎藤としては後を追いたい所だが、もうすぐ伊東の勉強会が始まる時間だ。
しばし考えたあげく、仕方なしに斎藤は沖田を探し出し、事情を説明した。

「へぇ〜、何で一君が行かないの?」

話を聞くと、沖田は意地悪そうに斎藤の顔を覗き見る。

「・・・・・・俺はこれから用がある」

「ふぅん・・・・いのりちゃんよりも大事な?」

表情を押し殺している斎藤に、沖田は容赦なく追い討ちをかける。
それに斎藤が無言で答えると、意味ありげな笑みを浮かべ沖田は了承し、
斎藤を横目にいのりの後を追っていった。

奥歯を噛み締め斎藤は、ぐっと堪える。

(俺は何をやっているのだ・・・・・)

自嘲気味に片頬で笑うと、背後から声をかけられた。

「何をしている、斎藤君。そろそろ伊東先生のご講義が始まるぞ」

声を掛けた隊士は、善意のつもりで促したのだろうが、
斎藤は斜めに傾いた機嫌をさらに傾けられ、殺気に近い苛立ちを抱いた。

「それがどうした!!」

と怒鳴りたい衝動をかろうじて理性で飲み込み、短く返答した。

「・・・・・・ああ・・・・・」

足早に部屋へと急ぐ隊士の後ろに付きつつ、斎藤はその背中を射抜く様に睨む。

(その伊東先生とやらの高尚なご講義が、一体俺に何をもたらしてくれると言うのだ。
 今の俺の不機嫌と不安を解消してくれるのか?)

長々と鬱陶しい男の寒々しい話を聞くくらいなら、いのりと
当たり障りのない世間話をしている方がよっぽど有意義だと思いつつ、
任務のためと自分に言い聞かせ、斎藤は人の熱気の籠った部屋へと足を踏み入れた。


* * * *


一方、いのりに追いついた沖田は、必死で月山を探しているいのりを、楽しそうに見ている。

「ねぇ、いのりちゃんは何を心配してるの?」

「お師様の事です、きっと騒動を起こして平助さんを困らせているはずです!!」

「はずって・・・・」

沖田は呆れ顔でいのりを見たが、少女の表情は至って真面目そのものだった。

「月山さんが暴れるって言っても、お弟子さんの六郎さんが付いてるんでしょ?」

激しく首を横に振り、いのりは訴える。

「だって、なんだかんだ言って、六郎さんがお師様を止めた事なんてないんです!!」

ふと騒々しい人々の声が二人の耳に届いた。
すると、いのりは躊躇いもせず、その騒ぎの方へと走り出した。

「騒ぎあるとこお師様あり!行きましょう!」

やれやれと溜め息を一つついていのりの後を沖田が追うと、
いのりの言った通り、月山が酔っぱらいの浪士達と大立ち回りを繰り広げていた。

どうやら、酔った浪士が茶屋の娘を「醜女(しこめ)、醜女」とからかったらしい。
泣いている娘を庇いつつ六郎が慰め、月山が抜刀もせず不逞な浪士達を投げ飛ばしていた。
その豪快さに、いつもは見て見ぬ振りの京の人々も、思わず感心した様に声を上げて事の成り行きを見ている。

人数に頼って粋がっていた若い酔漢(すいかん)達は、自分たちの父親程の年齢の男に、
赤子の手を捻(ひね)るがごとくねじ伏せられ、屈辱に震えた。

「お・・・・・おめぇには関係ねぇじゃろうが!」

辛うじて体面を保つべく凄んでみせたが、月山には何の関心も与えなかった。

「うるせぇ!
 大の男が大勢で寄ってたかって、若い娘をからかいやがって、情けねぇ!
 それでも二本差しの武士か!!」

浪士達より遥かに大きく凄みのある朗々とした声に、浪士達は身をすくめた。
その中でも一人の浪士だけは、砕け散った威勢を掻き集め、必死に抵抗する。

「なんじゃ!!お・・・・おめぇこそ、武士ならそげん小っさ事で腹立てなや!」

「黙れ!女を泣かす奴なんざ、武士以前に男じゃねぇ!」

きっぱりと言い切られ、浪士達はもう虚勢を張る気力も打ち砕かれた。
捨て台詞を吐きながら、這々(ほうほう)の体(てい)で逃げ出した酔っぱらいを見て、
さすがの京の人々もあまりの爽快さに感嘆し、月山に歓声と拍手を送った。

「有り難うございました・・・・」

涙を拭いながら、からかわれていた茶屋の娘が、深々と月山に頭を下げた。

「何を言っとるか、あんなもの食後にちょいと体を動かした様なもんだ。
 あんな奴らの言葉など気にせんでいい。あんたは十分別嬪(べっぴん)さんだ・・・・・」

優しく微笑み、甘く囁く月山の言葉に、娘は頬を赤らめる。

「・・・・そんな・・・・世辞なんかいりまへん・・・・」

「世辞なもんかい!俺は本当の事しか言わん!
 あんな唐変木(とうへんぼく)にゃ、あんたの美しさは分かるもんかい!!」

月山が両手で娘の肩を掴み、正面から見つめた。
その真っすぐな瞳に耐えきれず、娘は赤面しつつ視線をそらす。
渋みのある偉丈夫に、こんな風に助けられ堂々と褒められて、気を悪くする娘はいないだろう。
少しずつ娘の顔に、恥じらいと共に恍惚(こうこつ)とした表情がにじみ出てきた。

「ああ、もったいねぇなぁ・・・・俺がもう少し若けりゃ・・・・
 あんたを放ってはおかねぇんだが・・・・」

「・・・・私・・・・・」

うっとりとした視線を、月山と娘は絡め合う。

「・・・・・お師様・・・・」

呆れた様な、恥じる様な、苛立った様な呻き声を上げたのはいのりだった。

「無粋な奴だなぁ・・・・・」

邪魔だと言わんばかりに、面倒そうに月山は振り向いた。

「もう!少しは自重してください!」

いのりが一喝すると、渋々娘から手を放し、不満そうな顔をしながら近づいてきた。

「平助はどこです?」

同行していたはずの藤堂の姿が見えず、沖田が辺りを見回しながら月山に問うと、
一歩進み出た羽黒が事も無げに無言で裏路地を指差した。

いのりと沖田が羽黒の指が指す方を見ると、
平隊士に背中をさすられながら、嘔吐している藤堂の後ろ姿が見えた。

「・・・・・・・・・・・・・」

いのりと沖田は二人して大きな溜め息をついた。

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