月桜鬼 第二部

□般若面
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三条大橋の制札(せいさつ)が引き抜かれ、鴨川に捨てられるという事件が三度も起きた。

制札とは、禁制を木札に箇条書きで記し、民衆などに知らせる為に掲げておくものだ。
それを引き抜くなど、ただの悪戯の様なものなのだが、
長州征伐の失敗に継ぎ、文月に十四代将軍徳川家茂が逝去してから権威が失墜した幕府は、
侮辱を受けたと見過ごす事が出来なかった。

「要人ではなく、ただの木札を守れだと?武士のやる事ではないわ」

小僧のお使いの様な仕事を、幕臣達は鼻で笑って拒絶した。
回り回って、最近では特に大きな命が下っていない新選組に、
暇つぶしにどうだと制札の警護が言い渡されたのだ。
幕府からの正式な要請であるため、新選組としても断る理由はない。
あらゆる方面からせせら笑われながらながらも、近藤達は役目を果たそうと腹を決めた。

大抵制札が引き抜かれるのは、人気のない夜中だ。
日中の巡察に加え、明け方までの制札の警護。
おまけに伊東一派は我関せずと、全く警護をする気もない。
斎藤と藤堂までもが、自分たちが出る事もないと、伊東達と共に辞退した。
仕方なくその役目は、沖田、原田、永倉の隊が行うことになった。

その事について、沖田達は特に何も言わなかった。
何か事情を知っているのか、知らないのか、それとも関心がないのか、いのりには分からない。
不安そうにしているいのりに、原田が笑ってみせた。

「大丈夫だって、確かにあいつらが出る幕もなく、俺が終わらせてやるからよ」

言葉通り、新選組が制札の警護を初めて三日目、原田の隊が待機している晩に、事件は起きた。


* * * *


原田達十二名が物影から制札を見張っていると、闇の奥から数名の足音が聞こえた。
こそこそと足音を忍ばせながら、制札に近付きつつある。

「・・・・・来たな・・・・・」

原田は身を寄せていた家屋の壁を二度軽く叩き、他の十一名の隊士に合図を送った。
三度壁を叩く軽い音を耳にし、原田は手に持った槍を握り直した。
大きく息を吸い、腹から響き渡る様な大きな声で、朗々と原田は言い放った。

「新選組だ!!神妙に縛につけ!!!!」

その声に驚き飛び上がり、男達が逃げ出そうとしていた時には、
既に新選組の隊士達により完全に包囲されていた。

「ちっ!!」

八名の不埒(ふらち)者は臆する事なく抜刀すると、血路を切り開こうと隊士達に襲いかかった。

例え夜中にこっそり木札を抜く様な、悪ふざけの様な行為でも、罪は罪。
捕まれば自分たちの領に迷惑がかかる上に、権威失墜の幕府から、
見せしめの為にどんな刑罰を与えられるか、分かったものではない。

不埒者達は必死に刀を振るった。

だが、原田達の方が人数が多い上に、包囲している状態だ。あっという間に八名の男を捕縛した。

「・・・・けっ、あっけなかったな」

不敵に笑った原田の目の端に、裏路地の家屋の影で何かが動く姿がちらついた。
原田の視線に気付いた人影は、慌てたように体を裏路地に引っ込めた。

「まだ居たか!!」

気付いた瞬間、原田は隊士達に捕縛者の監視と待機を命じ、すぐにその人影を追った。

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