月桜鬼 第二部

□繋がり
1ページ/4ページ


『羅刹隊』

その悍(おぞ)ましい響きに、いのりは背筋に悪寒が走るのを感じた。
いのりの表情に、土方も深々と溜め息をつく。

月山(がっさん)が江戸へ帰った頃、いのりは己が抱いた疑問を解消すべく、土方の部屋を訪れていた。
いのりが土方の側にいると気付かず、
山崎が口走ってしまった一言が、彼女の脳裏にこびりついてしまったのだ。

土方は知らず知らず溜め息をついた。

会津領の後ろ盾をもらい、粛清に粛清を重ね、近藤を中心とした一枚岩の新選組となり、
外敵を蹴散らし、順風満帆の道筋を歩いていた。
それが、今や屯所には羅刹などという化物が隠れ住み、新選組は内部分裂の危機にさえ瀕している。

隊を実質的に取りまとめる土方は、細部にまで目を光らせ、休まる時がない。
流石に最近では疲れを隠せないでいる。
そんな土方を気遣いつつも、いのりは問わずにはいられなかった。

「・・・・どうりで、羅刹の数が増えていると思いました・・・・。
 でも・・・・何故?何故、羅刹隊なんて・・・・」

いのりの真っすぐな瞳に射抜かれると、鬼の副長であれ、誤摩化す事は出来ない。

「・・・・・山南さん達(たっ)ての希望だ」

いのりの顔が曇った。

それは山南の変化に気付かなかった自分への自責の念なのか、
山南をそこまで追い詰めた土方達への非難なのか、
未だに羅刹に縋る山南への哀れみなのか、
土方には判断がつかない。

「では・・・・・山南さんは、変若水の改良をある意味成功させたのですね」

「・・・・・・どういう意味だ?」

いのりの悲しそうな呟きに、土方は訝しげに問うた。

「『羅刹隊』と言うなら、羅刹は兵でしょう?
 なら、指示に従わなくては使い物にならないです。
 今までみたいな、敵味方関係なく襲う様な羅刹でもなく、
 山南さんみたいな記憶が残った、意志のある羅刹でもなく・・・・・・・・・・」

いのりの言いたい事を、言葉半ばで正確に理解し、土方は愕然とした。

つまり、山南は自分の意志を保ったまま、羅刹となる変若水を改良した訳ではなく、
自分の意志を持たず、命令に従う人形の様な羅刹を生み出す変若水を、作り上げたというのだろうか。
そうすれば、その力に慢心した羅刹が、新選組に反旗を翻すような憂いが無くなる・・・・。

いや、もし仮にそうだとしても、八名の羅刹が脱走した時点で、操る事を成功していないではないか。
そう思いながら、土方は脱走した羅刹を全員切り伏せた事を、山南に報告した時の様子を思い出した。

「仕方ありませんね・・・・・」

山南の返事は冷淡と言うより、気の無い響きだった。
まるで切り捨てるかの様に、興味が無いという様に。
もしかして、僅(わず)かながらも意志が残った羅刹が、
自分たちの状況を理解し、山南の手から逃れようとしたのだろうか。
だから自分が操れないような、自我を持った羅刹には用はないと、山南は関心を失ったのだろうか。

土方は恐ろしい考えを振り払う様に頭を振った。

まだ、憶測でしかない。
限りなく真実に近い憶測だとは思いつつ、土方は必死に否定しようとする。

「山南さんがそんな事をする訳がねぇ」

しかし、山南でなければ・・・・・・・?

思考の渦に入り込んだ土方を見守る様に、いのりはじっと黙っている。
それに気付いた土方は、眉間にしわを寄せ、いのりに命じた。

「・・・・・いのり、もう山南さんに関わるな」

土方の非情な一言に、 いのりは傷ついた表情を見せた。
それには気付かなかった振りをして、土方は続ける。

「山南さんの事は、俺たちに任せておけ。あの人は・・・・・・・」

土方が一瞬言葉に詰まった。
言いたくない一言。
だが、言わなくてはいけない一言。

「あの人は・・・・・もう、山南さんじゃねぇかもしれねぇ・・・・・」

膝の上にあったいのりの手が、ぎゅっと握りしめられる。

何となくいのりも気付いていた。
時折見せる、山南の冷たい威圧を漂わせた冷酷な視線。
特にいのりが二条城の警護から帰ってから、更に感じる様になった。
不安そうに、だが、信頼を込めて土方を見つめるいのりの澄んだ瞳に、土方は無理矢理笑ってみせた。

「心配いらねぇよ。お前は・・・・いつも通り、笑っていてくれ」

土方のその一言に込められた願い。

「お前だけは、変わらないでいてくれ・・・・」

聡明にもそれに気付いたいのりは、ふうっと息を吐くと、輝く笑顔を土方に見せてくれた。

いのりが鬼の里へは行かないと風間に返答した時、物陰にいた土方は、密かに安堵したのだ。
いのりは新選組の隊士ではないが、この二年程ずっと傍らに居てくれた。
そして彼女を守るという誓いが、試衛館以来の仲間との唯一の繋がりになりつつある。
だからこそ、土方はいのりに残って欲しかったのだ。

馬鹿みたいに女々しくも、毎晩の様に見る夢。

仲間達と希望を抱き、夢に向かって我武者らに戦った日々。
苦しく、悔しく、情けない思いもしたが、それでも近藤のため、仲間のためにと歯を食いしばって戦った日々。

「過去を懐かしがるとは、俺も疲れてるみてぇだな・・・・・」

「土方さんは、何でも一人で背負い過ぎなんです」

かつて自分がいのりに言った言葉をそっくり返され、土方は苦笑するしかなかった。

「私にも、何かお手伝いさせてください」

「それじゃ、早速旨い茶でも淹れてもらおうか」

「はい、ただいま!!」

嬉しそうな笑顔で勝手場に向かった少女の後ろ姿を見送り、土方は少し満足そうに息を吐いた。

「あいつだけは・・・・変わらねぇでいてくれる・・・・・」

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ