月桜鬼 第二部

□約束
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「俺は必ず戻ってくる。
 まだ夜叉の事や羅刹の事、それからいのりの父君の事。
 何一つ終わっていないからな」

そう断言する斎藤を心強く感じつつも、明敏ないのりは顔を曇らせた。

(斎藤さんが戻ると言う事は、伊東さんの新しい組織が破綻すると言う事・・・・?)

いのりの聡明さに苦笑しつつ、斎藤は安心させる様に微笑んでみせる。

「大丈夫だ」

慌てていのりは深く頷く。

「はい、もちろん斎藤さんの事は信じています。
 でも・・・・・平助さんは・・・・・?」

いのりの心配は、自らの意志で伊東に付いていく藤堂の事だった。

「うむ・・・・ 平助も何やら思い詰めているようだ。
 いのりから色々話を聞いてやってはくれないか?
 俺たちには話し辛い事も、あんたなら話せるようだから・・・・」

「はい!」

斎藤に頼られた事が嬉しく、いのりは明るい表情で首肯した。
すると、むっとした面持ちで、斎藤はいのりの手を取った。

「・・・・・?斎藤さん?」

「だが・・・・今は俺と共にいる。平助の件は後だ。
 最後くらい・・・・・・あんたとゆっくりしたい・・・・・」

子供染みた我儘だと自覚しているのか、
ほんのり頬を染めながら、そっぽを向いて斎藤は口を尖らせる。
その様子に、いのりはくすぐったいような甘い感情が溢れ、
思わず笑みを零し、大きな手を握り返した。

「はい・・・・・」

いのりの微笑みに斎藤は安堵し、手を握ったまま桜の木々の下を歩き始めた。
ふと、いのりは思い出した様に、斎藤に問いかけた。

「・・・・・そういえば・・・・・
 伊東さんの所で、いきなり障子を突き破ってきた人がいたんですが、
 斎藤さんは誰だかご存知ですか?
 そのお陰で助かったんですが・・・・」

一瞬戸惑った様な表情を閃かせた斎藤だったが、真っすぐ前を向いたまま素っ気なく答えた。

「・・・・知らん。
 異変に気付き、部屋へ飛び込もうとしたら、たまたまそこら辺にいたのでな。
 そいつを代わりに放り込んだだけだ」

「・・・・・・不運な人・・・・・」

いのりは半ば呆れ苦笑しながら、すまし顔の斎藤を見上げた。
すると、斎藤は何かに気付いたように突然振り向き、真剣な眼差しを向けた。

「そうだ、いのり。あの時、伊東に何かされたのか?」

不意に訊ねられ、いのりは面食らった。

思い出したくもない、虫唾が走るほど不愉快で、
破廉恥極まりない行為をされた羞恥心で、
いのりは泣きそうな顔で顔を赤らめ、唇を咬んだ。

「・・・・・・いのり・・・・・・」

心配そうな声に、いのりは意を決して口を開いた。

「首から・・・・・・胸元にかけて・・・・・・舌で・・・・・
 舐められ・・・・・ちゃいまし・・・・・た・・・・・」

一瞬、雷光のような一撃が打ち込まれたように、ぐらりと斎藤の体が揺れた。
そして何とか踏みとどまった後、つぶやいた。

「そうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・斬るか」

「・・・・・え?」

「確か今、伊東は近藤さんの所だったか?」

「ちょ・・・・ちょっと待ってください斎藤さん!!」

何かに取り憑かれたような、ふらふらした足取りで
どこかへ向かおうとする斎藤の着流しの袖を引っ張り、いのりは慌てて制する。

「何言ってるんですか!?
 せっかく伊東さんの所へ潜り込めたのに!!
 落ち着いてください!!」

「落ち着けるものか!!
 俺でもしたことがない事を・・・・・!!・・・・・・・っ!!」

斎藤は自分の失言に思わず息を飲んだが、何もかもが遅かった。
いのりは先ほどと違った理由で、顔を真っ赤にして俯(うつむ)いた。

暫くの間、気まずい沈黙が続く。

押し黙ったまま固まっている二人を、風に吹かれて舞い落ちてくる桜吹雪が包み込んでいった。

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