山崎烝の新選組日記
□我、らゔろまんすに勝手に巻き込まれるの事 その肆
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一日中、華が居なくなった経緯を知った隊士達から、俺はかなりの非難を浴びた。
「冷血漢!!」「鬼!!」「薄情者!!」「すけこまし!!」
俺はそれを甘んじて受けねばならない。
それだけの酷い事を、※あえかな娘、華に対してしてしまったのだから・・・。
だが、それに混じって、
「色狂い!!」「 漁色家!!」「 好色漢!!」
などの誹謗には身に覚えがないため、
発した輩(やから)にはそれなりの制裁を加えてやった。
それでも、屯所のどこへ行っても針のむしろ状態が、一刻二刻と時を追う毎に酷くなってきた。
息苦しさを吐き出す様に、俺は大きな溜め息をついた・・・。
忍者の三禁・・・。
「酒」「金」「女」は任務の大敵と禁じられている。
(確かに華に対して酷い仕打ちをしたが、女の色香に惑わされなかった俺を、褒めても良いじゃないか・・・)
釈然としない。
(・・・いや・・・本当に釈然としないのは・・・)
ふと辺りを見回すが、華の姿など何処にもない。
何だか物足りない気がする。
それに何だか落ち着かない。
心に浮かぶは、澄んだ微笑みを浮かべ、慈しむ様に自分の名を呼ぶ娘・・・。
(・・・たった十数日居ただけだというのに・・・)
屯所がいつものような、男臭く無機質な居所(いどこ)に戻った様に思えるのは、気のせいではないだろう。
華が居なくなって二日が経った頃・・・さすがに俺は屯所に居辛くなり、外に出る事にした。
* * * *
忍びの者は武士とは異なり、名より実を取る。
つまりは、名誉や名声よりも、実質的な利益を優先するのだ。
(俺は・・・何よりも、伊勢屋の件の解決を最優先にしただけの事だ。
それは得てして、巡り巡って華の為にもなる事ではないか・・・)
そう言い訳しても、彼女の笑顔を曇らせてしまった己の未熟さには、正当性など見出だせなかった。
(・・・俺は・・・何故こんなにも彼女に気をかけてしまうのか・・・)
華が自分に協力的であれば、確かに伊勢屋の件が片付くのに役立つだろう。
ならば彼女に気がある振りでもして、上手く利用すべきだったかもしれない。
(そう考えれば、確かに俺はしくじったのだろう・・・)
だが、己の失敗を悔いた所で、今更彼女が戻って来る事もないだろう。
それならば、次の協力者を捜すなりすれば良いだけの事であり、去って行った者になど執着する事もない。
そう考えつつも割り切れないのは、後味の悪い別れ方をしてしまった所為なのか・・・。
ふと視線を上げると、華と背格好の似た娘の姿が目に飛び込んできた。
刹那に、心臓がどきりと鳴る。
しかしよくよく見やると、その娘は華ではなかった。
(俺は一瞬、一体何を期待したのだ・・・)
己の動揺に半ば呆れながら、俺は改めてその娘の姿を改めた。
商家の娘だろうか。
煌びやかな晴れ着を身に纏(まと)い、傘を従者に持たせ、高飛車な笑みを覗かせる。
いや、単に微笑んだだけなのだろうが、少なくとも俺にはそう見えた・・・。
(・・・華の笑みは・・・もっと柔らかくて・・・温かかった・・・)
そう思っただけで、胸が苦しくなる。
自分で抱いた切なく疼く心の痛みに気付き、俺は居たたまれなくなり突然走り出した。
(・・・全く・・・俺はどうしたんだ・・・!!)
全ての事に、華を関連づけてしまう・・・。
(・・・ダメだ、しっかりしろ!!
俺は監察方だ。
冷静に・・・あらゆる情報を収集し、的確に分析せねばならい・・・。
女如きに心を乱すな!)
今までの事を置き去りに、俺は逃げる様に走り続ける。
呼吸も乱れ、体中が悲鳴を上げ始めた。
何処まで走ってきたのか・・・。
俺はふらふらになりながらも、ようやく走りを止め、両膝に手をついて身体を支えると、
地面を睨みながら何度も深呼吸をして、何とか息を整えた。
(そうだ・・・俺は新選組の監察方・・・。
私情など挟むものではない・・・。
これからは土方さんの期待を裏切らぬ様、次に命ぜられる新しい任務を、誠心誠意務め果たしてみせる!!)
己に活を入れ、俺は心意気も新たに意気揚々と顔を上げ、そして固まった・・・。
「・・・こ・・・ここは・・・」
俺の目前に現れたのは、何だか騒がしげな伊勢屋の屋敷だった・・・。
(・・・華・・・)
無我夢中で走っていたはずなのに、足はここへと向かっていたのだろうか・・・。
我ながら、未練がましくて情けなくなる。
恐らく、華はここに戻っているのだろう・・・。
それ以外、世間知らずなお嬢様であった彼女が身を寄せられる所など、考えられない。
俺はそれを知っていながら、敢(あ)えてここから遠ざかっていたのだ。
俺は汗を拭い、大きく溜め息をついた。
(もう、これは認めるしかないな・・・)
副長にはもう関わらずとも良いと言い渡されたが、自分の心を偽る事はできない。
(やはり『伊勢屋』の件は俺自身が片を付けないと、気が晴れん!!)
新選組の監察方としてではなく、山崎烝、俺個人が伊勢屋を調べ上げてやる。
もし、へまでもして、俺が捕まる様な事があれば・・・
新選組に累が及ばぬ様、何一つ口外する事無く命を絶てば良い。
(・・・これで・・・本当にいいのか??
・・・これが最善策なのか・・・・・・?)
迷いがない訳ではない。
だが、俺の胸の支(つか)えを取るには、こうでもしなくてはならないと思った・・・。
* * * *
(・・・とは言え、どうしたものかな・・・)
『伊勢屋』の近辺での調査は既に行き詰まっている。
(斯(か)くなる上は、今度こそ忍び込んで・・・)
そう思った矢先に、人の声が近付いてきた。
俺は慌てて、隣家との塀の狭い隙間に身体を滑り込ませた。
「ほら!!急げや!!」
「どんどん運んで!!」
何やら慌ただしそうだ。
こっそり覗き込むと、数人の恰幅の良い男たちが、たくさんの荷物を屋敷に運び込んでいた。
(・・・?一体何を・・・)
今度は反対側から、人が近付く気配がした。
俺は直ぐさましゃがみ込み、草鞋(わらじ)の締め紐を直す振りをして、やり過ごそうとした。
「ほんまに、急な話やね〜」
「ほんに・・・。何や、急ぎ過ぎて怪しいわぁ」
「・・・そやねぇ・・・。やっぱり、華ちゃんが嫌がってんのと関係あるんやろねぇ?」
二人の女性の会話から、華の名が聞こえた。
思わずびくりと反応してしまった。
だが、それに気付きもせず、女性たちは話に夢中になっていく。
「そら、華ちゃんやのうても嫌や思うわ。
うちも一回見はったけど、嫌〜な感じの男やったわ」
「あんな可愛がっとった華ちゃんを、あないな男に渡すやなんて・・・。
『伊勢屋』はんも、見る目ないわぁ。それとも、やっぱり人が変わってしもうたんかねぇ・・・。
こないだも・・・・・・」
もう距離が離れ過ぎて、彼女たちの会話は聞き取れなくなってしまった。
だが、噂好きな女性たちのお陰で、やはり華が屋敷に戻っていて、
どうも評判の良くない男へと嫁ぐらしいことがよく分かった。
今のご時世、親が決めた相手と一緒になる事は普通である。
本来なら、華も唯々諾々とこの婚姻を了承しなければならない身であった。
それを親の顔に泥を塗るが如く出奔するなど、許されぬ行為だ。
(単に華が跳ねっ返りな我が侭(まま)娘であったか・・・、
あるいは・・・・・・その男が腹に据えかねる程の品性下劣な醜男だったかだな・・・)
一体どんな男なのか、少々興味が湧く・・・。
(い・・・いや、単なる興味本位ではなく、伊勢屋の妙な薬の件に、この男が関わっている可能性が高いからな・・・)
自分に言い訳をしながらも、俺は動き始めた。
(通行人の振りをして、辺りを探るか・・・)
ゆっくりと立ち上がり、俺は伊勢屋の屋敷の周囲をぐるりと回り始めた。
すると裏門の戸が突然勢い良く開き、老人が転がり出てきた。
俺は驚いて立ち止まる。
何とか起き上がろうとする老人に追い討ちをかける様に、扇子が飛んできた。
「出て行け!!・・・この・・・死に損ないが!!」
大声と共に小太りの男が姿を現した。
その男に向かって、老人は土塗れになりながらも地面で頭を下げる。
「・・・も・・・申し訳ありません・・・」
「もういい!!お前の小言は聞き飽きた!!」
「・・・し・・・しかし、華様は・・・」
男は唾を飛ばしながら、老人を口汚く罵倒する。
「えぇい!!うるさい!うるさいっ!!
華がどうしてもと俺に泣きついたからこそ、お前を残してやったんだぞ!
その恩を仇で返すつもりか!?
もういい!ここから出て行け!!
お前のような老いぼれなんぞ、どこでどう野垂れ死のうが俺の知ったことか!!」
上気した頭に汗を滲ませ、怒り心頭な様子の男は、荒々しい足取りで屋敷に戻ろうとして、ふと俺の存在に気づいた。
「・・・なんだお前・・・」
文句でもあるのかと言わんばかりに睨み付けてくる。
ここであまり目立った動きなどしないほうが良いと分かっていながら、俺は我慢ならずに口を開いた。
「・・・いや・・・別に・・・。
ただ・・・年寄りには親切にするもんだ」
俺の言葉は、特に男の琴線には触れなかったようで、侮蔑混じりの嘲笑と共に、男はそのまま屋敷へと戻っていった。
俺は、あの男の面影に見覚えがあった。
(・・・おや?・・・伊勢屋に入り込んできた男に似ている・・・。
恐らくその男の息子か・・・)
やはり華は屋敷に戻ったのだろう。
そして、先程の無礼な男の下へ嫁がされるのだろう。
(・・・・・・結構な事だ・・・)
俺は冷淡にそう考えた。
これで伊勢屋の乗っ取りの件は、店主に取っては最悪の形とは言え、一応は片がつくだろう。
なれば、俺は伊勢屋がばらまいているという、妙な薬の事だけを考えれば良い。
(やれやれ・・・全くもって、結構な事だ・・・)
・・・そう思いつつ、心が揺れる・・・。
・・・心がざわつく・・・。
今しがた目にした、あの男の下卑た笑みに乱暴な態度・・・。
思い出すだけでも腹立たしい。
(華の笑顔が、あんな男に蹂躙されるのか・・・?)
あの無垢なお嬢様の華が、決死の覚悟で家を出てきたのだ。
あれ程嫌がっていたのだ・・・。
(・・・それなのに・・・屋敷に戻って、あのような男へと嫁ぐのか・・・)
本当に彼女は納得したのか・・・?
もしかして、俺の冷たい態度の所為で、自暴自棄になっているのではないだろうか・・・。
(俺は・・・それで良いのか・・・?
彼女を傷つけたまま謝罪する事も無く、彼女が不幸になっていくのを、黙って見過ごすのか・・・?)
※あえかな・・・弱々しく美しい様