山崎烝の新選組日記

□我、らゔろまんすに勝手に巻き込まれるの事 その弐
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まんじりともせず、肌寒い夜を明かしてしまった・・・。

(・・・朝か・・・)

淡く色めき始めた空をぼうっと眺めていると、何やら遠くの方から騒がしい声が聞こえてきた。
一体何事だと眉をひそめていると、奥から新選組の幹部、沖田さん永倉さん原田さん、
そして藤堂さんに斎藤さんまでが、急ぎ足でこちらに向かって来た。

よく目を凝らしていると、皆、興味津々といった光をその瞳に湛えていた。
俺は未だ眠っている華を気遣い、そっと立ち上がり、騒がしい一団に近付いた。

「・・・まだ日が昇ったばかりですよ?
 どうしたんです、こんな早朝に・・・」

俺が鋭い小声で制し睨むと、永倉さんがすっと音もなく俺の背後を取り、首に腕を回し力強く締めてきた。

「・・・ちょ・・・ちょっと、永倉さん!?」

狼狽(うろた)える俺に目もくれず、永倉さんが俺の耳元で低く唸った。

「・・・どこだ・・・?」

「・・・・・・え?」

永倉さんが何を言っているのか分からず、俺は間が抜けた様に口をぽかんと開けた。

「どこにいんだよ?」

誰が?と言いかけて、俺ははっと気付いた。
苦笑を浮かべている原田さんの背後で、沖田さんがもの凄い意地悪な笑みを浮かべていたのだ。

(・・・もしや・・・伊勢屋の娘がここにいると、沖田さんに聞かされて・・・)

「・・・あの・・・すみません、彼女はまだ寝ておりまして・」

「・・・寝ている・・・?お前の部屋でか・・・?」

噛み締めた歯の間から、声が絞り出される。
沖田さんの口の軽さに舌打ちしつつ、俺は仕方なしに説明を始めた。

「ええ、沖田さんからお聞きとは思いますが、彼女は伊勢華という名で、あの老舗(しにせ)の・・・・・・」

「そうか・・・華って言うんだな」

(なんだ、やはり華が目当てか・・・)

警戒心を高め永倉さんを睨み上げると、妬ましそうな嫌味な視線が俺を刺していた。

「・・・・・・そうか・・・そうかぁ・・・」

「・・・・・・な・・・永倉さん・・・?」

薄ら寒さを覚え顔をしかめて様子を伺っていると、永倉さんは悔しげに言い捨てた。

「・・・そうか・・・華と言うんだな・・・。お前の許嫁(いいなずけ)は・・・」

「は?・・・・・・え?・・・・・・」

永倉さんが発した耳を疑う言葉に、俺の頭は真っ白になった。

「・・・あの・・・?永倉さん・・・?何か勘違いを・・・」

「ふ・・・ふんっ!別に羨ましくなんかないぞ!
 久し振りの逢瀬を満喫しやがったか!
 そうかぁ〜〜そうかぁ〜〜この野郎〜〜〜」

荒い鼻息が顔にかかる。
不快のあまり俺は必死にもがくが、筋肉の塊の様な永倉さんはびくともしない。

「・・・ったく。何言ってんだよ。顔に羨ましくてしょうがねぇって書いてあるぞ」

「そうそう。総司から山崎君の許嫁が来てるって聞いた途端、
 顔を見てやるって、一番先に飛び出したのは新八っつぁんじゃん」

原田さんと藤堂さんが揶揄(からか)うと、永倉さんの腕に更に力が加わる。

「ち・・・違うぞ!!う・・・羨ましいとかそんなんじゃねえよ!
 ほらよ・・・許嫁って言っても、どうせ肥えた猪みてぇな女なんだよ。
 そう・・・そうなんだよ!だから、山崎はここに逃げてきて、それを執念深く追ってきたんだよ!!
 そんな蛇みてぇな女、ちっとも羨ましくなんかねぇよ」

・・・・・・猪なのか蛇なのかどっちだ!!
いやそれ以前に、勝手に物語を作るな!!

俺が永倉さんの太い腕を抉じ開け、必死に抗議しようとした瞬間、
どうやら外の騒がしさに目を覚ましたのか、俺の部屋の障子がそっと開いた・・・。

「・・・・・・山崎様??」

恐る恐る顔を出した華の可憐な姿を見て、俺以外の男たちから息を飲む音が聞こえた。
そして次の瞬間、永倉さんの腕の力が尚一層強くなり、俺は意識を飛ばしてしまった・・・・・・。



* * * *



目を覚ますと、俺は自室に横たわっていた・・・。

(・・・ったく・・・あの筋肉馬鹿が・・・)

口汚く心の中で、この事態を招いた新選組幹部の男を罵っていると、若い女の鈴の様な心地よい声が聞こえた。

「・・・山崎様・・・?もう、大丈夫でございますか?」

はっとして横を見ると、華が心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。
あまりの至近距離に、俺の心臓が勝手に飛び跳ねる。

「あ・・・ああ、め・・・迷惑をかけたな・・・。すまない・・・」

目を合わせる事もできず、俺は華から少し距離を取る様に身を起こした。

「いえ・・・。山崎様がご無事で、安心いたしました」

にこりと笑った華の顔をちらりと横目で盗み見ていると、彼女が急に小首を傾げた。

「あの・・・そういえば先程見えられた方達が、私の事を許嫁だとか何とか・・・・・・」

「へっ・・・!?あ・・・あ!!」

俺はその言葉で、この事態の原因を思い出した。
どうやら沖田さんが、華の事を俺の許嫁だのとみんなに言い触らしたようだ。

「・・・いや・・・すまない、どうやら底意地の悪い幹部の一人が、あんたの事を・・・・・・・」

「・・・誰が底意地が悪いって??」

俺の言葉を掻き消す様に、不吉な声が華の背後から投げつけられた。
思わず首をすくめ、俺は舌打ちをした。

華に気を取られ、彼女の背後に底意地の悪い幹部・・・もとい、沖田さんがいる事に気付かなかったのだ。

「・・・あ・・・いえ・・・その・・・」

「なぁんだ。僕は折角山崎君の為を思って、みんなを朝早くから叩き起こして、わざわざ説明してあげたのにさぁ。
 僕の親切を、まるで悪意があるかの様に言われちゃったなぁ〜〜」

慌てる俺になど目もくれず、沖田さんは口を尖らせ、大きな声で独り言を言い捨てて部屋を出て行った。

・・・・・・何が俺を思ってだ。
・・・・・・何が僕の親切だ。

と、一瞬腹が立ちかけたが、確かに華を俺の許嫁と名乗らせた方が話が通りやすい・・・・・・。
きょとんとした顔で俺を見つめる華に、何とか理解してもらおうと、極力感情を込めぬ様気をつけながら説明を始めた。

「・・・その・・・あんたに取っては不本意かもしれないが、一応この屯所の中では、
 あんたは俺の許嫁という事にしておいてくれないか・・・?
 その方があんたの身も安全だし、説明も簡潔で済む・・・」

恐る恐る華の様子を伺うと、彼女の頬は薄紅色に色付き、嬉しそうに微笑んでいた。

「・・・はい・・・分かりました・・・」

「・・・すまないな・・・」

俺が謝ると、華は首を静かに振った。

「いえ・・・寧ろ・・・嬉しいです・・・」

「・・・・・・は?」

聞き違いかと、俺が驚いて華を凝視すると、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、目を逸らした・・・。
その愛らしい仕草に、また、俺の心臓は勝手に鼓動を早めていく・・・。

(本当に・・・厄介な娘だ・・・)

乱れる心とは裏腹に、頭は冷静に自分を鋭く指摘する。

(彼女の存在が、俺の足枷にならねば良いが・・・)

そんな不吉な思いが、俺の不安をかき立てる。



* * * *







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