山崎烝の新選組日記

□我、らゔろまんすに勝手に巻き込まれるの事 その参
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華と俺は正反対だ・・・。
言うなれば光と闇・・・。
それを俺は本能で感じ取ってしまった・・・。

すると、今まで単に愛らしいと思っていた彼女の天真爛漫な笑みにすら、新選組の影となり人の闇に忍び込む俺を、
陽の当たる明るい場所から痛々しげに見下ろしているのではないかという危惧が生まれ、居心地の悪さを感じてしまう。

(もう・・・彼女の好意を・・・彼女の笑顔を、素直には受け入れられない・・・)

彼女の様な、人として健全な生き方に惹(ひ)かれない訳ではない。
だが俺は、新選組の監察方だ。
幹部にはできない、裏の仕事を引き受ける立場なのだ。

(・・・これ以上、華に深入りするのは危険だ・・・。
 振り回されるだけで、俺にとっては迷惑以外の何ものでもない)

俺は苛立ちを吐き出すかの様に、大きな溜め息をついた。
この様な暗い思考に取り憑かれているのは、きっと伊勢屋の調査が行き詰まっているからだろう。

いくら町に足を運んで探っても、何一つ重要な手がかりが見つからない。
伊勢屋の調査を始めて、早十日あまりが過ぎた。
時間ばかりが無為に費やされていく・・・。

(調査方法が間違っているのか?
 それとも、方向性から間違っているのか・・・?)

焦れば焦る程、空回りしている感が否めない・・・。
昨晩は一睡もできぬまま、朝を迎えてしまった。

「山崎様・・・?お顔の色が悪いですよ?休まれましたか?」

流石に疲労が顔に出てしまっていたのか、華が心配そうに俺に声を掛けてきた。

「いや・・・・・・」

俺は華を一瞥(いちべつ)する事無く短く答え、彼女から逃れるが如く、考えに耽(ふけ)りながら屯所の中を歩き回った。
何故か、じっとしていられないのだ。

(何故だ・・・どうして皆、口を割らない・・・。
 何かに怯え、何かを隠しているのは確かなはずなのに・・・)

「あの・・・山崎様、温かいお茶でも入れましょうか?心が休まりますよ・・・?」

俺の後を追って、再び華が声を掛けてきた。

「いや・・・必要ない・・・」

彼女の顔を振り返る事も無く、俺は億劫に答えた。
中庭で朝稽古をしている隊士たちが、俺達の不穏な空気を察したのか、何事かとこちらに視線を送って来る。
それでも華はめげる事無く、笑顔で更に進言する。

「・・・で・・・では、何か召し上がりますか?
 最近、根を詰められて、お食事もきちんと取っていらっしゃいません。
 身体が悪くなってしまいます・・・」

仕方なく俺は思考と足を止め、今度は振り返ってきっぱりと拒絶した。

「いらないと言っているんだ」

「・・・山崎様・・・」

俺を見つめる悲しげな瞳にさえ、腹立たしさを覚える。

その様な気遣いなど、必要ないと言ったら必要ない。
俺が欲しいのは伊勢屋の情報、ただ一つだけ。
それ以外のものは、不要だ。

彼女は、迷惑この上ない主観的な親切心で、勝手に行動しているに過ぎない。
はっきり言って、いらぬ世話だ。
それでいて拒絶された途端、こうやって俺を悪者扱いして、傷付いた様な顔をしてみせるのだ。

(俺が何をしたって言うんだ・・・!
 何故、そんな悲しい顔をする!!)

自分の所為だとは分かっていながら、彼女を慰めるのも面倒だった。
今の俺には、彼女の全てが煩(わずら)わしく感じる。
つい華に向かって、噴き上がる感情を剥き出しに怒鳴りつけてしまった。

「・・・いい加減にしてくれ。もう、放っておいてくれ!」

「ちょ・・・ちょっと山崎君、そんな言い方は・・・」

近くにいたのであろう藤堂さんが、俺の怒号を聞き咎めたのか、批難がましく俺を制し、間に入ってきた。

だが、俺の吹き出した感情は止まらない。
華を庇う様に立ちはだかる藤堂さんを押しのけ、俺は更に彼女に詰め寄った。

「君は、いつもと違う世界にやってきて、毎日が新鮮で楽しくて浮かれているかもしれないが、
 俺はこの件を片付けようと、必死なんだ!
 君を早く家へ帰そうと、奔走しているんだ!!
 それが分からないか!?
 頼むから、俺の邪魔をしないでくれ!」

「・・・・・・そんな・・・私は・・・貴方の許嫁として・・・力に・・・」

「許嫁なんてただの方便じゃないか!
 大体、俺は本当に君と夫婦になる気などない!!」

そう言い切って、はっとした。
どす黒い感情を全て吐き出し、俺は溜飲が下がったのか、急に頭が冷えてきたのだ。

(しまった・・言い過ぎた・・・)

「山崎君、そりゃ言い過ぎだぜ・・・!」

藤堂さんが俺の肩をつかみ、怒りを込めた目で睨み責め立てる。
慌てて華を振り返ると、彼女は涙で滲んだ瞳を伏せ、懸命に笑みを浮かべようとしていた・・・。

「・・・す・・・すみません・・・私・・・山崎様に、ご迷惑ばかりおかけして・・・。
 本当に・・・失礼しました・・・」

そう言って頭を勢い良く下げると、俺と目を合わす事無く背を向け、そのまま走り去っていった。
俺は咄嗟に華の後を追えずに、遠ざかっていく彼女の後ろ姿を呆然と見送ってしまった。

「・・・・・・っ痛っ!!!??」

いきなり頭に痛みが走り驚いて振り向くと、鬼の様な形相の原田さんが仁王立ちしていた。
その後ろから姿を現した斎藤さん、永倉さん、そして沖田さんまでが、咎(とが)める様な目で俺を睨んでいる。

「自分の苛立ちを女にぶつけるなんて、男として最低だ」

俺の胸中などお見通しなのだろう。
原田さんが俺をばっさりと断じる。

「別に彼女に、何か非があった訳じゃねえだろ?
 普通に彼女の思いやりを、素直に受けりゃ良いだけの事じゃねぇか」

「大体、彼女はお前の役に立ちたいと、勝手の分からぬ屯所で慣れぬ事にも果敢に挑み、
 お前がいない間も、一人で健気にも頑張っていたのだぞ」

永倉さんの溜め息まじりの呆れ声と冷静な斎藤さんの指摘に、俺の頭に更に殴られた様な衝撃が走った。

(・・・そうだ・・・。そうだった・・・)

何故彼女が、気楽に日々を過ごしているなどと思ってしまったのか・・・。
確かに、父親の体調が芳(かんば)しくもなく、店も乗っ取られ帰る場所を奪われようとしている・・・。
そんな状態で、華が無邪気に心健やかでいられるはずがなかった・・・。

きっと、その様な不安や悲しみなどを心の奥にそっとしまい込み、必ず力になってくれると俺を信じてくれていたのだ。
そして、憔悴しつつも駆けずり回っている俺の身を案じ、気遣ってくれていたのだ・・・。

愕然としながら、俺を取り囲んでいる幹部達を見回すと、皆一様に呆れ顔であった。

皆は彼女をちゃんと見ていたのだ・・・。
見えていなかったのは、俺だけだったのか・・・。

(せめて、華がここにいる間は、俺が守ってやらねばと・・・そう思っていたのに・・・)

あまりの情けなさに、頭を抱えたくなった。
器の違いを見せつけられた気がして、愕然(がくぜん)とする。

「華ちゃん、可哀想〜〜。何処行っちゃったんだろ?
 まぁ、屯所内だとは思うけど。
 今更、行くトコないからねぇ・・・」

態(わざ)とらしい沖田さんの独り言に、はっと心締がめ付けらた。

(そうだ・・・自分の不甲斐なさに、打ち拉(ひし)がれている場合ではなかった・・・)

きっと華は一人で泣いているだろう・・・。

(泣かしたのは・・・俺だ・・・)

とにかく華に会いたい・・・会ってきちんと話さねばという思いに駆られた。

「・・・し・・・失礼しますっ!!」

礼儀など無作法にも放り出し、俺は彼女の後を追った。



* * * *



華の姿が見当たらない・・・。
さして広くもない屯所のはずなのだが、何処にもいない・・・。

俺は早く彼女に謝りたくて・・・この罪悪感から解放されたくて、必死に華の姿を探した。

きっと華は、俺の心ない言葉に傷付き、一人寂しく泣いているのだろう・・・。

(何故気付いてやれなかった・・・)

彼女の境遇を鑑みて冷静に考えれば、華の心情など直ぐ分かる様なものなのに、
俺はあの笑顔に安心し、見逃してしまっていた・・・。
不覚としか言い様がない・・・。

後悔の波が、次から次へと心に押し寄せる。
ちょっと前まで時間を遡(さかのぼ)り、酷い発言をした自分を殴り倒してやりたい・・・。
だがいくら猛省しても、華の姿を見つける事はできなかった。

俺は仕方なく、情けない報告をする為に土方さんの下を訪ねたが、
副長の態度から、どうやら事の顛末を知っていたようだ。
おまけに、華の捜索は他の者に任せたと、俺は彼女から手を引く様に言い渡されてしまった。
副長からの信頼を、俺は失ってしまったのかも知れない。
だが今の俺に取っては、華との関わりを断たれてしまった事の方が、より辛かった・・・。

(・・・もう・・・華に会う事はできないのか・・・?)

使命感からなのか、責任感からなのか分からない。
分からないが、彼女に会いたくて会いたくて・・・心が掻(か)き乱される。

だが華は・・・忽然と俺の前から姿を消してしまったのだった・・・。







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