山崎烝の新選組日記

□我、らゔろまんすに勝手に巻き込まれるの事 その陸
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自分の父親が、密かに『阿片密売』という悪事に手を染めていたのでは無いかという疑念が、
華の澄み切っていた心を侵食しているようだ。

呆然(ぼうぜん)と・・・そして悲しげに目を伏せる彼女に、俺の口は勝手に動いた。

「い・・・いや、まだ君の父上が、この件に加担しているという証拠は無い。
 もしかしたら、あの親子にたばかられているだけのかもしれない・・・」

俺の何の根拠の無い無責任な言葉に、華はゆっくりと顔を上げた。
そして、瞳を潤ませながらも、微かに笑みを浮かべてくれた・・・。

「・・・山崎様・・・ありがとうございます」

「いや・・・。
 そ・・・その・・・とにかく・・・だな、今は真相を確かめる為にも、お父上を捜そう・・・」

「はい・・・」

俺には別に、彼女を励ます義理など無い。
だが華の気落ちした姿に、何か言って然(しか)るべきだと自然に・・・そう思ってしまったのだ・・・。

(華もこの件に、関与しているかもしれないのにな・・・)

いつもの俺なら、きっと華をも疑っただろう。
彼女が『阿片密売』無関係であるという根拠も裏付けも無いのだから、警戒するのも当然のことだ。
実はこの娘も手練(てだれ)の曲者(くせもの)で、この俺すら騙しているのかもしれない・・・。
そういう可能性も、無きにしも非(あら)ずだ。

だが、俺は彼女は何も知らないと感じた。

(・・・いや・・・そう信じたいだけなのかもしれない・・・)

どうしても、今の俺には華を疑う事が出来ない。

(・・・忍の三禁。
 即ち、「酒」「欲」「色」・・・とは、よく言ったものだ・・・)

もし、華が俺を謀(はか)っていたと言うのなら、見事という他に無い。

(・・・華の手に掛かるとしたら・・・それはそれで、止むを得ないな・・・)

それでも良いかもしれない・・・とすら考えた。

(・・・俺は・・・監察方失格なのだから・・・)

そう、俺は・・・華に恋心を抱いてしまったのだ。
俺はその事に、気付いてしまった・・・。



* * * *


ふと、屋敷の奥が騒がしくなった。
耳を澄ましてみると、怒号が飛び交っている。

「侵入者だ!!」

「何者かが侵入したぞ!!」

「あの娘が居ないぞ!!」

「探せ!!探せ!!」

どうやら、俺がここへ忍び入った事がばれてしまったようだ。
恐らく、あの簀(す)巻きになった道楽息子が、必死に部屋から這い出たのだろう・・・。

はっと身を強ばらせ、華が俺の袖をぎゅっと掴む。
その手が微かに震えているのに気付き、俺はそっと自分の手を重ねた。
そして、冷たい華の手を包み込む様にしっかり握る。

「大丈夫だ」

「・・・はい・・・」

その一言で緊張が解けた様に、華は俺の裾から手を離した。

自分を凝視する華の視線を気にしながらも、俺は素早く阿片をそのまま隠し箱に仕舞い、帳場箪笥を元に戻した。

「奴らは直ぐさまここへやって来るだろう。
 俺と一緒にここから逃げるか?」

もう、内情の説明を乞うため、華の父を探す事は不可能だ。
あの親子に阿片密売の疑いがある事を突き止め、証拠の品の保管場所も確認した。
ここは一旦、退却すべきだろう。

返事を促そうと振り返る俺に、華が跳び付いてきた。

「・・・はいっ!!はい・・・私も・・・一緒に連れて行ってください!!」

彼女の必死な様子に、俺はつい苦笑を漏らしてしまった。
まるで置き去りにされる事を恐れ、懸命に親にしがみつく子どものようだ。
自分の事を信頼し、必要としてくれている・・・。

(そうだ・・・華は、出逢った時から俺に助けを求め、
 その身を・・・己の運命を俺に委(ゆだ)ねてくれていたな・・・)

「・・・山崎様・・・?」

「いや、何でも無い。いくぞ」

華の手を引き店の奥から出ると、そのまま屋敷の端まで走り出した。

「・・・えっ!?こっちは・・・!」

追っ手の声が聞こえる方へと向かう俺に、華は驚いた声を上げるが、それを無視してそのまま駆ける。
無論、男たちが俺達の姿に気付き、武器を手に後を追ってきた。

「待ちやがれっ!!」

「てめぇ!何者だ!?」

口々に騒ぎながら、男たちが集まってきた。
緊迫した事態に身を強ばらせた華を、俺は片腕で抱き上げると、階段を駆け上がる。
そして、そのまま角の一部屋に飛び込んだ。

「や・・・山崎様・・・」

華が困惑するのも無理は無い。
物置として使っているこの部屋には、外へ隣接する大きな窓はあるが、全て虫籠(むしかご)窓なのだ。

虫籠窓というのは、縦に格子状に開口部を設けた固定窓のことで、
多くは漆喰で塗り固められ、開け閉めできるものではなく、主な目的は明り取りや風を通す為のものだ。

「・・・大丈夫だ。俺を信じろ」

俺は華を下し、六尺手拭で顔を覆い直しながら冷静に答える。
すると、華は澄んだ瞳で俺を見つめ、深く頷いた。
その瞬間、乱暴に襖(ふすま)が蹴り倒され、荒れ狂った男たちが傾(なだ)れ込んできた。

「ふんっ!阿呆め!袋の鼠だ・・・観念しろ!」

「手前・・・何処の手の者だ!?」

誰何(すいか)されれば答えねばなるまい。
俺は大きく息を吸い、大声で怒鳴り返した。

「俺は、華お嬢様にずっと想いを寄せ居ていた者・・・!!
 華お嬢様は俺が頂く!!
 他の男になど、決して触れさせるものか!!」

「・・・・・・・・・は?・・・え・・・?何だと?」

敵意剥き出しにして食って掛かろうとしていた男たちが、俺の言葉にぽかんと、間の抜けた顔になる。
そして一瞬の沈黙の後、戸惑いと響(どよ)めきが広がっていった。

奴らの必死さから見て分かる様に、よほど後ろ暗い所があるらしい。
そんな中、この屋敷の侵入者が、まさか伊勢屋の娘が目当てだったなど思いも寄らず、面食らった様だ。
どうして良いものか、男たちが対応に困る様子に俺はほくそ笑む。

「・・・と、とにかく捕まえろ!」

どちらにしろ、俺達を逃がす選択肢などないと、ようやく気付いたようだがもう遅い。

男たちが気を取り直し襲いかかろうとする前に、俺は虫籠窓に蹴りを叩き込んだ。
格子は呆気なく折れ飛ぶ。
あり得ない怪力振りに、追っ手の男たちが思わず怯(ひる)んだように足を止めたが、何て事は無い。
俺は予(あらかじ)め、脱出経路を確保しておいただけの事。
何かあったら、ここから逃奔するべく、格子にせっせと切り込みを入れておいたのだ。

追っ手の男たちが唖然としている隙に、俺はさっと華を抱き上げると、音も無く窓から飛び降りた。

「・・・・・・あっ・・・」

後方から、息を飲む様な呟きが聞こえ、華が一瞬の浮遊感に身を強ばらせたが、それも束の間。
俺はすぐに窓下(そうか)の廂(ひさし)に降り立ち、そのまま走り出した。

慌てた男たちが、穴の空いた虫籠窓から身を乗り出し、階下の者に追う様に指示を出すも、後の祭りだ。
俺は廂に並んでいる、松の大木の太い枝を足がかりに、軽々と塀を飛び越え外へと降り立った。

(上々だ・・・)

俺の正体も、何を探っていたかもすぐには分かるまい。
だが塀の中は騒然とし、いつ追っ手が追いついてくるやも知れない。
早く屯所に戻り、あの親子が動き出す前に副長に事情を説明し、伊勢屋を改めるよう進言せねば。

未だ気の抜けない状況だ。

(華も居る事だ。まずは早くこの場を立ち去らなければ・・・)

だが、俺に今も尚(なお)必死にしがみついている華の様子に、
俺が囮(おとり)となり、その隙に彼女を逃がすという算段を諦めざるを得なかった。

(仕方ない・・・あの時と同じ様に、華を抱えて屯所まで逃げ切るか・・・)

苦笑気味にそう考えた瞬間、俺の背後に突然人の気配を感じた。
誰かが近付いて来ていた事すら、気付かなかった。
不覚を取ったかと慌てながらも、振り向き様に鋭く小太刀を薙(な)ぎ払う。
内心の動揺など微塵も見せず、刹那に繰り出したこの一手は、
相手が反応も出来ないまま、肉を切り裂くと確信した。
だが、突如現れた人影は怯(ひる)む事無く瞬時に抜刀し、弾き返してきた。

(・・・っ!?まさか・・・!)

俺とて、あの屈強な剣豪ぞろいの新選組の監察方だ。
並の剣士よりは腕が立つと自負していた。
それなのにこの男は、俺の刹那の攻撃に迅速に反応した。

(・・・何者・・・!?いや、誰であろうと余程の手練だ・・・。
 華を守りつつ逃げ切れるか・・・?)

心の乱れを悟られぬ様男を睨みつけ、俺は小太刀を握り直し、華をきつく抱き寄せた。
冷静を保つため呼吸を整えるが、背中には冷たい汗が流れる。
男は月の光を背にしているため、顔に影が掛かって表情が読み取れない。

(・・・糞・・・光足を避ける※事に気を取られ過ぎたか・・・)

歯を食いしばり、次にどうするか目まぐるしく考える。
すると対峙していた男から張り詰めた空気が霧散し、
俺の焦る心を嘲笑う様なやたら明るい浮薄(ふはく)な声で、俺の名を口にした。

「・・・あれぇ?なんだ。山崎君じゃない・・・」







※光足を避ける・・・影が差せば、そこに人がいるのが分かってしまう為、月夜に忍ぶときは、月を背中に受けてはいけない。詰まりは光源を避けて動かねばならないという事。
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