山崎烝の新選組日記

□我、らゔろまんすに勝手に巻き込まれるの事 その壱
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呉服屋 『伊勢屋』

確かにその店主には、今は亡き妻との間に子供が二人いる。
兄である伊勢敬一郎は、長崎に留学中。
そして娘の伊勢華は十七歳で、看板娘として父の商売の手伝いをし、客から大層慕われていた・・・。
だが、父たる店主が店先に出なくなったと同時に、姿を見せなくなる・・・。

俺が調べた伊勢屋の情報では、娘がいる事は確かだった。
その面影も、店主に似ていなくもない。

「・・・お前が本当に伊勢屋の娘だとしたら、何故追われていた?」

さすがは副長。
一瞬驚きはしたものの、直ぐに冷静に娘に詰問を始めた。
確かに、娘であるなら何故警備の者に追われていたのか、甚だ疑問である。

娘は細い眉をそっとひそませ、ぽつりと呟いた。

「・・・だって・・・父様が・・・勝手に縁談を進めたんですもの・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ??

「父様ったら、以前は私に
 『好いた男ができれば、ちゃんと紹介しなさい。私はお前が選んだ男なら、反対などしない』
 ・・・って・・・そう言ってくださっていたのに!
 だから私、家を出たんです!!」

艶やかな頬を膨らまし、憤慨する華を見つめ、俺は空いた口が塞がらなかった。

俺の潜入は、この娘の我が侭な家出に因(よ)って妨げられたのか?
ならば、憤慨すべきは俺の方ではないのか??

唖然とした後(のち)、沸々と怒りが湧き始める。
何か一言言ってやろうと、娘に体ごと振り返った俺に、華は意外な発言をした。

「お願いがあります」

真摯な瞳で俺を見つめると、華はすっと手をついて頭を下げた。

「・・・どうか・・・どうか、父様を調べてくださいませ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだって?

またもや、娘の発言に俺は混乱する。

「調べるって・・・一体何を調べるんだ?」

呆れ顔の俺になど気にも駆けず、勢い良く頭を上げた華は、泣きそうな顔で訴えかける。

「父上の様子が、おかしいのです・・・」

「・・・どんな風にだ?」

今まで黙って聞いていた土方さんが、座視できないと判断したのか、静かに問うた。

「・・・父は・・・以前はもっと、おっとりとして本当に優しく、
 商売人には向かないと、皆に笑われつつも慕われておりました。
 大声を出したり怒鳴ったり、ましてや人に手を上げたりなどしなかったのです」

悲しそうに俯き、涙をこらえて華は必死に言葉を続ける。

「それがここ数ヶ月の間に、痩せ細り目付きが異様に鋭くなり、いつも苛立って、何かに怯えているようで・・・」

「何か、病気とかではないのか?」

考え過ぎなのではないかと、俺が横やりを入れるが、華は静かに頭(かぶり)を振った・・・。

「体調や人格だけではありません。
 父の様子が変わったのと同じ頃に、父は・・・いきなり人を連れてきました」

「・・・どんなヤツだ?」

人事だと言わんばかりに素っ気ない俺とは違い、土方さんは何かを感じたのか、娘に真摯に向き合う。
その姿に、俺も心を引き締め、華の言葉に耳を傾けた。

「・・・素性は分かりませんが・・・父は体調を理由に、その男の人に店を任せ、屋敷の奥へと籠(こも)ってしまい、
 今では娘の私にも滅多に会おうとしてくれません。
 そして、父が連れてきたその人は、昔からいた使用人達をあらゆる理由で辞めさせて、
 新しい雇人を次々と店へ入れました・・・」

・・・・・・なるほど・・・少しずつ話が見えてきた。
町に『伊勢屋』が密かに、西洋の妙な薬を流しているという噂が立ったのも、その頃だ・・・。
俺は孤立無援となった華の境遇を、少し気の毒に思った。

「そして今度は、その人は自分の息子を連れてきて、私との縁談を薦めてきたのです」

「それで、あんたは逃げ出し、店の者に追われる羽目になったと・・・」

「・・・・・・はい・・・」

疲れた様に大きく息を吐き、華はそれっきり黙ってしまった。
重苦しい沈黙が、辺りを包む・・・。

突然土方さんが居住まいを正し、俺に鋭い視線を投げた。

「・・・山崎、お前はどう思う?」

はっきり言って、この件はどうもあの薬には関係なさそうだ。
放っておいたところで、『伊勢屋』がその男に乗っ取られ、この娘はその男の息子の下へと嫁ぐだけの事。
それは単にこの『伊勢屋』の店主が間抜けだっただけで、新選組には関係のない事だ。

だが・・・・・・。
その西洋の妙な薬とやらが、町へと流れているという噂は見過ごせない。
あの薬とは関係なさそうだが、京を混乱へと陥(おとしい)れる様な代物(しろもの)であるなら、
きちんと調べて幕府へ報告すべきかもしれない・・・。

考え込んだ俺に、土方さんは仕方ないと言った風に苦笑を漏らし、一言言った。

「山崎、この件は全てお前に預ける。
 お前の好きな様にしろ」

「・・・・・・はい」

新選組に害が及ばぬ限り、自由に動いて良いと、土方さんからのお許しが出たのだった・・・。





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