とある鬼の昔話
□過酷な運命
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* * * *
「姉様・・・・今日は何だか一人じゃ寝られないの・・・・」
今年で九つになる妹の梓は、心細そうな面持ちで護衛役の少年に抱っこされ、桜の寝所へやって来た。
「あらあら、梓ったら、もう九つになったっていうのに」
可愛い妹に苦笑しつつも桜は寝所に梓を通し、布団に招き入れた。
「ごめんなさいね、柳。いつも私や梓が無茶を言って・・・・」
桜がそう言うと、柳と言われた鬼の少年は柔らかい笑みで否定した。
「いいえ、私の命はお二方にいただいた様なものです。
一生をかけてお返ししなくては」
年に似合わず堅苦しい少年の言葉に、桜は破顔する。
「そんな重く受け止めなくても、大丈夫よ。
本当にありがとう。
これからも、梓の事、よろしくお願いしますね」
「はい、命に代えても、梓様をお守りいたします!」
そう言って一礼すると、柳は颯爽と部屋を去っていった。
振り返ると、梓は既に安心したように、ぐっすり眠ってしまっていた。
その姿を、愛おしそうに桜は覗き込む。
梓が生まれて間もなく、母は他界した。
それからは桜が、梓の母親代わりになり、梓を育て護ってきた。
大切な、大切な妹・・・・。
このまま鬼の里にいれば、この愛おしい妹も、いずれ顔も知れぬ男鬼の元へ嫁がされ、
子を産み落とすよう強要されるのだろう。
「・・・・・・助けて・・・・・・」
後数日もすれば桜も、鬼の一族の命運を勝手に託され、見知らぬ男の元へ嫁がされる。
「・・・・・・助けて・・・・・銀・・・・・・
私をここから連れ出して!!・・・・・・・」
それは決して口に出してはいけない願い。
その言葉を言ってしまえば、全てが壊れてしまう。
その言葉の重みに、銀が去っていってしまうかもしれない。
その望みを叶えるため、銀が傷ついてしまうかもしれない。
このまま抜け殻のように生きるくらいなら、いっそ自害をしようかと思ったが、
幼い妹を残してはいけなかった・・・・。
自分が出来る事は、銀だけを想いつつ、好きでもない男の子供を産み、梓を守る事だけ。
梓に自分の代わりに幸せになってもらえるよう、身を挺して守る事だけ・・・・。
そう思うと、一体自分の人生とは何なのだろうと、桜は怒りより虚しさを感じる。
私にも、感情があるのに・・・・・これ程まで梓を大切に思っているのに・・・・・・
これほど、銀を愛しているのに・・・・・・!!
それを知らず、知ろうともせず、自分たちの都合ばかりを押し付ける鬼を、これほどまでに憎んでいるのに!!!
「こんな、鬼の里など・・・・・・消えてなくなれば良いのに!!!」
一人嗚咽(おえつ)を堪(こら)え涙していた桜の耳に、喧噪が聞こえた。
慌てて涙を拭うと、視界がわずかに曇っているのに気付いた。
泣いたお陰で詰まってしまった鼻にも、きな臭い匂いがわずかに届く。
「て・・・・・敵襲だああぁぁあ!!」
悲鳴にも似た怒号が桜の耳を打ち、体が凍り付いた。
「火を消せ!!」
「館への侵入は阻止せよ!!」
乱れ飛ぶ叫びを聞き、桜は寝入っている梓を揺り起こす。
「んん??姉様?・・・・まだ暗いですよ??」
まだ状況を把握できていない梓は、寝ぼけ眼で桜を見る。
「梓、落ち着いて聞きなさい。
今、この鬼の里が襲撃されています」
幼い梓にも、自分の身が危険な事が分かったようだ。
びくりと身を震わせ、不安げに大好きな姉の顔を見る。
「大丈夫、大丈夫よ。梓。
必ず私が安全な場所まで連れて行きますからね」
桜が言い終わらないうちに寝所の襖が開き、柳が飛び込んで来た。
「失礼します!桜様!梓様!」
「柳!!」
「人間達が襲撃してきました。
今は頭首様もお留守で、護衛達も右往左往で使い物になりません!
さあ、とにかくここから逃げましょう!!」
柳がそう言って、外に通じる窓の障子に手をかけたとたん、黒い影が飛び込んで来た。
敵襲かと桜と梓を背に庇い柳が剣を構えると、桜がその影が誰なのかを悟り叫んだ。
「銀!!!」