とある鬼の昔話

□逃避行
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闇に紛れて銀と桜は、屋根を伝って軒先にかかった大木まで、素早く屈みながら走り込む。
大木の影に隠れほっと辺りを見回すと、たくさんの怒号や悲鳴に火花が弾ける音がかぶさる。
大きな炎が里を覆い、火に照らされた面だけ、体が焼けるように熱い。

上がっているのは、赤い炎だけではない。
無数の蒼い炎も所々揺れている。

泣き叫ぶ子供、子を呼ぶ母の声、兄弟を必死で捜す少年、子を庇い槍で貫かれた父。
身体能力は人以上の鬼であっても、多勢に無勢。
さらに不意をつかれた恐怖が鬼を包み、大した反撃も出来ぬまま、まるで狩猟の獲物のように狩られていく。

桜は自分の足下で繰り広げられる、鬼の里の最期を、震える体で呆然と見ていた。

鬼の里など消えてなくなれば良いと思っていた。
自分の幸せの邪魔でしかなかった鬼の里。

それがこんな風に滅びていくなんて・・・・・・。
自分はなんて恐ろしい事を考えていたのか・・・・・。

愕然とする桜の腕を、銀が力強く引っ張る。
踏鞴(たたら)を踏んだ桜を、銀が支える。

「気をしっかり持て。まだ逃げ出せた訳じゃねえ」

小声で、だが諌めるような銀の冷静な声に、桜は自分の状況を思い出した。
わずかに頷くと、大木の枝を使い地面にたどり着く。
震える足を懸命に叱咤し、必死に真っ暗な森に走る。
後方で人の張りつめた声を聞き、心臓がぎくりと震えた。
だが足を止めるわけにはいかなかった。
前を走る銀に背負われた梓も、息をひそめ、一生懸命銀にしがみついている。

「今、捕まる訳には・・・・・死ぬわけにはいかない!!」


* * * *


白々と夜が明け始めた。
山の道なき道を、歩いていた銀が、ようやく足を止めた。
遅れて桜も銀の側に行くと、倒れ込むように膝を折った。
もう息も上がり、言葉も出ない。
足も寝間着も泥だらけで、体のあちこちに傷を負ったようで、ぴりぴりした痛みが走る。

「大丈夫か?」

体を揺すって疲れて寝てしまった梓を背負い直し、銀が桜を気遣う。
桜はかろうじて首肯する。

「この先に、古い御堂がある。そこまで行けば、とりあえず安心できる。
 そこまで歩けるか?」

歩けると言えば嘘になるが、その御堂に行かなければ次がない。
桜は銀に手伝ってもらい、もう一度震える足で立ち上がる。
既に感覚がなくなった足を、引きずるように進む。

木々の間を抜けると、目のくらむ様な明るい光が桜を照らした。
目が慣れるまでしばらく忙しく瞬きすると、奥に古い御堂が見えた。


* * * *


御堂の外で、掃除をしていた尼僧が、近づいて来た人影に気付き、目線を上げた。
ふらふらとおぼつかない足取りで歩く、二つの影に眉をひそめた。

(あら・・・・・また、痩せた土地から逃げ出して来た農人かしら・・・・・)

少しずつ近づくにつれ、その影の形がはっきりして来た。
そして、尼僧はその影の顔を見て、驚いた。

「!!・・・・銀!?・・・銀ではないの!?」

泥だらけで、疲れきった表情の銀に、懐かしそうな笑みがこぼれた。

「お久しぶりです・・・・・比丘尼(びくに)様」

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