とある鬼の昔話
□幸せになる為に
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* * * *
ようやく桜の涙が止まり落ち着きを取り戻した時、ふと外で人の声がした。
訝(いぶか)しげに外を覗こうとした桜を、尼僧がやんわりと止めた。
そして、そっと戸口に聞き耳を立てたので、桜も同じように聞き耳を立てた。
外で梓が銀と話していた。
「銀・・・・・姉様は、どうして泣いてるの?
鬼の里がなくなっちゃったから?皆死んじゃったから?」
「ん・・・・そうだなぁ・・・・」
「・・・・・ごめんなさい・・・・・あず・・・・梓のせい・・・・なおっ」
急にしゃくり上げ、泣き出した梓に銀は驚いて、梓を抱いて頭を撫でてやる。
「梓っ・・・・あず・・・っさは、鬼の・・・・里がっ・・・・なくなっ・・・たら・・・・・
姉様っ・・・と銀と・・・・・ずっと・・・・一緒にっ・・・・・
いられるって・・・・・思ったの・・・・・だからっ」
銀は苦笑しながら、梓の顔を覗き込んだ。
「梓?・・・・・鬼って神通力でも使えるのか?
梓はそんな凄い事が出来るのか?」
梓は驚いた顔で頭を激しく横に振った。
「じゃあ梓のせいじゃないだろう。誰も梓を責めたりしねえよ。
これは・・・・運命だったのかもな。」
優しい笑みで、銀は梓に語りかける。
「鬼も、人も等しく、運命ってヤツに翻弄されちまうのかもしれない・・・・」
「うんめい・・・・・って?ほんろう?・・・・」
銀は破顔した。
「ああ、梓にはちょっと難しかったな。そうだな・・・・・
まあ、生きてりゃ、自分じゃどうしようもない事が、たくさんあるってことだ。
だからって諦めるんじゃない。
俺たちだって、まだ全部を失ったわけじゃねぇ。
桜も、梓も、家や親や里を無くしちまった。
俺も領主を裏切り、地位も、名誉も、居場所も失った・・・・・」
梓は小さい体で、一生懸命銀の言葉を受け取ろうと、じっと銀の顔を見つめる。
「だけどな、自分は生きてるし、桜も梓もいる。
な?全部失ったわけじゃねぇ」
ふと、銀は遠い目をした。
まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「領主の命であれば、どんな卑劣な行為も辞さないって言う、
忠義一本の武士道を貫くヤツもいるだろうけど・・・・・。
俺の武士道は違う。
俺は・・・・・一度たりとも、己に恥じる刀を振るった事はねぇ。
俺の刀は・・・・守るべき者のために振るう。
これが俺の武士道だ」
銀はふっと優しい笑顔に戻り、梓を見つめた。
「俺が守るべき者は、領主ではなく、桜や、梓だ。
だから、俺の武士道は失われなかったと誇れる。
領主にはあらゆる剣豪が付いている。
だけど梓達には、今は俺しかいねぇだろう?
大丈夫だ、梓。
お前とお前の姉さんは、俺がしっかり守ってやるから。
今度こそ、守ってみせるから・・・・・」
「銀!!銀!!」
嬉しそうに、無邪気に梓が銀の首に飛びついた。
* * * *
(ああ、銀も梓も、私と同じように自分の願いに罪悪感を抱いていた・・・・
今、鬼の里の犠牲の上で、銀との日々を手に入れたと言うのなら、それを大事にしたい。
銀と・・・・幸せになりたい!!)
銀を愛おしいと思う感情のまま、桜は外に飛び出した。
「銀!!」
「桜・・・・・」
驚いて振り向いた銀の顔に、優しい笑みがこぼれた。
銀のこんな笑顔は久しぶりに見た気がする。
「やっと・・・・・俺を見たな・・・・・」
「私・・・・ずっと・・・・ああすれば良かった、こうすれば良かったって、
色々後悔する事もあるけど・・・・
それでも、その後悔を乗り越えるくらいの、
幸せをあなたと築きたい!!」
桜は溢れる愛情と共に、銀の腕に飛び込んだ。
銀もその気持ちを受け入れるが如く、しっかりと愛おしい娘をその腕で抱きとめたのだった。
与えられた幸せは、するすると指の間からすり抜けてしまう。
幸せは、掴まなくては・・・・・
つぶさずに、逃がさずに、優しくしっかりと・・・・・