月桜鬼 第一部

□泡沫(うたかた)の日々
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山南と本の事で更に親しくなったいのりは、次々本を読破していく。
どうやら寝る間も惜しんで本を読んでいるようだ。

冬の厳しい京にしては比較的暖かな日の午後、いのりの姿が見えないと平助が慌てていた。

「どこにもいねぇんだよ。どこ行っちまったんだ??」

聞きつけた土方や沖田達幹部も、捜索を始めた。
「逃げたのか」
「また化物にでも襲われたか」
「どこかで怪我でもしているんじゃないか」
それぞれの思いで心配する幹部達は、散り散りになって少女の小さな姿を探す。

「ったく・・・・・また誰かが勝手に連れ出しちまったのか??」

そう呟いた土方はふと、庭の大木の影に布切れの様なものを見つけた。
洗濯物でも落ちたのかと覗いてみると、本を抱え木漏れ日の中すやすやと眠るいのりの姿があった。
見たところ怪我も無いようで、穏やかに規則正しい寝息を立てている。
一気に気が抜けて、怒る気にもなれない。
自分たちの心配を余所に眠る、少女のあまりの暢気さに苦笑さえ零れる。

「おい!こっちにいたぞ!!」

土方の声にばらばらに捜索していた沖田達が集まり、
いのりの気持ち良さそうに眠っている姿を見ると、皆安堵した。

ふと、人の声で目が覚めたのか、暫くぼんやりと自分を覗き込む土方達の顔をみつめていたいのりは、
ようやく状況を理解して慌てて平謝りした。

「す・・・・すみません!
 今日はあまりにも良い天気でしたので、つい・・・・・」

「馬鹿野郎!風邪引くじゃねぇか!!今日は比較的暖かいとは言え、真冬だぞ!
 体が冷えるだろうが!!」

自分の心配が杞憂だった安堵感からか、土方が怒鳴り、近藤がなだめ、
原田達は苦笑し、沖田などは呆れた様な顔をしている。

「全く、心配させるんだから・・・・」

しかしあれ程いのりに対して冷たい態度を取っていた沖田でさえ、
心配してくれていたようで、皆が良かったと口々に言いいのりを労(いたわ)ってくれた。

(皆さん、本当に・・・切なくなるほど温かい・・・どうしたらいいのだろう・・・)

素直に厚意を受け取れず、いのりは胸が苦しくなる。

(優しいこの人達に報(むく)いたい。
 この人達は、私の本当の姿を知りたがっている・・・・。
 でも、本当の事を言ったら・・・・・。
 きっとこんな風に接してはくれなくなる・・・・・)

皆の笑顔が凍り付く瞬間を思うと、いのりは恐ろしくなり逃げ出したくなる。

(それに、ずっと皆さんの善意に甘え続けていたら、また宮司様みたいに・・・・・)

温かな人と出会うと、いつもいのりは思ってしまう。
私は、この人たちに優しくしてもらえる資格など、ないと・・・。

何故か辛そうに顔を歪める少女に、皆が不思議そうにしていると、山南が険しい顔をでいのりに詰め寄った

「寝る間も惜しんで私の本を読みふけっているのは、
 早くここから出なくてはいけないからと思っているからですか?」

「・・・・・・・」

いのりは一瞬はっとした表情を閃かせたが、口を閉ざしたまま俯いた。
だが、その仕草が答えを是(ぜ)としている。
一体どういう事かと皆が顔を見合わせる。

そんな中、苦笑して山南が続けた。

「そんな慌てなくても大丈夫ですよ。私の本を読み終えるまで、追い出したりなんかしませんから・・・」

山南の優しい声にも、いのりは顔を上げない。

「・・・・・それとも、早く出ていきたいほど、ここがお嫌いですか??」

「いいえ!いいえ!!皆さんには、とても優しくしていただいて・・・」

慌てて顔を上げ、少女は激しく頭を横に振る。

「でも・・・でも私は・・・・」

(本当は・・・この皆の優しさや温かさ、幸せを・・・
 心の思うまま・・・疑う事無く迷う事無く、そのままちゃんと素直に受け止めていきたいのに・・・・
 それができない・・・・だって私は・・・私は・・・・)

苦しそうに胸を抑え、何かを堪(こら)えている少女の姿に、山南は労(いたわ)る様な笑顔を静かに揺蕩(ただよ)わせた。

「すみません、ちょっと意地悪な言い方をしてしまいましたね・・・・。
 でも、本当に好きなだけいていいんですよ?
 人間、焦ると何事もうまくいかないものですからね」

「・・・・はい・・・ありがとうございます」

心からの言葉に胸が詰まったいのりは、ただただ静かに頭を下げるしかなかった。

(もう・・・・・・これ以上、何も話さずに、ただ甘えてなんていられない・・・
 ちゃんと・・・ちゃんと話さなくちゃ・・・)

満たされた幸せな日々を・・・優しい人々の笑顔を失う事は恐ろしいが、
本当の自分を偽り続ける事も、皆を裏切っている様で心苦しい・・・。
いのりは震えながらも、ひっそりと覚悟を決めた。



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