月桜鬼 第二部
□武士
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* * * *
「お師様!!」
裏門から出ようとしていた月山達に、酷く慌てた様子で駆け寄って来たのはいのりだった。
「お帰りに・・・・・なるんですか?」
「おう、いのり。達者でな」
「どうか、ご健勝で・・・・」
晴れやかな笑顔で月山が応じ、羽黒も深々と頭を下げた。
いのりは月山を嫌っている訳ではなく、
ただ、土方達に迷惑をかけるのを嫌がっていただけなのだ。
何より、月山はいのりを捜しに京と江戸を何度も行き来してくれたのだ。
それほど思われて、何故嫌う事が出来るだろうか。
「・・・・・・そうですか・・・・」
気落ちした様に俯くいのりに、月山は意地の悪い笑みを浮かべた。
「何だぁ?俺が居なくなくと寂しいか?」
いつもなら向きになって反論するはずのいのりが、珍しく黙ったままだ。
ぽんといのりの頭に手を置くと、月山は愛おしそうに撫でた。
「・・・・・・銀と・・・・・二人でまた道場に遊びに来い。
・・・・・絶対にだ」
はっと顔を上げ、月山の優しい笑顔を見つめると、いのりもようやく笑って頷いた。
羽黒がふと視線を移すと、沖田、斎藤、藤堂、原田、永倉の面々まで見送りに集まっているのが見えた。
月山もそれに気付くと、しょうがない奴らだと言わんばかりに苦笑し、
いのりを羽黒に預け、沖田らに歩み寄った。
「見送りはいらねぇと言っただろうが」
そう言いつつも、月山は嬉しそうに笑っている。
なんだかんだと色々騒動があったものの、沖田達は月山の気性を好んでいた。
それぞれに別れの挨拶を済ますと、月山は今まで見せた事のない様な、鋭い真摯な視線を沖田らに送った。
「俺はな、お前らが生まれる前から武士をやっている。
だからこそ、お前らに言っておきたい事がある」
力強いその声に、皆、自然と背筋が伸びた。
「簡単に死ぬんじゃねぇぞ・・・・・」
然(さ)して大きくもない声で語られた言葉は、低く重く沖田達の心に響き渡る。
「武士たる者、兵(つわもの)たれ。
もとより武士とは、戦場において命を賭して、守るべき者のために戦いし兵。
潔く死ぬだの、美しく死ぬだの、兵にとっては笑止千万。
死を美化するなど歌人(うたびと)だけで十分だ。
兵にとって、守るべきものを守れぬ事が恥であり、死は単なる敗北だ。
刀を抜いた以上、命ある限り守るべき者のために戦い続ける。
それこそが、誠の武士だ。
忘れるなよ。
武士は兵。
戦って勝たねばならぬ。勝ち続けなければならぬ。
だからこそ・・・・、だからこそ生き抜けよ」
恐らくこの先この言葉の重みに耐えながら、自分達は刀を抜くのだろう。
そう、沖田達は確信した。
こうして、月山と羽黒は江戸へと帰って行った。
その後ろ姿は、何だか一瞬寂しそうに見えた気がしたが、堂々としたその広い背中は何も語らなかった。
皆それぞれ月山の教示を受けていた事に、後から気付いた。
やはり月山は根っからの師匠なのだ。
危なっかしい若者を見ていると、放っては置けないらしい。
「いつの間にか僕ら、月山さんの弟子みたいになってたね」
沖田も苦笑して肩をすくめた。
だが、皆なぜか嫌な気分にはならなかった。
変化していく新選組の中、曖昧になっていた道標を、はっきり示唆してくれていた気がするからだ。
ただ、その道標の方向は、皆それぞれ微妙にずれているかもしれない。
そのずれは、先へ進んで行かなければ、差異がはっきりしない、厄介なものだった。
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