小説置き場4

□慰霊祭の奏者
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僕は戦争を知らない。
知らないものは表現しようがないのだ。例え仕事として依頼されたとしても。
耳成は嘆息し、それに指を滑らせた。ポロン、ポロンと描いた通りの音が触れた指先から溢れ出る。
短い数曲をウォーミングアップのように弾くと、楽譜に表された曲を眺め、大きく息を吸い、それを奏でだした。
楽譜通りの音。ありきたりの音。迫力も、感情も伝わらない。耳成は手を離すと大きく硬いその楽器に顔を突っ伏した。不協和音が耳に痛い。顔をしかめる。

なぜ鎮魂歌ではないのか。戦争で壊された全てのものを悼む感情は、その時代を生き抜いた彼ら彼女らに思いを馳せればいくらでも湧き出てくる。それなのになぜ、戦場の音を模した曲を僕に弾かせるのだ。サバゲーはおろか、人を撃つゲームもしたことがないのに。理由は重度のゲーム音痴と、末期のビビりだ。そのせいで資料の動画も見ることができない。正確には再生して3分で泣いて、この年で漏らす寸前までいった。一人暮らしでよかった。

それでも仕事は仕事だ。やらなくては三日後くらいのご飯が危うい。耳成は顔を上げる。商売道具であり、自己表現の相棒に再度手を乗せる。
そうだ。無理に戦場の音を出す必要はない。要はそれを想起させればいいだけだ。

自己に課した無理を前に、耳成は指を滑らせ始めた。


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