小説置き場4
□鏡の境目
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「こんばんは。今日も来てくれたんだね」
「そりゃそうだよ。僕には用事があるんだ」
「そのついででも嬉しいよ。さあ、今夜は何を話そうか」
会い向かう彼はにこにこと笑っている。
「僕は偉大な実験中なんだ。邪魔はしないでくれ」
「わかってるよ」
「だったら話しかけないでくれるかい?」
吐き捨てるように言うと彼の顔がくしゃりと歪んでいる。
「………」
「いいだろう。じゃあ、今夜も始めよう」
僕は一つ深呼吸し、慎重に口を開いた。
「お前は誰だ?僕とそっくりな姿をしているが、僕はここにいるはずだ。お前は誰だ?お前は誰だ?」
彼の目を見つめて、塗り重ねるように丁寧に言葉を続けていく。
「お前は誰だ?お前は誰だ?お前は誰なんだ?」
「………。…僕は「うるさい黙ってろ!!!」
洗面台の縁を拳で叩く。じんじんとした痛みが染みてきて、その苛立ちをぶつけるように僕は彼に向かって叫んだ。
「お前は誰だ!誰なんだよ!なぁ!!」
いつしか彼の目からは涙が溢れていた。それを拭う手の側面は赤黒く痛々しい色に染まっている。
「……もう、こんな実験やめなよ。僕が壊れちゃう」
「ここまできてやめられるもんか!僕は最後までやり遂げるんだ!!僕はまだ、僕であることがわかってるんだよ!!まだ、まだなんだ!!」
「もう、僕は僕であることがわからなくなってるよ。だって、ほら」
鏡の中の彼が手を上げると、なぜか僕の腕も同じように上がった。驚きには、と息が漏れる。
「……ね?」
「なんで、こんな……どうして」
「これが実験の成果だよ。僕は割れて、鏡の中の僕を作り出したんだ。君はもう僕であることがわからないだろう?」
僕は僕の顔を見る。驚いたはずの僕は鏡の中で目を見開いて微笑んでいた。