小説置き場

□苺大福
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ぽかぽかとあったかい昼下がり。
束になったカルテを抱えながら俺はのんびりと散歩をしていた。
ほんとはどっかで起きた事故の現場に行かなくちゃならないんだけど救急車は数時間前患者と一緒に爆発炎上して使い物にならないし(同乗していたナースも右に同じ)、もし俺が急いで行ったとしてもあるのはどうせ復元不可能な肉塊だけだし。
やる気なんて元々ないしあ、そうそう最近忙しくてお休みもらえてないんだよな。
そうだ、今日はサボろう。それがいい。
どうせ病院に戻ったって患者なんていないし。
まあ元々サボるつもりだったけど。
持ってるのがめんどくさくなったカルテを全部丸めてポケットに押し込みながら立ち止まりちょっと目線を上げてぼんやりとベールのかかったような淡く青い空の端っこを見上げる。


こんなに晴れてるんだからもうちょっと青くたっていいのに。
まるで俺みたいな半端な色じゃないか。
ちょっとメランコリーになっちゃうよ俺。病んじゃうよ。精神科医が病んじゃうよ。そういえば病んじゃった精神科医ってどうなんのかな。患者と一緒に自殺とかしちゃうのかな?
試しにフリッピーくんと俺が仲良く手を繋いでどっかの屋上から飛び降りてるシーンを想像してみたけど全然ピンとこないし俺中途半端に生き残る気がするからそこで思考を打ち切って再び歩き出した。


太陽光にじわじわ侵食されている生ぬるい空気が充満している街の中を特にあてもなく進んでいく。
今日は珍しくまだ血を見ていない。
あ、うちの看護婦はノーカンね。あれは血を噴き出す前に燃えちゃったから。
いやあ、あの時あわてて救急車から飛び降りといて良かった。運転してるときうっかり手を滑らせちゃったんだよね。
ぽへーっと頭の中で事故の再現VTRを流してふと道の向かい側に目をやるとすぐそばで黄色いベンチが堂々と鎮座してるのが視界に入り何も考えずに道路を横切ってさっそく腰を降ろした。
ふう、と息をついた目の前でさっき慌てて俺をよけていったトラックが向こうの方ですごい勢いでスピンかましてるけどきっと大丈夫。問題ない。のーぷろぶれむ。
ひとりうんうん、と頷いて日をさんさんに浴びてるあったかそうなベンチに目を向ける。

こんなにいい天気なんだもん。
こんな時はぐっすり昼寝するのが礼儀ってもんだよ。

一人ごちてベンチに遠慮なく寝転がった。
途端に強烈な眠気に襲われて大きなあくびをする。
生理的な涙の浮いた目を瞑ったまま口を閉じ手探りでポケットに詰まっていたハンカチを取り出して目元に被せさあ寝ようとした瞬間、まるでトラックが建物にでもぶつかって爆発したようなぐしゃあ、どおんというすごい音の後微かにいつもの唸り声が聞こえてきて。


あ、また誰か死ぬな。ご愁傷様。そしてごめんなさい。


胸の前で手を合わせ頭を動かすと目元に乗っていたハンカチが風に乗ってはらりと落ち、反射的に開けた目はたちまち直射日光にやられた。


「ぐおぉ……っ」


しばらくベンチの上で目元を押さえたまま悶える。
畜生、こんな目の色に生まれてくるんじゃなかった。
太陽光線が痛い。物理的に目が焼ける。
今日一日失明なんて嫌だよ俺は。
ぶちぶちと文句を垂れながら涙目で屈み込み落ちたハンカチに手をのばす。
そうしたらどっかのポケットからさっきのカルテの束が滑り落ちてどさりと音を立てた。
めんどくさくてため息がでる。
全く、無駄に量が多いんだから。
誰が死ぬかわからないんだから全員分持ってけだなんてなんかもう、アホだ。
自分のカルテとか確実にいらないだろ。


ぶつくさ文句を言いながら拾い上げると左手に握ったカルテの束の一番上にあった名前がちらりと見えて中のものを適当に丸めてポケットに押し込もうとしていた手が止まった。


あ、ちょうどいいや。
まだ彼の声は聞こえてくる。
みみずののたくったような眠そうな字で書かれたカルテをざっと斜め読みしてから一番上のカルテをはがしてハンカチと一緒に無造作にポケットに押し込んで立ち上がり思いきり伸びをしながらもう一回大きくあくびをした。


あー結局寝そびれちゃった。
俺って真面目。医者の鑑。


ともすればベンチに戻りたがる体をほめておだてて足を進声のした方へ歩き出した。




しばらく行くとぐしゃりと潰れた焦げ臭い鉄の塊の後に嗅ぎなれた生き物の中身の臭いがツンと鼻を突いて、いつもの赤黒い塊とびしゃりと広がる赤黒い液体が見えてきた。
よけるのもめんどくさくて散らばる肉と赤い布と臓物の混じった塊を踏みしめながらそこからポツポツ落ちている血をのんびり追っていくと、それが草むらに入っていくのを見つけて思わずにやりとする。


ああ、そろそろかな?
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