小説置き場

□クリームパイ
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薄い緑色のベッドの上で寝返りを打ち、隣に置かれた自分の手首を眺めた。
僕自身の手によってぱっくりと開かれたそこは見る間にドクドクと真っ赤な血液を零し続け、それはすぐにシーツに染み込んで色だけ残して消える。
僕はそこを見つめたままゆっくりとまばたきをしてふわぁと大きくあくびをした。
血が大分抜けているみたいでぼんやりする。


─────ちょっと眠くなってきたな。


口をむにむにと動かして血の付いてない指で目元を拭い、骨が見えるほど深い裂け目をついついとつついた。
途端に跳ね上がる心拍数と僕の奥の方で何かが蠢くような感覚。
僕の中で痛みを引き取ってくれている覚醒の苦痛に満ちた呻き声が聞こえてくるようで僕は一人で微笑んだ。
特に恨みも何もないけど、覚醒の苦しむ姿はどうにもそそるんだ。
調子にのってぐりぐりと引っ掻くとどこか新しい血管を切ったらしくピュッと血が吹き出て僕の顔と胸元を濡らした。手のひらが痛みに耐えかねるようにぶるぶると震え、自分の呼吸音が荒くなっていく。
それはとても生温くて臭いがひどくて汚れてない方の手の甲で顔を拭った。
その手をシーツになすりつけた後またごろりと寝返りを打ちパタパタ落ちる血を無視して頭の下の枕を取りぎゅっと抱きしめた。


───寒くなってきた、かも。


体の芯から熱が抜け出ていく感覚にふるりと震えて鳥肌を立てる。
僕はもう半分以上赤く染まった枕を片腕で抱いたまま足下にあった布団をわし掴んで頭からかぶった。
ちょっと暗くなった視界と、柔らかく差し込む布団の色を映した光。
鮮やかな緑色に包まれた、僕だけの空間。
だけどいつもなら僕の匂いが漂っているそこに今日は赤い色が混じり生臭い肉と血液の臭いが充満していて、僕は眉を寄せた。
それでも暖かくて薄暗いそこで眠ろうかと目を閉じたけど、だんだん酷くなっていく臭いに耐えられずに布団からひょこりと顔を出し、すうっと新鮮な空気を吸い込んで目をつぶり全身を包む温かさに身をゆだねた。
そのまま寝返りを打ち丸くなろうとすると指先に冷たく濡れた固いものが当たった。
取り出してみるとそれは案の定僕が僕の手首を切り裂くのに使ったナイフだ。
これ以上どこを切る気もないのでベッドの縁からほおり落として僕は枕を抱いたまま膝を曲げ胎児のような姿勢をとった。
明日はどうしようかな、久しぶりに手作りのクッキーが食べたいな材料を買ってきて覚醒と作ろうかなんてぼんやり考えながらゆっくりとまばたきを繰り返しているとだんだんと体に力が入らなくなっていく。
布団の中にいるのに体がだんだん冷えていってひどく寒いけど僕はこれで死ねるんだ、と目の前の傷口を舐めしょっぱい鉄臭さに笑った。
覚醒はもうほとんど意識はないみたいだ。
僕ももう何回目かの死ぬ前のどうしようもないだるさに襲われて全身を弛緩させ枕に顔をすりよせる。
おやすみ、と誰へともなく呟いて目を閉じようとした時、遠くでバキンと何か木製のものが割れる音がして大きな足音がどたどたと近付いてきた。
そっと首をひねりうっすらと片目だけ開けるとぼんやりとした青い塊がだんだん近づいてくるのが見えて、それは僕の前で立ち止まって一気に僕の布団をはいだ。
寒い、返せといってやりたかったけど僕の唇は僅かに震えるだけで何も言葉は紡げなくて僕は眉間にしわをよせる。
所々血に濡れた布団をぶら下げたそいつは赤く染まった僕の体をみてハッと息をのみ顔を醜く歪ませた。


「また君は……!!」


うるさいな僕はもうすぐ死ぬんだから邪魔しないでよああもう触らないで、今更手首縛ったって間に合わないのに。
ああきつい、痛い、痛い。


「どうして、君はいつもいつも、死にたがるんだい?」


手に持った布団を勝手に裂いて自前のアイマスクで締め上げた手首の傷の上に巻き、もう抵抗もできない僕にきいてくる。
特に理由なんてないけど誰だって衝動的に死にたくなることくらいあるじゃないか。
ここはそれが許される街だから、僕は手首を裂いた。
それだけのこと。
唇が動かないから睨み付けることで答えた。


「今ランピーくんを呼ぶからね、動いちゃだめだよ!」


一方的に言い放ってバタバタと部屋から出ていく。
きっと医者に電話をかけにいくんだろう。
こんなに血が出たらもう助からないなんてことは誰だってわかるのに。
何にも知らない化け物め。
スプレンディドが一番嫌いなはずの言葉を心中で呟き、きつく絞められすぎてどす黒い色に変わってきた手を撫でる。
汚い色だ。
僕はもっときれいに死ぬつもりだったのになぁ。
そうぼやいて薄れた意識の中でゆらぐ何だかわからない話し声を聞き流しながら、僕は眠りについた。

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