小説置き場

□ボルシチ
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肌を刺すような寒さで目が覚める。
目を開けたのか開けてないのかわからないほど暗い中、目だけで辺りを見回しながらここはどこだろうと思いかけてああ、フリッピーくんの家だと思い出した。
今日は初めて、覚醒くんの方に夕食をお呼ばれしたんだ。
珍しく笑顔の覚醒くんにドキドキしながら手作りらしいグラタンを一口ほおばったらどうやら毒入りだったらしく、血を吹いて倒れて気が付いたらこのざまだ。
いつもなら鈍器で繰り返し頭を殴ってきたり私に向かって散弾銃をばらまいたりなどもっと直接的なことをしてきていたから、油断してしまった。



体の方に目をやるともうすでに上半身の服を全て引き裂かれて手首を頭上でくくられ壁から吊されていて、私は力なく笑ってクタリと背後の壁にもたれた。
もう色の変わりはじめた手首に食い込む太い鎖を見上げ半ば諦めに近いため息をついて目を閉じる。

ああ、今日もやるのか。
今日こそは手加減してくれるといいな。

閉じた目を空中に向けて淡い望みを抱く。
しばらくすると視覚が除かれ鋭敏になった聴覚がカツカツと近付いてくる痛みの予感を捉えて、ゆっくりと目を開ける。
するとキィ、と重い鉄の扉が開く音としばらく見ていなかった光ともに軍服を纏って燭台に刺さった蝋燭と長い紐のようなものを持った人影が入り込んできた。
手に持った蝋燭が窓のなく薄暗い部屋を照らし、にやりと笑う覚醒くんの顔を彩っている。
反対の手に握られた太く先の丸まった鞭は長くつやつやと黒光りしていて、決してSM用の緩い鞭などではないことを明確に示している。
彼は私の姿を見つめて嬉しそうに目を眇めさっきより大きく靴音を響かせて部屋を横切り踵をカチンと鳴らして私の正面に立った。
それから蝋燭を足元に置いて鞭の先をバラリと落とす。
準備運動のつもりか覚醒くんはそれを手慣れた様子でびゅんびゅんと音を立てながら振り回し、最後にパチンとクラッキングした。


「始めるぜ」


ギラギラと妖しく光る金色の瞳に見据えられ、これから与えられる痛みに怯えた体がビクンと跳ねる。
多分恐怖に歪んでいるだろう私の顔を細い目で見据えて覚醒くんは嬉しそうに鞭を構え、振り上げた。
そして、


「愛してる」


言葉とともに鞭が振られ、音速を超えた鞭の先が私の肌を容易く切り裂いた。
鮮血と苦痛にまみれた私の叫び声が胸から喉から飛び散る。
僅かながら私の返り血を浴びた覚醒くんは爛々と目を輝かせて頬に付いたそれを舐めとり、楽しげに息を弾ませて愛の言葉を囁きながら私の胸や腕や腹に向かい縦横無尽に鞭を振るい続けた。
それは今日もまた、痛くて痛くてしかたなかった。






小一時間も立っただろうか。
覚醒くんは突然振りかぶった鞭をそのまま後ろにほおりなげ、ポタポタと血を流しどこもかしこも傷だらけでひゅーひゅーと掠れきった息を吐く私に大股で近付いてくいと顎を上げさせた。
私は疲れ切っていて、なんの抵抗もせずに脂汗と涙でぐちゃぐちゃの憔悴しきった顔を晒した。
すぐ目の前に目元の赤い潤んだ目で、上気した頬に恍惚とした笑みを浮かべた覚醒くんの顔がある。
ひどく色っぽいその顔にこんな状況ながら心臓がはねてしまう。
それはそのまま私の胸元に滑り落ち、軽く唇を寄せた。
吐き出された荒い息が傷口に当たりひくりと跳ねた私の体を抱き寄せて、覚醒くんはぱっくりと裂け未だ血汁を垂らす胸の傷にまるでキスでもするかのようにしゃぶり付いた。
容赦のない動きで傷口を蹂躙する舌が周りの肌をなぞり、奥の露出した肉を抉る。
たまにちゅく、と吸い付く音が聞こえ、その唇から艶めかしい吐息が漏れる。


「ぎ……ぐぅう……っ!」


彼が楽しそうに傷口を舐め回す度、私の体は痛みに跳ね額からぽたぽたと脂汗が落ちる。
ぎゅっと片目を瞑りギリギリと歯を食いしばって耐える私に満足したらしく、覚醒くんは傷口にかじりついていた口を離し舌なめずりをして満足そうに鼻を鳴らし、トロンとした目で私の胸に寄りかかり傷が幾重にも重なり深くなったそこをガリガリとひっかきだした。
余りの痛みに涙が込み上げ、これ以上声を上げないように唇を噛み締める。
それに苛立ったらしい覚醒くんは目を見開いてばっと離れいきなり音を立てて私の頬を殴った。
バチンと音がして噛んでいた唇が切れ、ぴっと血が飛ぶ。
頬を打たれた衝撃でげほごほと咳き込み唇から血が零れる。
名前を呼ばれたような気がして朦朧とした意識の中どうにか顔を上げると私の赤い血液で染まりきった片頬に獰猛な笑みを浮かべた覚醒くんがいつのまにか赤黒い鞭を握り締めていた。
私は諦めてはは、と笑って目尻に溜まった涙を一粒落としくてりと力を抜いた。




ああ、痛い痛い。
鞭がこんなに痛いなんて知らなかった。
でも、こんなに痛めつけているのにただの一度も鞭以外を使わないのはきっと覚醒くんの優しさで。
これは彼なりの愛情表現であって、決して私を苦しめたい訳ではないのだろう。
半端に手に入れた知識で行動しているだけの子どもと変わらないんだ。
自惚れではあるが、これは多分間違いなく本当の事なんだ。
でも、君は知らないだろうね。
私はこんな鎖ちょっと本気をだせば簡単にねじ切れてしまうんだよ、覚醒くん。
それをしないのはただ──────


神経を剥き出され直接打たれているような痛みにぼんやりとした私の思考も知らず情事の最中のように頬を赤く染め息を切らして鞭を振るい続ける覚醒くん。



「あはっ、お前も、気持ちいいん、だろっ?」

「……ああ、……、気持ちいいよ、覚醒くん、……ッ」



痛い、痛い、痛い。
気持ちいい訳ないじゃないか。
おかしいよ。君はどこかが狂ってる。
でも、これが君の愛の形なら。
私は受け入れるよ、覚醒くん。
だって、私は君が、どうしようもないほど大好きなんだから。






それを最後にプツンと途切れた思考は翌朝、自分の家のベッドの上で再び動き出した。。
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