小説置き場

□ローストチキン
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雪がちらほら降りかかる、いつもより浮ついた楽しそうな雰囲気のクリスマスイブの夜。
世の中のリア充共が街を行き交い、ふわふわと舞い始めた雪に歓声をあげる頃、俺たちはフリッピーの家の煙突に潜り込んで盗みを働こうとしていた。
やっぱクリスマスには色々必要だからな。
七面鳥もケーキもないクリスマスなんてごめんだし、ちゃんとプレゼントも欲しい。
コイツは金持ちだろうし、盗みに入ったときすっげぇ豪華だったから少しくらい危険でもやろうと思ってたんだ。
ほどなくして先に落としておいたたっぷりの発砲スチロールを詰めていた白い袋を下敷きにして俺たちの体がぼすんと落ちた。
舞い上がった灰に二人して咳き込んで無駄に広い暖炉からもそもそと這いだすと部屋中ぐるりと飾られた装飾品やら何やらが僅かにもりはじめた雪に反射したうっすら明るい外の光を跳ね返して鈍く光っていた。

「うっへぇ、豪華なもんだなあ」

さっすが元軍人様だ。
多少頭がイカれても金に困ってはいないってか。

「ほんとだなぁ、兄貴。早く欲しいなぁ」

「落ち着けリフティ」

周りにわくわくそわそわという擬音を撒き散らしキランキランに目を輝かせてるリフティに空手チョップを見舞い家主を探してそろそろと足を滑らせるとちょうど廊下の真ん中辺りを通ったときに紛れもない奴のいびきが聞こえた。
特徴的なそれから推察するに、どうやら熟睡してくれているらしい。
それからリビングで袋を担いでいるリフティに親指を立て俺もそこに向かって、もう袋にお宝を詰め込み始めてるリフティと一緒に一つ二つと入れはじめた。




外にうっすらと雪が積もりはじめ部屋の棚がすっかりきれいになった頃、俺たちはお宝のたんまり詰まった袋を暖炉のそばに置き、お宝を入れるために袋から取り出した発砲スチロールを二人で抱えて風呂場へと向かう。
なんで風呂場に行くかって?レモンで発砲スチロールを溶かして流すためだよ。
クッションとしての役割も十分だし綿やスポンジよりも処理が楽だからな。
ちゃんと俺らだって考えてきてるんだ。
しかし、風呂場のドアに近付くにつれ奇妙な、何か液状のものを啜り込むような音が聞こえてきて、向かい側のリフティと同じように首を傾げる。
それから発砲スチロールを床に落とし足を早めて二人してドアに張り付くとぴったりと耳を付ける。
するとじゅるじゅるといういやな感じの音の合間にはっはっと息を吐くような音が響いてくる。

「おいリフティ、なんかいるぜ」

「え?こんなのほっといて早く帰ろうぜ、兄貴ぃ。発砲スチロールなんてここに置いてきゃいいだろ」

「うっせバカ、盗るのに使った物は片付けてから帰るのが俺の信条なんだよ」

「うぅ…」

そんなにそわそわするなよ、ガキじゃあるまいし。
こいつは相変わらず物覚え悪いな。
身体能力だけは無駄にあるくせに。
兄として少し遺憾の意を示したくなったけどぐっとこらえてそれから下にしゃがみこんでるリフティの頭をこつんと小突き立ち上がらせる。
それから大きく息を吸い、覚悟を決めてゆっくりとドアノブをひねり二人同時に浴室をのぞき込んだ。
そこには、



「「ひぎゃああああああッッ!?!?!?」」

 

湯船に顔を付けて残り湯を啜りすごい勢いで腰を振る、ヒーロー装束のド変態がいた。
一心不乱に啜っていたらしいソイツはさすがに気付いたらしくくるりとこっちを振り返る。
その顔はもちろんこの街の自称ヒーロー、スプレンディドだった。
腰の動きを止めて目をぱちくりしているスプレンディドは浴槽の縁の手に力をこめ、動作だけは優雅に立ち上がった。
ひらり、と背中のマントが翻る。


「やあこんばんは、お二方。」


懐から取り出した白いハンカチで口元を上品にぬぐい、うっざいすまし顔で笑いかけてくる。


「………」


あ、リフティがフリーズしてる。
多分俺も、同じようなマヌケ面でフリーズしてる。
いやいやなんだよあいつ。
変態の度を越してるだろ。
と、不意にトントンと肩を叩かれゆっくり振り向くとおそらく俺と同じ酷い顔をしてるリフティが震える指でどこかを指す。

「…兄貴、あれ……」

「……嘘だろ」

おいおいこいつフル勃起だよ。
股間がテント張っちゃってるよ。
しかもなんか先濡れてるよ。
何の液体かは脳みそが考えるのを止めた。

「こんな夜更けに何の御用かな?」

「な…何であんたがここに……?」

「もちろん、フリッピーくんちの警備さ。君たちみたいな泥棒や彼の命を狙う悪の組織からフリッピーくんを守るためにね!」

ぜんっぜん守れてないじゃねぇかダメヒーロー!!
しかも悪の組織ってなんだ?厨二か?
突っ込み所が多すぎて言葉が出てこない。

「じ、じゃあどうしてアンタはここでこんなことしてんだ?」

そうだよく言ったリフティ!
後で小銭やろう。
そうだそうだと加勢してやると少し顔を赤らめてもじもじしながらも堂々と言った。

「だ、だってフリッピーくんはこのお湯に浸かったんだろう?つまりそれはフリッピーくんのダシがきいてるってことだしこのお湯にはフリッピーくんの【自主規制】や【自主規制】、あまつさえ【自主規制】まで浸されて溶け込んでる訳じゃないか!これで興奮しない奴なんているわけがない!」

「「このド変態ホモ野郎!!」」

あ、きれいにハモった。

「ん、まあフリッピーくんのためなら甘んじて受けようじゃないか!」

うわあ。
何満ち足りたような顔してるんだよ。
頭大丈夫か。
すると英雄は急に何かを思い出したように目を見開くと聖剣を立てたまんま俺らとすれ違い、風呂場を出てどこかへと向かう。
目の前でリフティが「追う?」とでも言うように英雄の背中を指さしたけど正直俺にはもうSAN値が残っていない。
ふるふると首を振りリフティが担いだままの袋を指さす。
するとリフティはムスッとした顔になっで俺の手を強引にひっつかむと英雄の消えていった方へと走り出した。
ばかやろ、行きたくねぇって言ったじゃんか!
ああもう、好奇心だけ旺盛で俺やになっちゃう。
もうこうなったら止められないので大人しく走ってついて行く。
廊下を抜けどっかのドアをくぐりまた出てはどこかのドアをくぐり抜けを何回もくり返した後、奴は見つかった。
洗面所の前でくねくねと体をよじらせながら、はぁはぁいってる所を。

「もーまた毛先カジガジしちゃったのー?しょうがないなフリッピーくんはー」

スプレンディドは俺たちが目の前にいるのにデレデレしながら身体をくねらせている。
キモい。
それからスプレンディドはつまみ上げた歯ブラシを愛おしそうに眺めてからマントの裏側にしまい込みそのまま同じ種類同じ色の歯ブラシを取り出してパッケージをむき始めた。
俺たちが呆然と見つめる中新品の歯ブラシが取り出され、コップの中に立てかけられる。

「おい…、お前、その歯ブラシどうすんだ?」

「え?そりゃあおかずにするに決まってるじゃないか!」

夜のおかずか。
夜のおかすなのか。

「このかじられて柔らかくなった、フリッピーくんの唾液がたっぷり染み込んでいる毛先のブチブチ感と歯磨き粉と混ざったフリッピーくんの匂いがたまらないんだ……♡」

物理的なおかずにするのか。

「君たちも舐めてみたまえ、病み付きになるよ?」

「いやいやいや舐めねーよ!?!?」

「そっか、それは残念……って言いたいとこだけどよかった。これから君たちに先に取られたら大変だものね」

「……」

もう何も言えねぇ。

「もちろん夜のおかずにもするけどねっ!」

そんなドヤ顔されても困る。
もうどうでもいいや。今日の盗みは諦めよう。
何か大事な物がごっそり持ってかれた気がする。

「はーよかった。ところで二人とも、」

俺たちが踵を返し重い足取りで帰ろうとした途端、ヒーローの声が振ってきてほぼ同時に振り返る。
と、後ろから肩に手をかけられた。
ぞわっと寒気が走る。

「勝手に人の家に入って物を盗むのは、犯罪だよ?」

心の中でつっこむ間もなく肩の上の手の平にはどんどんと力が込められていく。
あ、ヤバい。
殺される。
そろっと隣を見ると俺と同じ目に《逃げよう》と書いてあったから俺たちはせーの、でその手を力一杯振り払い全力で駆け出した。
洗面所のドアまでもうちょっと、あともうちょっとの所で右足が動かなくなりびたんと音を立てて転ぶ。

「いってぇ……ッ」

この辺につまづくものなんてあったっけ、ああでも早く逃げなきゃと立ち上がろうとするとまた右足が引っ張られ床に倒れ伏す。
何がどうなっているんだ、とばっと足首を振り返るとそこには真っ赤なリボンのようなものが絡みついていて、ヒーローの後頭部辺りに繋がっている。
嘘だろあれ伸びるのかってかこれって相当やばいんじゃ……!
焦ってほどこうとしてもそれはうねうねと足首から腰の辺りまで巻き付いてきていてはがせない。
尋常じゃない締め付けに背中に嫌な汗が滲む。

「ああ、君たちを生かしておくとでも思ったのかい?」

ヒーローは大仰な仕草で両腕を広げて哀れむような蔑むような目で俺たちを見下し、一歩一歩ゆっくりと近付いてくる。
首の辺りまできているそれをほどこうと必死でぐいぐいと引っ張るけどその手まで絡め取られ縛られる。

「私のこんな趣味を知っておいて……かい?」

とうとう首を締め上げはじめたそれを両手でひっつかみどうにか呼吸していると、不意に頭をわしづかまれて吊された。
体重のかかってる首が酷く痛んで逃れるように必死に頭を動かしていると急にその手に力が入り頭蓋骨が軋む。
余りの痛みに見えない手のひらの中で目を見開いて涙を零す。

「君たちには全部忘れてもらおう。万一フリッピーくんに話されでもしたらたまらないからね」

頭蓋骨の軋みも頭の痛みもひどくなっていく。
てかこいつ本気で俺たちをころす き
あ ヤバいこれはほんとに あたまがはじ け  る












部屋中に散らばった灰褐色の脳みそと、白い頭蓋骨と、赤い血液の中で一言。

「ふむ」

帽子があるのとないのとで飛び散り方に随分違いがあるのか。
次からは何か被せておこう。
呟いて手袋を脱ぎ水道でざっと洗って水気を切ってからくるくると丸めポケットにしまい込む。
それから、愛しい彼の寝ている部屋へと向かった。



よく寝ているね。
顔に白いハンカチがかけられて安楽椅子に座っているフリッピーくんは声一つ立てず身じろぎ一つせずに眠りこけている。
ハンカチをぱっと取るとそれでもまだ薬が効いているらしく、あどけない顔でゆっくりと息をしていて、私は手に持ったハンカチをすん、と嗅ぐ。
ツンと鼻に抜けるような匂いはするものの、こんなので意識なんて失うはずがない。
君たちはなんて脆くて愛らしいんだ、と笑い顔にかかる緑の髪をそっとかきあげて、白いおでこにキスをした。
ああ、私がこんなに君が好きだなんて、君が知ったらどんな顔するだろう。
まあ、例え本気で睨まれたって私はそれを愛せるが。
ふっと息を吹き出すように笑い、私は踵を返す。
あの部屋の掃除はいいだろう。
確か日付は越えてないからきっと双子は復活する。
さあ私はこれから、明日のディナーの準備をしなくてはならないんだ。



私はぽんと床を蹴り、開けておいた窓から飛び上がりながら彼が喜びそうなメニューを組み立てていた。
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