小説置き場2

□simmer soup
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穏やかな光にまどろみから引き上げられると、そこは不思議な光彩に満たされていた。
空から垂れる薄緑の光とその中で踊るいくつもの影。暖色の流れる模様を引きながら布のような人のような体で緩やかに舞い続ける。
聴こえない曲と奏でられるその光景は幻想的で綺麗だけれど、片目ずつ違うものを見ているような感覚が気持ち悪くて眼を細め小さく呻く。
その途端たなびいていたそれが風が止まったようにふら、と倒れ込み小さくわだかまって動かなくなる。中身を晒した死体のような生々しい色合いのそれも目を擦り、幾度かまばたきをすると緑の光だけを残して消え去った。
 クリアになった視界に軽く伸びをしてくあ、と一つ大きくあくびをすると僕はうつ伏せになり、頭からすっぽり被っていた薄緑色の羽布団から顔を出した。
ドッグタグが裸の胸でちゃり、と鳴ると同時に、朝独特の冷たい空気が一気に顔を撫でる。
顔中にまとわりつく熱い体温がかき消され、代わりに薄緑のシーツに反射した明るい光がいっぱいに目に映った。僕は目を細め小さく息を吐く。
 ここにあるのは暖かな日の光に満たされた、いつも通りの幸せな世界だ。
 頭の上を照らす朝日の中、首だけを布団から出して天井を眺めているとだんだん体を包む温もりが恋しくなる。  僕はもう一度布団の中に引っ込んで、寝る時からずっと抱き締めていたぬいぐるみの茶色い巻き毛をなで、額にキスをしてからぎゅっと抱きしめた。ぬくぬく、布団の温度が体に染みていく。

ここにいればもう僕を傷付ける敵だってこないし嫌なものはなんにも見なくてすむ。ここは全部全部、僕の世界だ。眠るでもなくゆったりと目を閉じて、深い呼吸を繰り返す。それだけでこんなに幸せなんだ。嬉しくて、くすくすと笑った。
笑い声と幸せに漏れる吐息を溢れるままに垂れ流し、時々ぬいぐるみをあやすように揺すぶって頬ずりをするとドアの外からいつもの時間ちょうどにアーミーブーツの鳴る音が近付いてくる。
仕方なく布団の端から腕を出してぬいぐるみをベッド脇の棚に座らせてからもそもそと布団をはいで思いきり伸びをし、ちょうど寝室のドアを開けた覚醒に笑いかける。


「おはよう、覚醒」


軍服のズボンに黒いタンクトップ、首から下がるドッグタグといういつもの格好の覚醒は返事の代わりに瞬きで返し、裸でベッドの端に座る僕に脇に抱えていた白いシーツを掛けてくれた。
ひやりとしたのは一瞬だけで、それはすぐに体温を吸収して温かくなった。
シーツの端っこを引き寄せて前を覆い、柔らかく微笑む覚醒を見上げる。

でも、覚醒は僕なんだ。部屋の隅っこでぽつんとかけられた鏡に目をやると一面びっしりと貼られたガムテープの隙間、ちょうど覚醒のいるあたりに立ち上がった白色のシーツがゆらゆらと蠢いていた。

それもそうだ。僕は1ヶ月前の夜、一人きりの僕を見ないため、そして2人緩やかに溶け合うために自分の中に閉じこもった。

ちょうど口から手を突っ込んで内側と外側をくるりとひっくり返したように、皮膚感覚を内側にだけ巻き込んだのだ。球状に展開する皮膚を余さず撫でさすり、分離した僕らの体を在るべき形へ戻すために。

ああ、きっと僕は今、でろりとはみ出した内臓のようにひどく醜悪で無様な姿を晒しているんだろう。だけどそんな事はどうでもいい。今の僕はとてもとても、幸せだ。

部屋の隅に投げられた僕の視線に気づかずそのまま屈み込んできた覚醒に横抱きにされて、自然に曲がった膝から纏ったシーツが垂れ下がる。

僕は覚醒の首に腕を回してしがみつくと足から流れる白色を眺めて、呟いた。まるでウエディングドレスみたいだね。にこにこしながら覚醒に向き直ると笑顔でそうだな、と返してくれた。
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