小説置き場2

□Termite house
1ページ/1ページ


「いつまでそこに這いつくばってるつもりだ」

目を開く。白い空間の中、僕の傍らに1人の男が立っていた。ため息をつく。

「また、僕を救いに来たの?」

僕の手首からはじわじわと血が溢れ出して床を浸していく。死ぬためにはまだかかるだろう。また僕は、こいつの自己満足に使われるのか。

「いいや、今日は違う」
「ぐッ?!」

鳩尾に衝撃が落ちた。反射的に体を丸めると髪を掴まれ、首元にナイフが当てられる。見上げた先には、逆光で暗い奴の顔があった。金の瞳だけがギラリと光っている。

「そうだ、殺してやる。楽にしてやるよ。これでお前は満足か?満足なんだよなァ」

降ってくる言葉に僕は痛みも忘れて目を見開いた。まさか彼がわかってくれるなんて。いつもいつも中途半端に生かして僕を苦しめるだけだった彼が。

「わかって、くれたんだね…」
「そうさ、わかっちまったよ。お前が俺をずっと全否定していた事がな」

微笑むように曲げられた唇から吐き捨てるように彼は呟く。わかってくれたなら、それ以外はどうでもいい。早く僕を殺してこの苦しみを止めてほしい。

「本当によかったよ。早く、早く僕を殺して。楽にしてよ」
「焦るなって。ちゃんと殺してやる」

安堵の笑みを浮かべる僕を見下ろしたまま、彼は目元を三日月に歪ませた。一瞬その端からぽたりと雫が落ちたような気がしたが、瞬きの間に消えていた。

「なぁ、本当に俺さえも、捨てやがったな?」
「は?」
「俺が死んだことにお前は気付かなかった。お前を生かそうと全てを尽くしてきた俺は、もう淘汰された。お望み通り殺してやるよ。何回でもな」

ずぷ、と首筋にナイフが沈む。ひゅ、と息が詰まった。

「苦しむ方がいいよな。血ヘド吐いて、のたうち回ってそれでも死に切れねぇで、その様を見て俺は笑うんだ。さぞかし気持ちいいだろうなァ」
「待ッ…待って、それは違う、僕は楽にしてほしいんだよ」

彼は僕をまばたきもせずに見つめて独りごちる。ざぐり、焦って手を伸ばした僕の腿から音のような衝撃が走った。一瞬遅れてやってきた激痛に僕は喉が張り裂ける程声を上げた。ずりずりと這って彼から距離を取るが、すぐに追いつかれてナイフごと傷口を踏みつけられる。痛みの余り涙が垂れた。

「そんなに死にてぇなら味わって苦しんで死ねよ。これが望みのものなんだろう?」

必死で首を振る僕に、彼は流れるような動作でナイフを掴み、縦に滑らせた。2度と見たくなかった自身の肉の赤さに目の前がちかちかと黒く歪み始める。

「もう死にたくねぇとか言うなよ。これからはお前の本当の願いを叶えてやれるんだ。嬉しいだろう?」

訴えかけた言葉を遮って、彼はナイフの先で露出した僕の骨をつつく。何かが決定的に書き換わってしまった。怖気が走って、がちがち、と歯が鳴り始める。そんな僕を眺めて、彼は心底楽しそうに笑った。


僕が解放されたのはおよそ500回目の悲鳴を上げた頃だった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ