本。
□season8 故郷からの文
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コーン。コーン、と。
玄関についている鐘の鳴る音がした。
そしてそれと同時にルーナが再度カチコチに固まってしまう。
俺はそれを見て笑うと、ルーナの前に紅茶を出し、頭を撫でて玄関へ向かった。
「…ようこそ、父さん。」
「やあヴァイナス!久しぶりだな、元気だっただろう?」
「ええ、当たり前じゃないですか。」
最後の語尾が決め付けなのも、全然変わっていない。
…でも、少し痩せたのかな…なんて考えていたけれど、玄関で撫で回されるのもあれなんで、取り敢えずルーナの待つリビングに父を案内した。
「……はっ、はじめましてっっ」
ソファから勢い良く立ち上がり、父さんに頭を下げる。
きっと頭の中で何度も練習したんだろうなぁ…と思いつつも顔に出さないようにしていると、顔を上げたルーナを見て、父さんは俺を見た。
…やっぱり、想像した通りだ。
「……紫の瞳。御爺様と同じ…ヴァイナスと同じ、紫の瞳が……。」
「驚きましたか?」
俺の言葉に、父さんはこくこくと小さく頷く。
…こんな極端に驚いている父を見るのは初めてで、なんだか少し面白い。
「僕の運命の人ですよ。オーランドから聞いているんでしょう?」
「へ?オーランドさん?」
きょとんと首を傾げるルーナの頭を優しく撫でて、小さく頷く。
「ああ。…えーと、初めまして。
私はヴァイナスの父でコンラッドと言います。
君の名前を伺っても?」
「わわっ、すみません!!私はルーナレンスです!!」
顔に「しまった」と書いてあるようでとてもおかしくて、俺は腹を抱えて笑った。
その様子を見て父は驚き、ルーナはぶすっと拗ねてしまった。
「あはは!ごめんルーナ。つい…」
「もう!」
ぷいっと向こうを向くルーナの髪をいじっていると、父さんがふっと表情を緩めた。
「ああ…お前の笑顔を見るのは一体何年ぶりになるんだろうかね。」
「ざっと八年ですね。…俺も、ルーナと会ってからですよ、こんなに顔の筋肉を動かしたのは。
…おかげで次の日は笑顔が引き攣ってましたけどね。」
「そうか。…その様子を見届けたのが彼女だけと言うのは少し解せんな。
私も見る必要があったと思うのだが…その辺はどう思うかね?」
「………えっ?」
紅茶に口を付けて、ぼうっと話しを聞いていたルーナを見て、俺はまた噴き出した。
「聞いてなかったの?」
「だって、その…なんだか難しいお話ししてたから…。」
「はははっ、そんなに難しい話しをしていたのではないんだよ、ルーナレンス。
君に会った次の日に、ヴァイナスの顔の筋肉が引き攣っていたと言う話しだ。
それを私も見たかったと話していたんだよ。」
ルーナは「ええ!?」と驚いたように返事をした。
…良かった、やっぱり気が付いていなかったんだなと安堵した。
何年も話していなかったにも関わらず、父との会話は思いの外進んだ。
それはルーナが居てくれたからなのか、それとも変に気を使わずとも良い雰囲気を父が出しているからか。
どちらなのかは解らないが、俺は久々に父さんと腹を割って話したと思う。
時が立ち、隣でくぅっと小さな音が聞こえた。
瞬時に両手を腹に持って行ったルーナを見て、つい堪えたのが間に合わず噴き出してしまった。
「ヴィー!!」
「あはは!ごめんごめん!!」
「そう言えば私も小腹が空いた気がするな。」
「うう…ごめんなさい。」
「なに謝る事は無いさ。私の代わりに鳴ってくれた君のお腹に感謝をせねばな?」
冗談めかして言う父に半ば呆れながら席を立つ。
冷蔵庫に冷やしてあったレアチーズケーキを取り出して皿に盛り付ける。
庭から摘み取ったミントを置いて二人の居るテーブルまで持って行くと、ブラウンの瞳を丸くした父さんと、俺と同じ国宝色のアメジストの瞳が爛々と輝いているのが正反対の反応で面白かった。
「おじさま!ヴィーのケーキ、とっても美味しいんですよ!」
「…いやはや、驚いたな。まさか…いや、本当にまさかだ。」
「大丈夫ですよ父さん。味はルーナのお墨付きですから。」
そう苦笑しつつ、父さんの前にも皿を置く。
実は緊張していて朝早く起きてしまった俺は、緊張をほぐす為にケーキを作ってしまっていた。
…我ながらなんと言うか…、この間オーランドに言われた事そのままだと思った。
金持ちから離れた。…そう言うよりは普通に戻ったと言いたいところだな、と心で呟いた。