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"君が実験から逃げたら、替わりを用意しなくちゃいけないね。替わりはいくらでもいるけど、君みたいに耐えてくれないかもだから、きっと今以上に犠牲が増えちゃうね"

やっぱりだめだ。
忘れてた。
…私は、逃げちゃいけなかったんだ。


ーーーーーー

深夜。夾架は目を覚まし、すぐ傍で穏やかな寝息をたて、心地良さそうに眠る十束を起こさぬ様、布団から這い出た

『十束さん…ごめんなさい…、ありがとう…』

掠れるくらい小さく呟き、それだけ言うと静かに音をたてぬよう扉を開け外に出て行った

「ごめん…か…」

夾架が布団から出るために身動いだ時、十束はすぐに目を覚ました
しかし夾架の背中を追うことはせず、店から出て行った後も、扉の方を見つめ、そしてその先にある気配を感じて目を細めた



「んな怪我してどこ行くんだ」

『み、こと…さ…』

外はまだ真っ暗であった。
時間も時間であって、日中は賑やかである辺りも最小限までに照明も落とされ、バー付近は静かな雰囲気が漂う

辺りに誰もいないと思っていた
誰にも会うことなく此処から立ち去り、行方を眩ませられると思い込んでいた
だがその考えは間違いであり、バーの外には周防がいたのだ

せっかくの好意を無駄にする行動を取ろうとしていたので、後ろめたさに立ち竦み、まともに顔を上げられなかった

「行く宛て、あんのか」

『ない、です…けど…』

「けど、なんだ」

『やっぱり此処にはいられません…。私は運命には逆らえない。一生実験台にされて、利用価値がなくなったら殺される。それがお似合いなんです…』

どうもこうも夜が深まるにつれ、情緒不安定になっていく

吠舞羅は優しかった。想像してたよりもずっと
でも、目を閉じれば浮かんでくる悲痛な過去
忘れたいのに忘れられなくて、心が雁字搦めに絶望に囚われ、過去は何処に逃げたって消えず、ずっとつきまとってくる

もう運命から逃げられないと、気付いてしまった

自分が戻らない限り、今度は違う人が同じ目にあうかもしれない
こんな目にあうのは、自分だけで充分
だから一刻も早く戻らねばならなかった

「助けて欲しいんじゃなかったのか?」

『助けて欲しいです…
でも私が此処にいるって分かったら、例え赤のクランでも何をしてくるか分からない…
これ以上は、巻き込めないんです』

「んなの関係ねえだろ」

『あります。王様にまで迷惑はかけられない。それに、この件には青も黄金も関与してます』

「関係ねえ」

深い夜に似合う低い声が一つ一つ言葉を発するたびに、夾架の身体の震えは増す

周防に背を向けたまま、握り拳を握りギリギリと掌に爪を食い込ませていた
血が出るまでに自分に刺激を与え、そうでなきゃ感情を抑えられない
いつも自分で手首を切っているのと、同じことだ

『私は、私のせいで他の誰かが同じめにあうのなんて、耐えられない…
私が我慢すれば良いだけのことだから、どんなに辛い実験だって耐えられます
だからもう、いいの…ほっといてください…』

「んなんで、良いわけないだろ…」

周防は腕組みを止め自分から背き、顔を合わせようとしない夾架の腕を取り、肩を掴んで引き寄せ、強引に正面を向かせて抱きしめた

夾架の後頭部を自分の胸に押し付け、もう片方の手を腰に回し密着する

突然のことで何が何だか訳が分からなくなっている夾架を、周防は離さんと言わんばかりにひたすらに抱きしめる

『……………』

「てめえ1人守りきれないほど弱かねえよ。だからてめえは黙って守られてろ」

『…な、なにして……』

「黙ってろ」

周防は目を閉じた
限界まで精神を研ぎ澄まさせ、赤のオーラを身に纏わせ、その力を夾架に流し込む
感覚的な行動ではあるが、自分の内に流れてくる赤の力が、身体を内側からじわじわと侵し、火傷のような感覚を覚えさせた

『なん、で…』

「わかんねえのか」

『わかりません…』

「こうしちまえば簡単に手だし出来ないだろ。それに、この方が守りやすい」

王から力をもらった者は、クランズマンとして力を得られる
身体の奥底に力を蓄える泉があり、いつもそこからストレインの能力を引き出しているのだが、その泉からふつふつとマグマのような熱い力が溢れ出す、というような実に奇妙な感覚に襲われた


赤の王に力を与えられた以上は、このまま帰るわけにはいかない
帰ったら必然的に検査され、バレでもしたら、それこそ赤のクランに迷惑をかける

半ば強制で力を流し込まれ、身体の中にある違和感が生半可ではなかった
ただでさえ制御ができない力に加え、莫大な力が侵入してきて、夾架の身体を困惑させた

『あ………』

身体中を巡る力についていけなくなり、精神的にも肉体的にも限界だった
夾架の意識は意思に背き、閉ざされた

力が抜けずるりと身体が崩れ落ち、周防はそれをしっかりと抱き寄せ自らの気持ちを落ち着かせるべく息を吐く


ガチャ…

「やっぱり、俺の思った通りだったよ」

「何がだ」

夾架を抱えてバー内に戻れば暗闇の中から十束の声が聞こえた
てっきり寝ているものかと思い込んでいた、しかし周防は驚くことなく答えた

「俺さ、夾架ちゃんが夜中に出て行くって分かってたよ。それから、その夾架ちゃんをキングが引き止めるってね」

「…………」

「クランズマンに、したの?」

「ああ…」

「そっかあ。キングらしいやり方だね。まあ、俺も大歓迎だよ」

「くだらねえこと言ってんじゃねえよ」

「うん、ごめん」

周防は抱えた夾架を十束に放り投げる様にして預け、何も言わずに2階へと上がっていく
周防は窓を使って2階から飛び降りて外に出ていたらしい

「おやすみキング」

返事はなかった
十束は再び眠りにつくべく、今度は夾架をぎゅっと抱きしめて目を閉じた
夾架の身体が出ていった時よりも暖かくて、それに安心感を覚えた



俺は最初から
こうなるって分かってたよ
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