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『凄く良いところですね』

「ほんまに?ありがとな」

草薙のマンションに漸く着き、部屋に来る迄夾架は辺りをずっとキョロキョロとしていた
ピタリと自分にくっついたまま、興味津々に目を丸くする姿がとても可愛らしかった
そして部屋に着くと、さらに目を丸くして楽しそうにしていた

広々としたリビングに大きな窓
1人暮らしの男にしては綺麗に整頓されている家具
バー内があれほどまでに整頓されているのは、部屋を見ても分かるように、綺麗好きなんだと新しい一面を知る

ソファーに座らせられ、その足で草薙はこれまた広々としたカウンターキッチンへ向かう
バーで仕事をしている時に軽食を作ってもらったが、今度は何を作り出すんだ

とりあえず大人しくソファーに座って、キッチンで何かをする草薙の様子をじっと見ていた

暫くすると甘い香りが漂う
この香りを嗅いだことは、もちろんなかった

オシャレなデザインのカップを2つ持ち、草薙はキッチンから出てきた

片方のカップには焦げ茶に近い色の甘い香りがしたものが
もう1つのカップは、黒くて芳ばしい香りがするもの
そのうちの甘い香りの方のカップを渡された

『甘くて美味しい…これなんていうんですか?』

「ホットチョコレート。うまいやろ?」

『とっても美味しいです。草薙さんのは何て言うんですか?」

「珈琲っていうんや。砂糖いれてへんから苦いで」

『2つとも、はじめて…』

夾架は目を輝かせながらカップを見つめ、勿体ぶってか少量ずつホットチョコレートを口へと運ぶ
珈琲にも興味を示していたので、草薙がカップを差し出すと1口飲んで眉間に皺を寄せ困った顔をして、苦い。と呟いた

草薙は、自分が与えたものに目を輝かせながら喜んでくれるのが嬉しくて、ついつい口元を綻ばせた

たった3つしか歳が違わないのに、幼い子を見ているようで、なんだか妹が出来た気分だ

『少しだけ話、聞いてくれますか?』

「ん、ええよ。好きなだけ話してええよ」

まさか夾架が自ら自分のことを話し出すとは思わなかった
草薙は夾架の成長をしかと見届けてやろうと思い、夾架を見る

夾架はまっすぐ前を見ていた
なにやら重たげな話をするのかと思いきや、案外穏やかな表情で、軽々と話し始めるのだ

『草薙さん、自分のこと好き?』

「好きかって聞かれるとなー。別に嫌いじゃないで。普通や普通」

『普通ですか。私は、自分のこと嫌いって胸張って言えます』

いきなり訳の分からない質問をしてきた夾架に、草薙は思わず苦笑い
しかし気に病んでないのが前と違うところ

一体どういう風の吹きまわしなんだ、今までは誰かに聞かれない限り、夾架から自分のことを話す事はなかった

「それは自分がストレインだからか?」

『そう、かな…。なんでこんな能力持ってるんだろう。なんで普通の人とは違うんだろう。自分も普通に平凡な家庭で、愛情をもらいながら育って、学校に通って友達作って勉強したかった。こんな能力なきゃいいのに。何度も思いました』

「………そか」

『何度も死にたいって思ったけど、やっぱりそう簡単には死ねないんですね。ほぼ絶縁状態の親の顔が出てくるし、死のうとしてもすぐに見つかって厳重注意。もう、嫌になっちゃいますよ…』

儚げな顔をして笑う
そんな無理をして作った笑顔を見ても、草薙は嬉しくなかった
自分が見たいのは、心から自然と作った笑顔

「無理して笑うなや…。なんやこっちまで死にたい気分になるわ」

『なんでそう思うの?』

「あんたみたいに可愛い子が、大人によってたかって道具にされて、でも俺らはその苦しみから解放してやることが出来ひん、ほんまに無力や」

自分でどうにかできることなら、施設に乗り込んででも止めたかった
でもそんなことをしたらどうなるのかは充分承知していた
だから、自分の非力さを恨むだけだった

『私は別に、悲劇のヒロインになりたいわけじゃないよ』

「え…?」

草薙は困惑していた
ことごとく自分の想像を裏切る答えが返ってくる
夾架は一々狼狽えることなく話し続ける

『可哀想って思わないで欲しい。不憫だってよく言われる。私がこれを草薙さんや多々良さんに話して分かってもらおうって、思ってないです。ただ…』

「ただ?」

『尊さんが教えてくれました』

「尊が?」

頷き草薙の手を取る
何をするのかと思いきや、草薙の手を自分の徴に直で触れさせた

『今朝、洗面台にあったハサミでまた…手首切りました。でも尊さんに止められました。そんなことして楽しいのか、辛いことあったら仲間に話せばいいじゃないか。そう言われたんです』

「尊がそんなこと言ったんか。夾架ちゃん、大事に思われとるんやな」

『はい…。だからもう切らないって決めました。辛かったら仲間に、これでもかってくらい、話します。だから聞いてくれてありがとうございました』

「そか…。夾架ちゃん、あんた強い子やな…」

自分の非力さを決して責めてこない夾架に、逆に元気を貰った
草薙はそっと夾架を抱きしめて、夾架の肩に顔を埋めた

初めからなんの心配もいらなかったのかもしれない
草薙は最初は、手がかかりそう。無事に打ち解けてくれるか。と思ったのに、会ってから2日目でみるみる成長をみせる夾架に驚いていた

運命には逆らえない。と夾架は言っていた
この出会いは偶然にしては少しできすぎている
きっと夾架は必然的に吠舞羅と出会った

もしこれが元々の運命に組み込まれていたのなら、言った通り逆らえない
もう血よりも濃い絆で結ばれた仲間

そもそも運命なんて言葉は、少し可笑しい気もする
人生、社会の成り行きを支配し、人間の意思ではどうすることもできない力
そんなこと誰にも分かる訳がないのに、と草薙は思う

『草薙さん。出雲さんって呼んじゃだめですか…?』

「ええよ。夾架ちゃんになら大歓迎や。吠舞羅にも華ができて嬉しいわー」

『ありがとうございます出雲さん。いつか必ず、この恩は返します』

尊さん。多々良さん。草薙さん。
2人は名前で呼んでいるのに、草薙の事だけ草薙さんって呼んでいるのは何か嫌だった
どうせなら3人共通して名前で呼びたかった

『ねえ出雲さん。クランズマンとしての自分は、好き?』

早速呼び慣れてきたのか、その名を呼びつつ、再び質問を投げかける

夾架を抱く力を緩めて、夾架の顔を見ながら少し困った顔で、

「好きや」

と答えた
すると夾架も少しだけ笑って言う

『私も、好きになれそうです。仲間を、居場所を、徴を、力を…大切にしたいって思いました。こんな感情は初めて。いつの間にか、吠舞羅が大好きになりました』

こんな事を思ったのは初めてで、この感情は生涯大切にしていかなきゃいけなくて、だからこそ、自分が今、何をすべきなのかは見えてきた

彼女はすでに、赤のクランズマンとして精巧にできあがっていた

今度こそ絶対にゆるがない
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