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夾架は一度も振り返ることなく、忌まわしき施設を後にした
そして、暫く歩いていると、ある事が頭に浮かぶ

『どうやってバーまで帰ればいいのかな…』

先程施設に来た時は、青服の車でここまで来た、だから帰り道を知らない
ここが七釜戸であるという事だけは辛うじて知っていた
そして七釜戸と言えば思い出す

七釜戸には、夾架の自宅がある
施設を出て漸く自由になれたので、施設からの両親への影響を気にせずに会える
もう何年も会っていなかったので、今更会うことに抵抗はあったが、いい機会なので会ってみるのもいいかもしれない
会ってみて、親子の関係じゃなくなっていたらもう終わりにすればいい
そう思い、家に帰る事にした

しかし、肝心な家の場所が分からなかった

『んー…困ったな……どうしよう…』

街行く人々が夾架の前をせわしなくすぎていく

皆同様に忙しそうな雰囲気がでていて、声をかけようにもかけられなかった
仮に声をかけたとしても、なんて話していいのかもわからず、夾架は途方に暮れていた

そんな時だった

「何かお困りでしょうか。お嬢さん」

『えっ、いや、あのっ、私、お嬢さんって歳でもないのですが…』

「それは失礼しました。困った顔をされていたのですが、どうかなさいました?」

『……助けて、くださるんですか?』

「はい、私でよければ」

道端で途方に暮れる夾架に、親切に声をかけてくれたのは、イケメン
イケメンという言葉は十束に教えてもらった
スラッとした長身に、サラサラだが少しばかり癖のある紺に近い青髪に眼鏡をかけた、爽やかさ抜群の好青年
街を歩けば百人が百人振り返るかもしれない、王子様チックなお方

まさに救世主。夾架は思った
見ず知らずの自分に、好意を持って話しかけてくれ、話まで聞いてくれた
驚きのあまりにどもってしまいそうになったが、なんとか夾架は言葉を紡いだ

「なるほど、道が分からないのですか」

『…そうなんです』

ストレインの事を伏せて、とりあえずここらの土地の事をあまり知らない。という事と、自分の行きたいところが何処にあるのか分からない。おまけに端末も持っていない。と夾架は青年に説明した

「とりあえず端末をお貸ししましょうか?」

『いいんですか!?』

「どうぞ」

男から差し出された端末を有難く受け取り、不慣れな手つきではあるが操作を始める

昨日草薙が使っているのを見て、なんとなく覚えた事が、今役に立つとは思ってもなかった

「此処に行きたいのですか?」

『…はい』

青年が端末の画面を覗き込む
画面には何処かのホームページが開かれていて、トップページに、巨大なビルが聳え立つ写真が掲載されていた
おそらく会社のビルであろう

「すぐ近くですので、私が案内しましょう」

『あ…ありがとうございます。本当に助かります』

画面をスクロールしてページを1番下まで見てからニコリと微笑んだ青年は、夾架の手を取り歩き始める

夾架は、世の中には良い人がいるもんだと改めて思う
十束といいこの青年といい、他人なのに、助けて欲しいなんて口にしたわけじゃないのに、助けてくれる
夾架は不思議でたまらなかった

いつか自分も誰かを助けてあげたい。そんな思いを夾架は胸に抱く

「着きましたよ。ここであっていますか?」

「はい!…多分?」

目的のビルの入り口前まで連れて来てもらい、ビルを真下から見上げるが、屋上は高すぎて見えなかった

ここであっているか。聞かれるも自信満々には答えられなかった
ただし、入り口の上部の看板には、夾架の苗字である、九乃コーポレーションと英語書いてあるし、それらしい英語の羅列も書いてあるから、おおよそ間違いではないと、青年の問いに夾架は頷く

此処に来たのは何年ぶりだろうか
確かな記憶はなかった
あるのは曖昧な記憶の断片

夾架は自分の足で帰ってきたんだと思うと、目尻がジンと熱くなった
いきなり施設にいるはずの娘が帰ってきたら、どんな顔をするだろうか。顔を忘れられてるんじゃないか
思うことは様々だが、とりあえず来てしまったからには何もせずに帰れない
ここは夾架にとっての自宅、胸を張って帰ればいい

とりあえず夾架は、目の前の青年に深々と頭を下げた

『助けていただき、本当に感謝しています。何かお礼でも…』

「結構ですよ。私は当然の事をしたまでです」

青年は夾架に頭をあげさせた
そして再びニコリと微笑み、夾架の右手をとり、手の甲にそっとキスを落とす

『や…ちょっ…///』

「道端で余りにも美しい女性が困っていたので、つい声をおかけしてしまいました。お礼なんて恩着せがましいこと、できませんよ。ただ1つ。私は宗像礼司といいます。よかったら名前を、覚えておいていただけませんか?」

『宗像…礼司さん…//わ、わかりました//覚えておきます…』

キラキラっとした笑顔の宗像を見ていられなくなり、挙句恥ずかしくて語尾が弱くなっていく
直感的に、この人は普通の人とは違うオーラを持っている気がした
また何処かで会えるだろう、というのも、なんとなく分かっていたし、彼も恐らく分かっているだろうと夾架は気付く

「それではまた、どこかで会いましょうね。九乃夾架さん」

『は、はい…///』

終始笑顔で宗像は笑顔で去って行った
イケメンは直立してても、歩いててもイケメンなんだ
夾架は今でも高鳴る胸を撫で下ろし、気持ちを鎮めるべくふうと息を吐き、再びビルを見上げた

『そういえば…私、名乗ったっけ…』

確かに宗像はこう言っていた
それではまた、どこかで会いましょうね。九乃夾架さん。

『…まあ、いっか』

不思議でたまらないが気にしない、それが1番
夾架は乗り気、というわけではなかったが、意を決してビルへと入っていく

自動ドアが開き、夾架の目の前に広がるのは、広々と、ダイナミックにつくられたエントランス
高級ホテルのように、いかにも高そうな美術品が飾られていたり、
大理石でできた床、おそらく想像してはいけない額のものなのだろう
相変わらずだな、と思った

少し進んだ先には受け付けカウンターカウンター内に座る若めの女性が夾架の事を見ていた
それはそうだ、社員でもなさそうで、スーツを着ているわけでもない女が、こんな場所にいるのだから

エントランスのホールでは、スーツを着たスタイリッシュな人々が、たくさん行き交っていた
ビルの前にもこんな人は多かった
少し見ただけで、いい会社なのだと思うのは容易だった

受け付けのところまで歩き、受け付け嬢に声をかける

『九乃夾架です。社長の娘です。社長と婦人に会いにきたんですけど…今、お時間大丈夫ですか?』

「確認を取りますので少々お待ちください」


ーーーー

「夾架!?夾架がいなくなったって連絡貰って、ずっと心配してたんだぞ!」

「夾架、貴女が無事で本当に良かったわ……施設の方は大丈夫なの?」

『…勝手に抜け出して迷惑かけてごめんなさい。お父さんお母さん、奴らに変な事されてない!?』

「俺達は大丈夫だ、連絡貰って、ここには居ないことを確認して帰っていったよ。それに、迷惑なんて思ってる訳ないじゃないか」

「そうよ。帰って来てくれて嬉しいわ…。あたしたちこそ、何もできなくてごめんなさい…」

『ううん、いいの。こうして会えたし、お父さんとお母さんが私の事忘れてなくて、心配してくれてて、それだけで嬉しい…』

話が通り、社長の父。社長婦人の母に会えた
すぐにビルの最上階に位置する自宅のリビングに通され、夾架は久しぶりに両親と再開をした
夾架が思っていたよりも感動的な再開となり、3人でぎゅっと抱き合い、家族の愛を確かめ合った
忘れられていなかったし、放っておかれてもなかった
ずっと心配されていたのだ

本当の事を知れて、夾架は思わず涙をこぼした
しかし、感動の再開の最中も、どうしても違和感が消えなくて、夾架の心は痛む一方だった
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