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「夾架ちゃん、大丈夫かな…」

「それ何度めや?そんな心配せんでも、きっと帰ってくる。…尊もそう思うやろ?」

「ああ…」

日が傾き始めた頃、夕方になっても一向に帰ってこない夾架を心配に思い、3人は何も手についていなかった

特に十束はソワソワしていた夾架が気になって仕方なく、口を開けば大丈夫かな。だとか、まだかな。などと、心配の言葉ばかり

草薙も周防もその気持ちがわからないわけではない
口に出してないだけだ
それでもバー内には、どんよりと重たい空気と共に、沈黙が流れる

一秒でも早く帰って来て欲しいと思うのは皆同じ

ガチャ

扉が開くのと、3人が扉の方に目を向けるのはほぼ同時だった
この時間帯はバーは営業していない。よって客が来ることはない、ということは…

『た、ただいま…です』

静かに扉が開き、恐る恐るバーに入ってきたのはもちろん夾架
誰よりも早く夾架の元にかけよったのは十束、そして盛大にハグ
夾架はいきなり視界が真っ暗になり、重みと衝撃を感じて動揺の色を隠せなかった

「…よかった、ホントによかった…」

『たた、ら…さん…』

「十束、離したれ。夾架ちゃん、苦しがってるやろ」

窒息しそうになるまでにキツく抱きしめられる夾架を見て、草薙はやれやれと息を吐きながら、十束を夾架から引きはがす

十束はあはは。と笑い、ごまかしながらも謝る
つい嬉しくて。と言えば、夾架は顔を綻ばせた

「十束、夾架ちゃんおらんかった間、うるさかったんや。大丈夫かな。とか、まだかな。とかな」

「ちょっ、そういうこと言わないでよね!格好つかないでしょ!そういう草薙さんだって、ずっと心配してて、食器何度も落としそうになってたじゃないか!」

「なんなら尊やて、昼寝をせずに扉の方、気にしてたやんか」

「うるせえ。余計なこと言うな」

何やら揉め出しそうな3人
もしも3人が本気で揉め出したらこのバーは崩壊、跡形もなく消えてしまうかもしれない

このまま言い合っていても埒が明かないと気づいた3人は黙る

「とりあえず、夾架ちゃんも無事に帰ってきて、仲間入りできたって事で、今日は歓迎会でもする?」

「たまにはそういうのもええな」

「そうだな…」

十束は提案をした
その提案に2人も乗ってくれ、いきなりだが、今夜はパーティーということになった
夾架はどんな反応をしているか

十束は振り向いて見た瞬間、ギョッとした

「なっ、なんで泣いてるの!?ど、ど、どっか痛いとことか…」

『ち、違います…ただ…嬉しくて…っ、帰って、これたんだな、って思ったら…ひっく…』

夾架がいつの間にか、ひくひくと嗚咽を漏らし、肩を震わせ、涙をこぼしていた
十束は夾架の様子を見てオロオロと慌て始め、どうしていいかわからなかったけど、十束はとりあえず夾架を抱きしめた
ポンポンと宥める様に、背中を撫でてやり頭を撫でた

『っ…うっ……ひく…』

「よしよし。よく頑張ったね。もう、我慢しなくていいんだよ」

『ごめ…なさっ…』

十束が夾架の泣いたところを見たのは2回めだった。草薙と周防は初めてだった
どんなに辛いことを話していても夾架は泣く事はなかった

しかし、ちゃんと泣けるんだと確認した草薙は安心した
実は泣けないまでに、心が傷んでるんではないか、と思った事もあった


ひとしきり泣いて、落ち着いてきた夾架を、十束は微笑みを浮かべながら見る
そういえば。と、十束は何かを思い出したらしく、パンと手を叩いた

「夾架ちゃん、約束、忘れてない?」

『わ、忘れてま……ないよ』

約束。夾架が無事に帰ってきたら、敬語を使わないということ
実は半分くらい忘れてました。なんて言えるわけなく、少し考えればすぐに思い出せたのが幸い

少し違和感を感じながらも必死に気を付けて、新たな口調で話し出す

『あのね、さっき…、お父さんとお母さんに会ってきたの…』

「本当に?そういえば、両親は夾架ちゃんがストレインって事知ってるの?それとも何も知らずに施設にいるってことしか…」

『ううん。お母さん、ストレインだから全部知ってる。本当は、私が施設に入ること、反対してたんだけどね、あんまり迷惑かけられないから私から進んで入ったの…』

「そっか…」

『本当は施設入りたくなくて両親に縋ろうとしたんだけど、研究の邪魔になるから殺しちゃおう、って所長が考えてるの分かっちゃったからなんだけどね…』

夾架は昔の事を話し出す
両親を危険な目にあわせたくなくて、幼いながらも両親を自分から遠ざけて守ろうとした
この時からだった、他人の心を詠めてしまうのがこんなにも怖いと思い始めたのが

未だにストレインの発生についてや、力の性質については分かっていないが、どうやら遺伝するわけではないらしい
しかし夾架の母親もストレインだった
夾架みたいに強い能力は持っていないが、能力について色々なことを知っていた
だからこそ、施設に入ることを反対していた

きっと、今でも両親は己の事を責めているんじゃないか
でも、夾架は自分から入ったんだ。と親を説得したこともあった

施設に入ってすぐは面会出来る時間を楽しみにしていたがいつしか、辛そうな両親の顔を見て、自分たちを責める気持ちを汲み取り、夾架は自ら面会を拒絶した

施設を出た今、空白の時間を埋めたいと夾架は思えなかった
なんとなく今更、って気がした

『でさ、1人暮らしすることになったの』

本当は両親と一緒に暮らさないか。と言われた
でも夾架には帰るべき場所があったし、自立したかった

夾架は徐にポケットに手をつっこみ、真新しい、先程契約してきたばかりの端末を取り出し、画面を3人に見せ、今日からここに住みます、と腰に手を当てながら言うと、おおという声があがった

画面には大きいマンションが
内装の紹介もされていて、外装、内装共に高級感漂うマンションだった。家賃もそれなりだろう

「ずいぶん立派なマンションだねー。俺一生そんな所住めない」

「夾架ちゃんち、相当な金持ちなんとちゃう?」

『お父さんは、大手企業の社長…なのかな。会社の事、あんまりよくわかんないけど、多分儲かってるんだと思う…』

イコール社長令嬢
まさかのステータスが発覚し、お嬢様をぞんざいに扱ったら、ズギャーン。と殺されてしまうんじゃないか
考えただけで、十束はゾクリと悪寒が襲ってくるのを感じた

「夾架ちゃんはお嬢様なんだねー」

『お嬢様なんかじゃないよ。まあ、ずっと家にいなかったから、自分の家じゃない感じしたし…』

これからはそれなりに関わりを持てればいいかな。との考えだった
その事を伝えると両親は夾架の意見を尊重してくれた
端末を用意してもらったし、お金やカードも貰った。住居も用意してもらった
いらない、自分でなんとかする。と話をしたのだが、これくらいはさせてくれ、と言われてしまったので、夾架は悪い気がしたが譲歩した
せめてもの罪滅ぼしをさせて欲しい、という両親を突き放すのはよくない

でも、普通の親子みたいに甘えられない
どうしていいかわからないのだ
正直に甘えられなくて苦しかった
だが少しずつ、少しずつ普通に戻っていけばいいんだ

『クランズマンになった事もキチンと話をしたよ』

「そっか。反対されなかった?」

『うん、大丈夫。私の人生だから私の好きにしなさいって、言ってくれたよ』
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