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夾架が吠舞羅に来てから数週間が経った
それだけの日数が経てば、すっかり夾架は雰囲気に馴染み、クランズマンとしても良くやっていた
無事に引越しも完全に終わらせ、なんとか1人暮らしをスタートさせた
夾架の家に、よく十束は遊びに行く
遊びに行くというよりは、半ば住み着いているような気もした
だが同棲しているわけではないらしい
しかし、最近の十束はバイト三昧だった
毎日ではないが、一週間のうち殆どがバイトで、バーにいる時間が極端に少なくなり、夾架は暇を持て余していた
今もバー内には草薙、夾架の2人しかいなかった
周防はまたどこかへ出かけていて、いつものことだから2人が気に留めることなどはしなかった
「夾架、今暇か?」
『これ終わったら暇になるかな』
夾架は床にモップがけをしていた
いつも十束がやっていた事だが、十束が手伝えなくなった為、夾架が手伝う様になり、今も暇だったので掃除をしていた
草薙がとても大事にしているバーなので、下手に掃除して傷つけるわけにはいかない
傷つけたらどうなるか知っている夾架は、丹精込めて一生懸命に、毎日掃除している
もう少しで終わりそうだった
しかし、草薙にカウンターの方に来いと手招きをされてしまったので、モップを壁に立て掛け草薙の方へ行く
「これ、なんや?」
カウンターテーブルに無造作におかれた端末
夾架には物凄く見覚えがあった
昨日も、これと同じ様にして置かれた、この端末を自宅で見た気がする
『これは……多々良の端末だね…』
「そうやなあ…」
ーーーーー
「これ、夾架が作ったの!?」
『うん。出雲さんに教えてもらったの』
「ねえ、食べていい?食べていい!?」
『どうぞどうぞ!』
十束の目の前に置かれた皿に盛り付けられているのは色とりどりの食材が使われたパエリア
夾架は現在料理を修得中の身
こうしてよく、草薙に料理を教えてもらい作っているのだ
夾架の渾身の傑作をパクリと一口食べた十束は、いきなり夾架を抱きしめた
「これすっごく美味しい。夾架は将来、絶対いいお嫁さんになるね!もちろん俺のっ」
『そーかなー。んー、とりあえずありがと』
「十束、バイトは?」
「あちゃー、もうこんな時間か…。じゃあ行ってくるから、また作ってね!」
さらりと爆弾発言をする十束
それをさらりと受け流す夾架
草薙はそのやりとりを見て、いつも通り平和だと実感する
ふと時計を見てみると時計の針は11時30分を指していた
今日は昼からバイトだと朝からずっと十束が言っていたのを思い出し口にしてみると、十束は忘れていたようで、慌ててバーを飛び出して行った
ーーーーー
『急いでたから忘れてったみたいだねー』
「せやなあ。端末ないと困ること多そうやしな」
『そうだよね、今頃困ってるかもしれないよねー…。何で大事な端末を忘れてくかなあ…』
基本的に端末は肌身離さず持ち歩くはずだ
端末を失くすと不便だし、新たに登録しなくてはならない
もしかしたら十束も困ってるかもしれない
草薙は置かれた十束の端末を手に取り、夾架へと差し出した
それを受け取った夾架は、端末と草薙を交互に見る
頭の上にはクエスチョンマーク
『何故これを…あたしに…?』
「夾架、暇やろ?掃除は俺がやっとくから、十束のバイト先まで行って端末渡したれ。彼女が来てくれたら十束も喜ぶやろ」
『あたしが?…んー、行きたいかも…』
「ほら、地図送ったるから、ちゃんと迷わず行くんやで?行って、ついでに何か食べて来たらどうや?」
『うん!そーする!』
一度でいいから十束がバイトしている姿を見てみたかった
意外な形で訪れたチャンスを、自ら手放すわけがなく、送られて来た地図を見て、案外近い場所だと確認し、行く事を決意する
夾架ずっと手元の端末を見ながら歩いていた
土地勘はないのだが、GPSで自分の居場所と目的地を照らし合わせながら、端末と睨めっこをしていた
「どこに行くんだ?」
『尊さん!今から多々良のバイト先まで行くの。端末忘れてったみたいだから届けにね』
道端でいきなり声をかけられた
誰かと思い顔をあげたら周防がそこに
訳を聞いた周防は徐に腕を掴み、夾架が元来たであろう道を進み始める
『ちょちょ、尊さん!どこ行くの !?』
「道間違えてんだよ。…地図も読めないのか?」
『えっ、う、嘘!?本当だ…』
あれほど慎重に地図を確認しながら歩いて来たのに、地図を拡大して見てみると、どうやら一本違う道に進んでいた事に気付く
地図も読めないのか。と言われても図星すぎて言葉も返せなかった
『連れてって、くれるの…?』
「お前じゃいつになっても辿り着けないだろ」
『…すみません』