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『あつい、あつい、あつい、なんでこんな暑いのー!』
「夏は暑いに決まってるやろ。にしても今年はまだ涼しい方や」
『えー…もう無理ー…』
カウンターのテーブルのひんやり感が絶妙に気持ちよかった
テーブルに突っ伏して、子供の様に脚をジタバタと遊ばせる
"節電節約"という目標を掲げ、草薙は営業時間外は極力クーラーをつけないようにしていた
集まっているメンバーの中で、夾架が1番暑がっていた
ここに来た時はまだ寒さが残る季節だったが、寒さにはここまで敏感ではなかったが、気温が上がり始めた途端に、気力というものがなくなり、ぐったりとしだした
所謂"夏バテ"というものだ
『出雲さん、あたしはもうダメだよ…ごめんね、今までありがとう…』
「アホか、人はそう簡単に死なんで。そんなに暑いのダメなんか?俺は別に平気なんやけど…」
『今まで空調効いてた空間に監禁だったからねー…。暑いとか寒いとか、あんまり感じたことなかったから、ちっちゃいとき以来の夏だし…。しかもこんなに暑くなかったと思うしー』
か細い声でそう言っても、草薙は平然と返してくる
草薙がピンピンとしていられる理由がわからなかった
長袖のシャツを捲り、長ズボン。夾架は肩口のあいた七分袖のカットソーにショートパンツ
自分の方が薄い格好をしているはずなのに、何故なんだ
『ねー、多々良まだー…?あたしのアイスー…』
クルリとスツールを180°回転させ、扉の方をみる
十束と周防が用事があるからといって出かける。というので、帰りにアイスを買ってきてもらうことになっている
しかし中々帰ってこないものだから、待ちきれず夾架はあーとかうーとか呻いている
「髪あげたらどうや?首元涼しくさせるんが1番いいんや」
『ん、それいいね』
自分と草薙の違いはそれか
しっとりと汗ばみ、首元に張り付くうざったい髪の毛
肩より少々長いボブの様なふんわりした髪型なので、うなじをはじめとし、首元が大体は隠れていた
結びたい、とは思ったが、結べる髪の長さはあるものの、ヘアゴムなどを持ち合わせてはいなかった
誰かに借りようにも、ここに集まるのは男だけ
男がそういった類の物を持っているわけがないので、夾架は結ぶことを断念し、手で簡単に束ね、首元を手で扇ぎ風を送っていた
確かに少し涼しくなった気もする
でも変わらず扉を見つめ続けていた
早く帰ってきてよね。という念を込めて
「夾架姐さん、ちょっといいっすか?」
『ん、いいけど、どしたの鎌本』
鎌本はソファーで談話していたのだが、夾架の方へとやってくる
最近入ってきたばかりの鎌本力夫
彼はとても人が良く、優しい不良だった。15歳でまだ若いのだが、褐色の肌に金髪。歳のわりに高い背。スラッとした体型。一見ガラが悪いように見えるが、仲間思いで情に厚い奴だ
夾架を"姐さん"と慕い、気を遣いよくしてくれる
入ってきたばかりだが、すっかり馴染み、その性格もあってか、随分といい地位を築き上げていた
吠舞羅にもいいメンバーが増え、でも夾架は、自然と自分が押し上げられ"幹部"の様なものになっているのが、少しだけ気がかりだった
まあ、あまり気にしなければ済む話だが
鎌本はかけよってくるなり、何やら自分の首元を指差した
『…??首がどうしたの?』
「ついてるっすよ」
『ついてる?』
何を伝えたいのか、サッパリだった
特に痛いとか痒いとか、そういうことはなくて、鎌本がわかりやすく示してくれたところに触れても、腫れてたり傷がついている訳でもなく、ますます夾架の疑問は深まる
「昨日、十束とナーニしたんや?」
『え、多々良?別に何もしてないけど…』
昨日は普通に、日中は十束と買い物に出て、夜はバーの手伝いをして、それから帰って一緒にテレビを見て、お風呂に入って、寝た
だいたい生活サイクルにかわりはなく、普段通りだったはず
何かしたかなーと考えてると、夾架の目の前に絆創膏が差し出された
「使ってください姐さん」
『え、何?どういうこと?全然意味わかんないんだけど?』
「ほーれ、鏡で見てみ」
草薙が差し出した鏡で首元をみてみると、左の鎖骨の辺りに、赤い鬱血痕が2、3個
『何これ、蚊に刺され?』
「おいおい知らんのか?キスマークっていうんや。キスマはな、つけた相手が自分のもん。っていう所有印のようなもんや。十束も意外と独占欲強いんやなー。普段は見えへんところにつけるのがまた、やらしいわー」
「お盛んっすね、お2人さん」
『なっ…ち、違うって…///』
手でキスマークを隠し、真っ赤になった顔で、精一杯頭を振って否定する
いつのまにつけられたんだ。夾架は朝、鏡を見たときも全然気づかなかった
恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうだった
穴があったら入りたい。とはこういう時に使うものなのか
そして鎌本に痕を全て隠すように絆創膏を貼ってもらった
「なんやどこまで進んでんねん。ゴールしたんか?なんなら、今日は赤飯にでも…」
「おめでたいっすねー」
『なんのゴール?赤飯ってなに?』
からかって恥ずかしがらせて遊ぶつもりだったのだが、からかいの言葉の意味を理解しておらず、夾架の頭の上にはハテナが何個も浮かんでいた
「赤飯はもち米と小豆を一緒に炊いた赤い色したご飯や。ゴールはな……これ夾架に教えても怒られんかな?」
「やめときましょう、草薙さん」
純粋な夾架に下衆な事を教えると十束に怒られるのが目に見えていた
草薙と鎌本はうんうんと頷きながら、2人で話を収束させてしまったので、夾架の頭の上にはハテナが残ったままだった
とにかくキスマークとやらを付けられたことには変わりない
夾架はオーバーめに溜め息を吐き、帰ってきたら絶対に十束をとっちめると決めた
「ただいまー、お待たせ。夾架生きてる?」
『うん、生きてるよ。すっごく元気ー』
噂をすればなんとやら
どうもこうも、いつもこういう話をすれば、タイミングよく帰ってくる
夾架は棒読みで言い、十束の頬を思い切り抓った
「………ばへた?(ばれた?)」
『ばれたじゃない!なんでこんなとこにつけるの!!///』
「ひゃあほんろはら、みえなひほほにふへまふ(じゃあ今度から、見えないところにつけます)」
『……よろしい』
それでいいんかい!
夾架がつっこんだところはどこか少しズレている
つけるなと言うのかと思っていたが、見えるところにつけるな。と夾架は言ったのだ
思わず草薙は心の中でツッこんでしまった