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「え?バイクの免許が欲しい?」

『うん。かっこいいから欲しいなーって』

その日の夜。いつものように2人でソファーに座り、テレビを見ていた
十束はわりと真剣にテレビ画面を見つめていたが、夾架の目線の先には端末

雑誌を一目見た時から、ずっと気になっていて、今ネットで調べている
見れば見るほど惚れてしまい、この際免許でも取ってしまおうかと思った
18歳にはとっくになっているし、取れないこともないだろう

「危ないよ?」

『へーきへーき』

「もし転んで怪我でもしたら…」

『そんな不器用じゃないって』

ー多々良ってば心配症なんだから。

十束は本気で夾架を心配していた
本人の意思を尊重してあげたいのはやまやまだが、やはり心配なのは変わらず

『多々良にそんな顔して欲しくないな』

「だって…」

『わかった。危ないことはしない、やめるね。だから笑って欲しいな』

心配そうに眉を顰める表情なんて、十束には似合わない
いつもみたいに笑っていて欲しかった
だから、免許のことを諦め記憶から抹消した

夾架はそっと十束の頬を撫で微笑んだ

「じゃあ、いつか俺が免許取って、夾架のこと後ろに乗せてあげる」

『ホントに!?』

「約束だよ」

十束が小指を差し出せば、夾架はそれに自分の小指を絡ませてから離す

『そしたらさ、星とか見に行こうよ』

「いいよ、行こっか。ここじゃ明る過ぎて星綺麗に見えないもんね。俺、星とか結構詳しいんだよー」

『へぇー。それは楽しみね』

ここらの都会では、夜も街中でいたるところの照明がつけられ、明るく賑わい、空を見上げても星の本来の輝きは失せ霞んでしまう

見て、綺麗だけど、やはり何か物足りない
だから遠くの田舎の方に行って、本物の星の輝きというものを味わって見たかった

窓のない部屋に閉じ込められていたからこそだ
星の本はたくさん読んだことがあった。でも、実際には、見たことのない星座が殆どだった

なんとなく、今夾架が暗い考えをしていることが伝わり、十束は徐に夾架の腕をとり、リビングから寝室へと移動した

『どこ行くの?』

「バルコニー。星はあんまり見えないけど、きっと凄く良いもの、見れると思うんだよね」

寝室の大きな窓を開け、バルコニーへと出る
室内みたいに空調の効いた涼しい空間であるはずがなく、蒸し暑くて、一気に肌がべたっとなる

気分が良い。とは言えなかった

『良いものって?』

「ほら、もっとこっち来てよ」

十束は先にバルコニーの奥へと進み、柵の上で頬杖をつき、辺りを見渡していた
言われた通り夾架は十束の元へと行く

「見て、景色すごい綺麗じゃない?」

『うん…すごい…!ここの景色、こんな良かったんだ…』

流石は高級高層マンションの上階の部屋
とても立地が良い場所で、雄大な街並みを一望できる

普段バルコニーに出ない為に、初めてみる光景で、夾架は素直に感動して景色に見入っていた

「こういうのも、悪くないでしょ?俺、夜景も好きなんだよねー。ちょっと女々しいけど、イルミネーションとかも好きなんだ」

『いるみ、ねーしょん???よくわかんないから、いつか連れてって!』

「もちろんさ」

2人で見る景色は、通常の何倍も美しく、良いものなのだろうと夾架は思う

出会ったばかりなのに、何故か昔から一緒にいるみたいな錯覚に陥る
自分のことを全て悟る十束。薄情で、陽気で、飄々としていて、貧弱で、不思議で、謎が多い彼

どうして自分の能力を抑えることができる?
何故、草薙や周防にはできない?
何が他の人とは違う?

一緒にいればいるほど、謎は深まるばかりで知りたい。とは思うものの、それを解明する術は持っていなかった

簡単にリンクは外せる
解けば、身体の奥底から力が溢れ上がっていき、今まで通りの莫大な力を操る事が出来る。それなりに使っても暴走はしないようになった
だが少しずつ、力が吸われている気がする。それでも十束がストレインの能力を手にすることはないし、十束の赤の力が強くなるわけでもなく、十束には力の感覚というものは余りわからない

施設でならきっと解明できる
ずっとそう思ってはいるが、十束を危険な目に合わせられない

知りたい。でも、知りたくない
理屈なんて必要ない。ただ一緒にいられればいい
矛盾しているのはわかっているが、繋がりがなくたって、傍にいたい

もしも夾架に能力がなくて、十束を必要としなかったら

『どうなってたんだろうね…』

主語におけるものがない
夾架はぼんやりとした目で遠くを見つめ、意味もなく十束に問いかけた

しかし十束はその問いに優しく答えた

「俺たちが出会ったのは偶然じゃないよ」

『そーかなあ…』

いまいちピンとこなかった
確かなものは何処にもなくて、誰にもわからないことだから、曖昧なまま

だが十束はそれを確かなものにさせたかった

「俺、夾架みたいな力は持ってないから確かとは言えないけどさ。たとえ夾架がストレインじゃなくて、俺がキングのクランズマンじゃなくて、お互いに一般人で平和に暮らしてたとしても、何か違う形で俺たちは出会って、同じように恋に落ちると思うよ」

『……クサイね』

「それは言わないでくれたら嬉しかったなー」

いつからそんなロマンチストになったんだ。
できればその点については目を瞑っていて欲しかったが、言われてしまい、十束はあはは。と苦笑いした

でも、自分の言っていることは、強ち間違いではないと思う
思っているのは自分だけ?と思いながら夾架を無言で見つめれば、それに答えるかのように夾架はクスリと笑う

『あたしたち、生まれ変わってもまた一緒だよね。まあ、今が大事なんだけどね。ストレインになったことは、仕方のないことだし、こうなっちゃったもんはね、頑張るしかないんだよね』

過去を振り返ってばかりじゃ前に進めない
マイナスなことばかり考えるのは、吠舞羅に入って辞めた
十束に出会って、吠舞羅に入って、実験への協力に決別して、前を向くことによって、1人じゃないと気づいたから、躓いて転んでも、起こしてくれる仲間がいるから夾架は変われた

『あたしね、出雲さんに自分のこと好きかって聞いたことがあるんだ。その時のあたしは、自分が嫌いって胸張って言えた。ストレインで、他の人とは違うから嫌いだった。でも、今はストレインである自分のこと、少しだけ好きになれた。あたしがストレインだから今此処にいる。そう考えたら、今までの苦痛も少しは和らぐかも。あたしは、ストレインでよかったかもしれない…』

以前草薙には、クランズマンとしては自分を好きになれそうだと言った
その時はまだ、心の中ではストレインの能力を否定していた
どうしても認められなくて、なくなってしまえばどんなに楽だろうかと思う

でも今は、クランズマンである自分と、ストレインである自分。両方の自分を好きになれた

余り言いたくなかったが、ストレインだったから、十束や吠舞羅に出会えた
能力がなかったら、こうはなっていなかった

だから、能力を持ったことに感謝していた

この能力を活かして恩人たちの役に立ちたい
もっと能力を好きになって、能力者であることを誇りに思い、良いように使いたかった

「夾架、変わったよね。強くなって、凛々しくなったね。まあ、泣き虫なのは変わらないんだけどさ。いつのまにか一人称とかも変わって、なんか急激に女の子らしさに磨きがかかってちょっと困っちゃうなー…目のやり場に迷う」

『ははっ、ありがと//』

自分の心境の変化に1番驚いているのはもちろん夾架自身で、改めて言われるとやはり照れてしまう
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