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「ねえ夾架」

名前を呼ばれ、十束の方を向こうとすると、頬杖をついている腕を掴まれた
腕を掴まれ軽く引き寄せられたので、体ごと十束の方を見てみると、少し切なげな表情をしていたので、何か心配でもしてるのかと思い、夾架は軽く微笑みを見せる

「もう切ってないよね?」

『なんだ。そんなことが言いたかったの?』

十束が掴むのは左腕。その左手首には包帯がしっかりと巻き付けられている
少し前まで及んでいたリストカットの痕を隠すために、いつも夾架は左手首に包帯をしていた

『汚いから、あんまり人に見せたくないんだよね』

夾架はそう言いながら十束に手を解かせ、包帯を取った
そこには無数の切り傷の痕が残っていて、夾架が言った通り、綺麗。とはとても言い難く、やはり見てて痛々しい

しかし、そこに新しげな傷はみられなかった

『そんな顔しないでって言ったでしょ?大丈夫。みんなが傍にいる限り絶対切らないから』

「絶対だよ?」

『うん。…自分でも、バカなことしたって思ってるんだよ。でもこの傷は、あたしが辛い日々を生き抜いてきた証なの。今がどんなに幸せでも、あの時の事は忘れちゃいけない事だから、一生忘れないようにするために、無理には消さない事にしたの』

この傷痕を消そうと思えば、最新技術やらなにやらを駆使すれば簡単にできる事だ
しかし、夾架がそれを選ぶことはなかった

自分なりによく考えて決めたことだから、何を言われてもいいと思っていた

『夏に長袖はキツイからね。それに他人にまで嫌な思いさせたくないし』

だから包帯で傷を覆い、何でもないように振る舞う

新たなメンバーが入ってきて、その包帯を見て、決まって何か聞きたそうな顔をする
あまり聞かれたくないので夾架は自ら、"大丈夫、今は何もしてないから"と言う
それ以降は皆、気にせずにいてくれる

それでも仲間に隠し事してる。と思うと、純粋に自分を慕ってくれる仲間に対して悪いことをしていると感じてしまう
未だ自分がストレインであることしか話せていない
施設でのことは何1つ話せないでいる

夾架は十束、周防、草薙以外の吠舞羅のメンバーと、馴染んだつもりでいるが、まだ少し壁を感じていた

皆で楽しくワイワイやって、時に背中を任せて戦う仲間に対して、こんなものじゃダメだ
信頼には信頼で返すべきなのに、一方的に送られてくるばかり
全くと言っていいほど返せていなく、やはり話すべき時がいつかは来る、いや、自分から話さなければならないのだ

いよいよ腹を括る時が来る
話し終えたら、少しだけ気が楽になるかな。もっと皆と仲良くなれるかな。なんて…

「夾架、中入ろ?あんま顔色良くない。無理はしない方がいいから、思いつめないで、このことはもう少し、胸の内にしまっててもいいと思う」

『そう、だね…』

十束に伝わるように考えたつもりはなかったのに
こう言う考えほど伝わってしまうはなんでなのだろうか

夾架は十束に言われ、寝室に戻り、ベッドに腰掛ける
俯きながらじっと手首を見つめる

十束もバルコニーから出て来て、夾架の隣に腰掛けた

ーんー…暗くなっちゃったなー…。
なんか悪いことしちゃったかな。

『悪いことしたって思うなら、盛り上げてよね』

ーあれ、伝わっちゃってる?

夾架はいつも、十束みたく高確率で心を読めるわけではないのに、変なとこくるなー。と十束は思う
いつもと違う、ちょっぴりキツめな夾架の口調に、一瞬心臓が跳ね、十束は慌てて何か話題がないかを考える

最近あったことなどの記憶を掘り返す
少し考え始めれば、十束は夾架に聞きたかったことを思い出す

「ねぇ夾架。夾架のファーストキスって草薙さんなの?」

『ちょっ、何でそれ知って…』

「ホントにそーだったんだー…」

『それで、どーしてこーなるのかな』

いつのまにか、夾架は十束に押し倒されていた
にっこりと、怖いくらいの満面な笑みで、怖いくらいというより、怖いそのもの

そういえば、あの時草薙にもこんな風にされたんだったと思い出すと、すぐに十束のキスの雨が降り注ぐ

『やっ、くすぐったいんだけど…//』

首筋や鎖骨をペロリと舐めたり、キスをしたり、夾架は十束の肩を精一杯の力で押しどいてもらおうとしても、くすぐったくて力が出ないし、男の力には到底敵わず
夾架の言葉に耳を傾けることを一切背ずに、無言で行為を続けていた

『あっ…//やだ、多々良…///』

何度めかのチクリとした痛みに、夾架は小さく声をあげた

『み、見えるとこはダメ…//』

「へーきへーき、今着てる服でも見えないからさ」

次々に痕をつけていく十束に制止の言葉をかけたって、聞く様子は全くない
草薙とのキスのことを怒っているのか
でも怒ってるという露骨な態度ではない

『怒ってるの…?』

「んー…悔しい、かな。草薙さん手出すの早すぎ。いくら夾架が可愛いからって、付き合ってもない、か弱い年下の女の子にキスするなんて…。って言っても、その時付き合ってなかったし、今更咎めたところでなんにもなんないんだけどね」

ごめん。と十束は言い、夾架の上から退いて、隣に寝転んで夾架の頭を優しく撫でた

『出雲さんから聞いたの?』

「うん。ごめん、ってさ。なんか聞かない方が良かった気するかも」

『あはは、ごめん…』

ファーストキスは失ってしまえば、もう二度と戻らない
夾架が特に、ファーストキスというものを大事にしていたわけてわはなかった
だから今でも気にしていなかったが、十束は少し気にしている様子だったので、申し訳ないなと思う

「夾架は誰がなんと言おうが、俺のものだよ。誰にも取られたくない…。だから、俺から離れていかないでね…?」

『いくわけないよ。あたしたちは赤い糸…っていうより、太くて頑丈な鎖で繋がれてるから。それが消えるか壊れない限り、永遠に。ね?』

「うん。そーだね…」

今日の十束はめずらしくセンチメンタルでネガティブだった
十束はがこんな風になるなんて滅多にないので、夾架は少し心配になった

だが、これ以上の言葉は不要だと感じていた
言葉がなくたって、隣にいるだけで、きっと良くなっていく

ーあたしの型に合うのは、多々良だけ…。

この世には何十億人と人がいるけれど、世界中のどこを探しても、自分のピースの欠けた部分にピッタリとはまれるのは十束だけ
そんなこと、あるわけないとは思うけれど、そう信じたかった


ーーーーー
「夾架、またついとるけど、隠さんでええんか?今日は気づいとるんやろ」

『うん、いいの。別に隠す必要ないっていうか、あたしは多々良のだよって証、見せつけてやろーかと思いまして』

「夾架ってわりと大胆だよねー」

「何、彼女いない俺らへの嫌がらせ?」

『えへへ、まあね。出雲さんモテるんだから、彼女の1人や2人簡単につくれるでしょ?』

よくお店にくる女の子に番号を聞かれることも多いし、ここらじゃ格好良いバーテンさんがいるお店だ。と有名にもなっている
夾架も初めは、可愛い彼女がいるんだろうと思っていたのだが、いないと知って吃驚仰天

『因みに多々良のこと、よーく見てみて』

夾架に言われるがまま、十束のことをじっと見てみると、草薙は酷く深い溜め息を吐く

「お前らホントにバカップルやな…」

「褒め言葉として受け取っておきまーす」

ー人の気も知らないで。
こういうん何てゆうん?片思い?…バカバカしいわ。

十束の首筋には夾架と同じようなところに赤い斑点
シャツに隠れているが、よーく見ればすぐにでも分かる



どうして自分じゃないんだ
なんて、今更すぎやな
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