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「夾架は…?」
「頭冷やすゆうて出てったわ。具合はどや?」
「…そっか。特になんともないよ」
夾架が言った通り、十束はすぐに目覚めた
よこっいせ。とゆっくり身体を起こし、十束はバー内を見渡す
意識を失う前に見た、遠ざかって行く背中はやはり夢ではなかった
自分はとんでもないことをしたな。と思い、十束は泣きそうな顔をしていた
そのまま、少しばかり重たい空気が広がり、泥のような沈黙が流れる
「説教、聞くか?」
「…うん」
沈黙を破ったのは草薙
遠慮がちにそう言えば、十束は苦笑しながら草薙を見る
どれほど心にぐっさりと刺さる言葉がくるだろうか
十束は心を落ち着けて身構えた
草薙はひょっとしたら自分は自らの悪役になろうとしているんじゃないか
そう思っていたが、言われないと分からないことだってあるし、これも十束と夾架の為だと思えば何とかいける
草薙は煙草を咥え、ジッポで火をつけた
火が煙草の先を焼き、一筋の煙が上へ昇り揺らぐ
ふぅ…と草薙は煙を吐き出して、真剣な目で十束を見つめた
「…お前な、いくら夾架が悪くてもな、流石に手あげたらあかんよ」
「…うん」
そんなことはとうに分かっていた
正論を言われ、当たり前だが言い返せなく、相槌を打つことしか出来ない
「あの子のことは、お前が1番良く知ってる。あの子が頼れるんわお前や。お前が分かってあげな、あの子前みたく心閉ざしてまう。お前の言いたいこともよー分かる。でもな、今はあの子のやらせたいよーにやらせるんが、1番やと思う。尊もそう思うやろ?」
「草薙、お前俺に話し振るの好きだな。まあ…好きにすりゃあいいだろ。あいつは束縛っつうんが1番嫌いだ」
少々自分で言いきるには、厳しいなと思った草薙は、駄目元で周防に話を振ってみた
至極めんどくさそうにだが周防も助言してくれた
もちろん責めている訳ではなく、周防も心中穏やかで、十束の為を思って言ってあげた
どーでもいいってなったが、周防とて夾架を心配している
それに伴って十束も少しばかり心配している
「なんや尊もようわかってるやないか」
「ああ…」
少し想像とは違った答えだったので、草薙は驚きながらも煙草を蒸す
「そりゃあの子に死なれたらめちゃくちゃ困るで。一気にチームの士気が下がってまうし、チームとして成り立たんようになってまうかもしれへん。でもこんな時世やし、いつでも死ぬ覚悟できてるって言うんわ、ええことかもしれへん」
夾架は吠舞羅の要であり華である
男ばかりの中の女の存在というものは貴重なもので、又、吠舞羅の中でも一際強い力を持ち、それは草薙を越えるもので、あらゆる面から夾架の存在は輝き、必要とされていた
だが常に危険と隣り合わせである此処で生き抜くのも簡単ではない
「あの子、もしかしたらやけど、いつか自分で自分の身滅ぼしてまうんやないか?」
「どういうこと…?」
いきなり何を言い出すのか
草薙の訳の分からない言葉に十束は首を傾げた
だが周防は驚く素振りを見せなかった
恐らく草薙の言葉に一理あると思ったからだ
周防とてもそれに近い状況に置かれている
だからあえてつっかかることをせずに、草薙の話を聞くことにした
「自分で制御しきれへん程の力が、あないに小さな身体にとどまっておけるわけないやろ。いつか力に押しつぶされて、身体がボロボロになって夾架は…。引き金はいつ引かれるか分からへん。…だから、ちゃんとお前が抑えてあげなあかん。俺らにその役目は務まらん。できんのはお前だけ。それちゃんと理解しとき」
せっかく火をつけたのに、一口しか吸わぬまま灰が落ちそうになるまでも短くなってしまった煙草を、灰皿の上でトンと指で叩けば灰が落ちる
「以上や。なんかは反論あるか?」
「いえ、ないです…。でも、できればもっと、オブラートに包んでくれたら嬉しかったなぁー…」
「そこは黙っとき」
十束はすっかり意気消沈していた
草薙の言葉がよく身に沁みて、改めて自分の役目を肝に銘じた
いつか自分で自分の身を滅ぼす
それは絶対ないとは言い切れないもので、信じ難いものだが、妙に違和感を感じ、胸の奥でつっかえる
「俺、やっぱりサイテーな奴だよなあ…」
今回その可能性を大幅に広げてしまっかかもしれない要因を作ったのは自分で、十束は夾架を叩いてしまった手を見つめる
叩いた時の感覚を思い出し、後悔をする
「…守るって、言ったのにな」
ぎゅっと拳を握り、小さな声で呟く
守るって決めて交際しだしたのに、約束を破ってしまった挙句、逆に傷付けてしまい、思い返せばなぜあんなことをしたのかよく分からない
「くそ…っ」
十束は目の前の机をドンと拳で叩き、自分への怒りを露わにする
ー夾架…、夾架…。お願い、帰ってきて…。
いや、待ってたところで、暫くは帰ってこないだろう
本当に夾架を大事に思うなら、やはり探しにいくべき
波長を読み取ればおおよその居場所を割り出すのは容易いこと
十束は夾架の波長を感じようと目を閉じた
誰かの気配や、波長を感じるくらいは出来るようになった
能力がどうこうではなくて、これくらいなら訓練すれば子供でも出来る
夾架にそう言われ、少々頑張ってみたら、本当に出来るようになった
今も近くに周防、草薙の波長を感じる
夾架ならこれより広い範囲にいる人を感じ、そしてその先の精神へ踏み込むことが出来るが、十束はここまで
だが夾架限定でなら、遠くにいても波長を感じられるし、中へと入れる
いつもみたく、真っ暗な世界で夾架の波長を感じようとする
すぐに見つかると思っていた
しかし今日はいつもと違った
何処を見渡しても、夾架らしきものは感じられない
「…夾架が、いない…?」
「そりゃ出てってしもたから、いないに決まってるやろ」
「そーじゃなくて…」
十束は1度目を開けてから再び目を閉じて、もう1度夾架を探す
でも先程と変わらず、夾架は何処にもいない
嫌な予感がした
「夾架とのリンクが完全に切られてる。…もしかしたら、このままじゃ危ないかもしれない。…俺、探し行ってくる!!」
草薙の言葉がもし本当ならば
十束は考えるよりもまず行動ということで、バーから飛び出して行った
「どないする、尊」
不穏な空気が流れ、残された2人は自分らはどうするか迷っていた
再び草薙が周防に話を振れば、周防はめんどくさそうに重たい腰を上げた
「頼むで」
「ああ…」
長年の付き合いからか
草薙はどうすると聞いたが、その言葉の裏には隠されているものがある
本当はめんどくさいことは嫌いだが、周防はそれをすぐに理解し、十束を追うようにバーから出て行った
そして1人になった草薙は、端末で吠舞羅のメンバーに一斉でメッセージを送信
〈緊急や。夾架見つけたら安否確認して、連絡くれや。そんでバーに連れ帰ってきてくれ、頼んだで〉
「すぐに見つかったらええんやけどなー…」
まさか夾架が自分からリンクを切るだなんて、思っても見なかった
自分の身体のことは、じぶんが1番解ってるはずなのに、何故だ
いちおう夾架の端末に連絡を入れてみるが、もちろん返事はない
1つ、思い当たる節があった
駄目元で、草薙はあたってみようと電話をかけた
しかし、そこにも夾架はいなかった
何処へ行ってしまったんだ
その後も何度か仲間から連絡があったが、やはり夾架は見つからない
「そっちはどや、十束。見つかったか?」
[……ダメ。見かけた人もいないって…]
電話越しに聞こえる十束の声は酷く動揺していた
不安が伝わってきて、焦りも見える
[…草薙さん、どうしよう…もし夾架に何かあったら、俺…]
その気持ちも分からないこともない
だが焦ってばかりだと冷静な判断ができなくて、見つかるものも見つからない
今は落ち着くべきだと伝えれば、十束は、もう少し探してみると言って電話を切った
やはり送り出さなければ良かったのか
そう思ったが、止めたところで夾架の意思は揺るがないだろうし、どの道夾架は十束とリンクを切っていたはず
少々危機感が足りなかったと思いかえし、草薙は再び端末を操作し始める