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真っ白な世界から離れ、訪れるのは暗闇
何も見えない、何も聞こえない
右も左もない、寒々とした空間にただ1人

ああ、またここに戻ってきたんだ

戻ってくるとは思ってなかったのに戻ってきた
もうずっと、十束の世界からは抜け出せないと思っていたのに、抜け出すのは簡単だった

やはりそれまでの関係だったということなのか
たんなる願望に過ぎないもので、結局1人がお似合いなんだ

だが、此処に来ると嫌な気分にしかならない
暗い、寒い、胸が苦しい

闇が濃くなった
それと同時に、頭の中でフラッシュバックの如く、昔の記憶が蘇る

『あっ、いや!いや!!やめっ、やめて、あっ、いやぁぁぁ!!!』

痛い、痛い、痛い。頭が割れてしまいそうだった

夾架はしゃがみ込み、自分の身体を抱き、必死に叫んだ
叫んでも四方八方に声が反響して、この闇の空間に壁という終わりは存在しないと分かる

抜け出せない、十束の存在を探すけどいる訳がない

『たた…ら…!!?きゃっ…』

急に足場が抜けて、落とし穴に落ちたような感覚で、闇の底へと落ちて行く
と思ったら、バシャンと海に落ち、そのまま真っ青で暗い海底に沈んでいく

目を開けて見ると、自分の身体が海面からどんどん遠ざかっていく
不思議と息は出来、苦しくはなかった
寧ろ先程までの気分の悪さと苦しみがなくなり心地良かった

本当に水?そう疑ったが、冷たかったので水なのは確か
此処は何処?何なの?
だが踠く事はしなかった

しないというよりは出来ない
心地良さに身体が酔いしれ、此処にこのままいたいと願ってしまった

漸く訪れた開放感に、夾架は目を閉じた

それからもう1度目を開けると、目の前に整った顔が

「おや、目を覚ましましたか」

『あ……むなかたさん……』

「礼司と呼んでいただけますか」

『あ、はい…あの…れーし、さん…、あたし…』

目の前にある宗像の顔を見て、すぐに思い出した
バーを出て気分が悪くなって、それから宗像に助けられて、気を失ったんだ

ベッドで寝かされていて、部屋一面を見渡しても知らないところで、夾架は身体を起こそうとしたが宗像に止められた

「もう少し休んでいて下さい。顔色がよろしくないです。また無理して倒れたら、元も子もありません」

『…すみません。あの、此処は?』

『急に倒れられたものですから、近くのホテルで休ませることにしました。セキュリティやプライベートのことなど、きちんと信頼性のある場所なので心配はいりませんよ』

優しい手つきで頭を撫でられ、乱れた布団を直される
宗像はニコリと微笑み、ベッドの横の椅子に腰掛けた

夾架はいまいち状況を掴めていないが、とりあえず宗像に助けてもらったということは分かる

それにしても此処は、どう見ても安いホテルには見えなかった
それなりな雰囲気も良くて、部屋も広く、ベッドの弾力も凄い
布団の素材がとても良く柔らかくて軽い
家で普段使っているお高いものと、ほとんど変わりもないように感じられる

『本当にすみません…ありがとうございました…』

「いえ、大丈夫ですよ。たまたま貴女をお見かけしたので、声をかけてみたら…」

『礼司さんが声かけてくれて、なんかホッとしちゃって…』

既に限界だった自分を、宗像ならきっと助けてくれると思ったらから
案の定、こうして介抱してもらい、今は何とか落ち着いている

それにしても、目覚める前のあの感覚は何だったのだろう

『あの…お時間とか、御予定とか…大丈夫、ですか?』

「ええ。今日は暇でしたので、買い物に出て、その帰りでしたので平気です」

『そう、ですか…』

まだ2回しか会ったことのない人なのに、こんなにも迷惑をかけて良かったのだろうか
宗像は何でもないような顔をしているが、実は凄く嫌だったんじゃないか

夾架は宗像の笑顔の裏には、何かあるんじゃないかと考えていたら、宗像にクスリと笑われた

「迷惑なんかじゃありませんよ。どういう形であれ、また貴女に会えたことを純粋に嬉しく思っています。ですから、そんな顔をしないでください」

ー……あれ?あたし何も喋ってないんだけど…。

夾架はハッとして、宗像の方を向いてみると、宗像は変わらず笑っていた
やっぱり何か変だ、読心術とか心得ちゃってるタイプか?

「体調の方はどうですか、」

『……大丈夫、です。…礼司さんといると、何か落ち着きます』

まるで十束と一緒にいるみたいだった
ずっと気分が悪かったのに、意識を失う直前に、宗像にもたれかかり、その時は既に気持ち悪さが取り払われていた

「それはよかったです。熱もないようなので安心しました。貧血か何かですかね…」

『い、いえ…ちょっとした…持病のようなものですから…』

「そうなんですか、大変なのですね。薬とか、そういった類は?」

『薬は必要ないですかね…』

だって、自分にとっての薬、所謂精神安定剤は、十束だから
でも今はどうしてなのだろう

(…そういえば多々良は、もう目を覚ましたのかな。心配してくれてるかな。…怒らせちゃった挙句、勝手に力を使って気を失わせて、怒ってないわけないか…)

やはり帰りにくいと思う

ただ少し気になって、夾架は十束の波長を感じようと目を閉じた
自分によく似た波長だから、少し離れていても分かるだろう

『…え?』

いつもと違う感じがした
既に誰かと繋がっている?いつ、どうやって繋がった?

再び身体が深い水の底へと沈んでいく
そして、此処が誰の精神世界なのだと気付く

すると、頭の中に色々なものが流れ込んできて、夾架はすぐに目を開け、現実へと戻る

『れーし…さん?』

「はい。どうかなさいましたか」

『………少しでも、体調が優れないとか、ありませんか…?』

「特にはありませんが、それがどうかなさいましたか?」

『……その、あの…いえ、なんでもないです』

もしかしてだが、十束から離れてすぐ、フラついて不安定だったところに現れた宗像に、うっかりとリンクさせてしまったのか
だとしたら、王とかそういうことに一切関係のない一般人と長時間繋がって、機密情報などが流れてしまったら

宗像は異変に特に気付いていなそうなので、気付かれる前にリンクを切ってしまおうとした

また体調が悪くなることは分かっているが、仕方のないことだ

夾架はスッと息を吐き、気持ちを落ち着けてから目を閉じた

「そのままで結構ですよ。今解いてしまったらまた具合が悪くなる」

『は、はい!?ど、ど、どうして…そんなこと…』

「2種の能力をもつストレインであり、赤のクランズマンである九乃夾架さん。貴女の力の制御はとても難しく、十束多々良とリンクすることで力を抑える。ですがリンクを解除して、力が暴走しかけている。どうやら私にも十束多々良と似た力があるようです。なので僭越ながら、貴女と繋がらせていただきました」

夾架は言葉が出なかった
"ストレイン"、"赤のクランズマン"
なんでそんなことを知っていて、自分のことまで詳しく知っているのだ
だが、十束との関係まで言われたら、疑いようがなかった

先程まで知っていることを隠し、だからわざと薬のことなども聞いてきたのか

十束以外にも、能力を抑えられる人物がいる
いないと思い込んでいたのは、やはりただの願望にすぎなかった

『何者、なんですか…?』

「今はまだ、通りすがりの人と思っておいてください」

自分からじゃなくて、宗像から繋がった。なんて信じられない
そんなことを出来るなんて、ただものではないと思う

探ろうとしても、彼の深い部分には霧がかかっていて、浅い、基本的な事しか頭に入ってこない

先程、何も言っていないのに返答がきたのは、繋がっていて勝手に伝わったから?
初めて出会ったとき、名乗ってもないのに名前を知っていたのは、裏社会を知っているから?
何が何だか分からなくて知恵熱が出そうだった

「落ち着いてください」

ひんやりとした宗像の手が、夾架の前髪を掻き分け額に乗せられた

やはり、十束と同じだった
触れられているだけで心が静まり、心地良い波が押し寄せる

宗像に制止の声をかけられると、本当に動けなくなってしまう
まるで身体を操られているかのようで、宗像の波長は夾架を酔わせる、甘い毒の様だ

夾架は未だに状況を把握しきれてはいないが、ただ1つだけ言える

十束と同じだが違う

十束はただの安全な安定剤だが、宗像は副作用つきだ
利害の両方を与えてきて、宗像のような人と出会うのは初めて

彼に服従させられるのか、ますます謎は深まり、夾架の宗像を見る目が少し変わり、疑り深くなった

「何もしませんよ。ですから、私を好きに利用してください」

『は…はあ…』

そんなこと言われてもな。と夾架は懸念し、宗像に背を向け布団を被った

「私のこと、お嫌いですか?」

『そ、そんなこと…ないです…』

ほらまただ、宗像が喋っただけで心臓がドクンと大きく脈打ち、思うように動けない

ギシリとベッドのスプリングが軋む音がして、宗像にの手が夾架の頬に触れる
夾架は異常なまでにビクリと身体を跳ねさせ、身を固くする

宗像に首筋を首筋を舐められて、夾架は短い甘やかな嬌声を漏らす
このままとって喰われてしまうかもしれない

夾架の初々しい反応を見て、宗像は口角を釣り上げる

「可愛いですね、こんなことくらいで顔を真っ赤にして…もっと虐めたくなる。…まあ、病人を襲う程の不届き者ではありませんから。ただ少しだけ、いたずらしたい気分になりました。すみません」

クスクスと笑い、そう言いながら離れていく宗像
見た目と、少々関わりをもっただけなら、彼が聖人君子のような者だと思えるのに、これはいけない。彼の腹の中は黒い。そしてド級のS

夾架は自分の中の要注意人物リストに加えておくことにした

だが、命の恩人ということは、忘れていなかった

『今度、何かお礼します』

「この間もいいって言いました」

『でも、2回も助けてもらいました。今回は、前回みたく、軽いことじゃないです。…ですから、キチンとした形で何か……』

宗像には背を向けたままで、夾架は話し始めた
こんなにも助けて貰ったのに、なにもしないままというのは、流石によくなくて、プライドというものに関わってくる

次に会えるのはいつだか分からないし、偶然が積み重なって漸く会うことが出来る程度
夾架は布団の中で、自分の服のポケットを探り、端末を取り出した

『連絡先、教えてくれたら嬉しいです…』

「はい、喜んで。では少々お借りしますね」

『お願いします…』

あいにくだが、起き上がって的確に端末を操作出来るほど元気ではなかった
体調も落ち着いてきているのだが、分からないことだらけで、考えるだけで目が回りそうになる
出来ればもう少しだけ安んでいたかったので、端末を宗像に預けた

宗像は自分の端末を取り出し、互いを操作し始める
まず夾架の端末の電源を入れると、相当な数の不在着信があって、留守電も何件かいれられていて、驚いた

「着信履歴、凄いですよ。…喧嘩でもして、出てきたのですか?」

『まあ、そんなところです…。履歴は気にしなくていいですから』

そんなやり取りをしているうちに、宗像はメモリーに番号をいれ終わり、夾架に端末を返した

夾架はメールだけでも開いてみようと思い、ボックスを開けば3件だけメールが届いていた

〈阿保、なにやっとんねん。
リンク切ったらマズイのは自分やろ。
はよ気ぃ済まして帰ってき。十束、血相変えて探し回っとるから〉

〈相当バカだな。生きてんのか?〉

〈ごめん、本当にごめんね。
俺の勝手なエゴで夾架のこと傷つけた。
許して欲しい。とは言わないけど、もしこのメール見たなら、帰ってきて欲しい。
それで、ちゃんと話したい。
それとももう、俺のこと必要なくなっちゃった…?〉

草薙からは単純なお叱りの言葉
周防はなんとざっくばらんな二言
十束は謝りの文で、それを読み終えたあと、自然と涙が溢れ出て止まらなくなっていた

その文を打っている時の十束の顔がよく浮かぶ
どうやら体調のことなど気づかれているようで、恐らく吠舞羅の頭脳担当である草薙が気づいたのだろうと考えられる

傷つけたのは自分の方なのに、どうして
十束は、夾架よりも思いつめているかもしれない

それでも夾架は帰る気にはなれなかった
十束を捨てる。という訳ではないが、今は宗像でちょうどよかった
少し、苦痛を感じる生活から離れてしまったが故に、たまに感じる苦痛が何倍にも辛く感じる

だからこうして、身体に害を与えられ続けていた方が、何となくだがしっくりとくる

「それでいいのですか?」

『別に、あたしは…っ』

これでいい。そう思っているのに、言葉がでない
宗像は全てを見透かしているような顔ぶりだ

「そのまま突き放して、一生、一切の後悔をしないと誓えますか?十束多々良が好きなのでしょう?それともこのまま、私と来ますか?来てくださるというのなら、いくらでも手を貸しますよ」

『…好きです。大好きです。でも、あたしといたら幸せに、なれないんだと思う…』

宗像のやけに冷たい声が胸に突き刺さる、もうどうしていいか分からない

一緒にいたいけどいたらダメ、甘い考えなのは分かっているが、自分の為だけに人の人生を左右してしまうなんて、1番したくないことだ

そんな夾架なか、更に宗像の冷たい言葉が刺さる

「あなた方が力を持つ以上、幸せなんてものは、考えない方がいい」

『どういうこと…ですか?』

「欲張りすぎはよくない。力と幸せ、両方を望むことは、贅沢すぎる」

『………そっか』

そこ言葉がやけに夾架の心に残った
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