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『ただいま……』

「おー、やっと帰ってきたか。身体、へーきなんか?」

『うん…』

話せば分かってもらえますよ。
宗像と別れる直前に言われた言葉
すぐ近くまで送ってもらって、そこでリンクを切った
心の奥底にはまだ、微かにだが宗像の温もりが残っていて、それが消えぬうちに。と、重たい足取りでバーへと戻ってきた

扉の持ち手を掴む手は酷く震えていたが、帰ると決めたから、意を決してバーへと入れば、草薙がまず出迎えてくれた

「草薙や。夾架帰ってきたわ。顎で使うような真似してすまんなー」

草薙は端末で複数の人と電話をし、夾架が帰ってきたことを告げていた

「なかなか見つからんから流石に焦ったわ。夾架の実家にも電話したんやけど、いない言うてたからなー…」

『ごめんなさい…』

「ちゃんと帰ってきたなら、それでええよ」

そこまで探されていたとは思わなかった
だが街をフラフラしていた訳ではないから、そう簡単に見つかる訳がない
本当ならば実家に帰る予定だったので、もしもちゃんと帰れていたならば、すぐ見つかっていた

「夾架…?」

『…っ、へーき…』

返事のない夾架を心配し、安否確認すれば夾架は苦しそうに言った

『………っう』

ドクン。一際大きく心臓が跳ね、夾架は胸元をぎゅと抑え小さく呻く
その瞬間、ブワッと生暖かな微風が夾架を中心としてバー内に広がる

ゆらり。赤いオーラが仄めき、空中を漂う

「夾架、やっぱり…」

『大丈夫…っ、へーき、だから!』

夾架の力が目で分かるまでに漏洩していた
草薙の声を遮り夾架が声を荒げてそう言えば、風も止んだし、赤のオーラも消えた

『うっかり、焼いたりしないから…』

大きく息を吸いこみ、呼吸を落ち着ける
だが胸の苦しさは消えなかった

「十束」

草薙は静かな声で十束に言った

ソファーに座り、俯き黙り込んだままの十束はすくりと立ち上がり、夾架の目の前へと行く

『多々良…』

自分の目の前に十束は来たが、ずっと俯いていて、その表情は見えない

しばらく2人は押し黙ったままで、泥のような沈黙が流れる
流石の草薙でも、こればかりはどうしようもなかった

夾架はこういう沈黙が苦手だ
自分から切り出すべきか、それとも相手が切り出すのを待つべきか

やはり和解は出来ないのだろうか
だとしたら、そろそろ身体が保たない

ー多々良…っ…。

「……俺のこと、殴ってくれないかな…」

十束が漸く口を開き、切羽詰まった声でそう言えば、草薙も周防も唖然としていた
まさかの頼みだが、夾架は手に息を吐きかけていた

『…遠慮なく、いくからね…?』

「……うん」

十束は来るであろう衝撃に備え、ぐっと目を閉じ歯を食いしばる
まさか本当にやろうとしているとは思わなかった
夾架は叩かれたこと、結構根に持っているのかもしれない

夾架は大きく振りかぶり、思い切り力をこめて叩こうとする

だが夾架は今にも泣きそうな顔をしていた
これから人を殴るであろう、本気の目はしていなかった

もちろん寸止め
ギリギリ触れるか触れないかのところでピタリと手を止める

いつまで経っても痛みは訪れず、十束は疑問を感じて目を開ける
その瞬間、夾架にぎゅっと抱きしめられる

『殴れるわけ…ないじゃない…っ……』

喉の奥から振り絞りだされた声は、不安や悲しみ、色々な感情を含んでいた
十束の肩口に顔わや埋め、小さく震え嗚咽を漏らしていた

改めて自分のしてしまったことの重大さに気付いた十束は、夾架を叩いたその手で夾架を抱きしめた

夾架の身体は酷く冷たくて、病的なもので、少しでも暖めてやろうと夾架をキツく抱く

何も言わずとも、夾架は十束と再びリンクさせた

深く深く、今まで以上に深い真っ白な世界へと堕ちていく

2度めでも、やはり慣れない感覚で、夾架は軽く意識を飛ばしかけていた
全く力の入らない夾架の身体を十束は抱きとめ、自分の中に流れる夾架の波長を存分に感じた

なんとも言えないこの感覚が、癖になりそうだ

『たた、ら…ごめんね、あたし…』

「いい。何も言わなくても、分かるから…俺が悪かった…」

『多々良は悪くない…いらなくなんて、ならないから…』

再び繋がったことで、今までのお互いの想いが行き来して、もういっぱいいっぱいだった
少しだけ夾架の身体に暖かみが戻ってきて、震えも和らいだようだ

「でも…痛かったよね…」

『へーきだよ…今日は、お互い様ってことで…ね…?』

だから多々良も、何も言わなくていい。
言葉にしなくとも、もちろん十束に伝わって、それ以上は十束も何も言わなくなった
ただただ抱き合って、互いを感じていた


今回は互いに折れ、この喧嘩に終止符は打たれたが、結局のところ戦う戦わない。ということについては触れられることがなかった

もう十束を傷つけたくない。
そういう想いから、今は戦いたくなかった

それでも戦わなくちゃいけなくて、自分はどう在るべきなんだ
だがこんなことを話して、また喧嘩にはなりたくない
少しだけ気がかりな面も残る結果となってしまい、夾架の心は晴れなかった

1度造られてしまった溝は、そう簡単には埋まらない



こんなことしたいわけじゃ
なかったのにな…
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