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ーあの時は、このまま死んでしまえたら。そう思っていたけど今はそんなこと思ってない。
こんなとこで死にたくない、多々良と生きたい。

もう力も制御できる。新しい力も増えた。

戦わなきゃ。

夾架が拳に炎を灯す
赤く綺麗な炎が周辺にも広がる

”戦ってほしくない”

いつか十束と喧嘩した時に言われた言葉
ふと頭の中に浮かんできて、それを思った途端に、夾架の炎は消えてしまった

ー嫌われたくない…。
だめ…あたし、戦えないよ……。

戦わなきゃやられるって分かっているのに、十束に嫌われるのが怖くて、いつのまにか戦いを酷く恐れるようになってしまった

夾架が炎を灯したとき、今まで反撃してこなかったのに、と男は少し焦っていた
しかしすぐに炎が消え、男は更に口角を釣り上げた

「どうした、反撃しないのか」

『けほっ……た、たら…っ、た…す……けて…』

必死で繋いでいた意識も、視界に黒い霧がかかってきて途絶えそうになった
本気でダメだと思ったとき、何かがこちらへ飛んでくるのが見えた

「誰だ!!」

男が叫んだ途端、地面に突き刺さっている何かが、赤い炎を灯した

ーこれは、猿比古の炎…?

ゆらり、ぶわり、次第に炎は大きくなり、夾架には熱さもなにも感じられなかったが、男が熱がり、慌て始め、解放され男は飛び退いた

その炎のおかげで首を絞める拘束がなくなり、一気に酸素が体内へと入っていき、夾架は吐き気と咽せに襲われ、力なく地面に倒れる

『ゲホっ…ごほ、うっ……ゲホっ、ゲホっ…』

苦しくて、片手で喉を抑え、なんとか落ち着けようとし、もう片方は力なく握り拳を握る
何とか起き上がろうとして手足に力を入れるが、上手く力が行き渡らず、夾架の身体は冷たいアスファルトに伏したまま

それでもなんとか状況を掴もうと思って、夾架は首を動かした

「大丈夫っすか!夾架さん!」

『あ……っ……八、田…猿、比古…』

心配そうに自分の顔を覗き込む八田面持ち、そして凛々しい伏見の後ろ姿
やはりこの2人か。と夾架は思い、ホッと一息をつく

助かった。これで死なずに済んだ
でも、自分で自分を守ることができず、他人に助けてもらってこれでいいのか。と考えると少し複雑になった
だが生きてる、それだけでよかった

八田に身体を起こしてもらい、改めて辺りを見渡す

伏見のナイフが数本地面に突き刺さっており、これ以上近づくなと言わんばかりに狭い路地裏を二手に分担していた
向こう側には男が2人
こちら側には夾架、伏見、八田の3人

どちらが有利かなんて、そんなもの分かりきっていた
それでも男はひかないらしく、身構えていた

でも、何が出てくるかはわからない
もしかすると、伏見と八田では適わない相手かもしれない

ーあたしも、戦わなきゃ。

やっぱり守られてるだけなんて嫌だし、心配だ
固く決意をし、立ち上がろうとした時、頭部を貫くような激しい痛みに襲われ夾架は呻き
その身体は力なく八田にもたれた

「夾架さん…?大丈夫っすか、夾架さん!?」

『うっ、うぅ…いた…っ』

夾架の身体を八田は抱きしめ、心配そうな声音で夾架の名を呼び続ける
自分の名が呼ばれているのは分かっているの
しかし、段々と八田の声が遠ざかっていく
耳鳴りの音が大きくなっていき、それで周りの音がかき消されていく

夾架の意識が遠のいていっているのが、八田にはわかった

何かに怯え、苦しみ、辛そうだ
そんな夾架を安心させてやるべく、八田は声をかけてやる

「あんたのことは、俺らがぜってー守る。なあ猿比古」

『で、でも…』

「当たり前だ。ケガ人は黙って見てろ」

「だってよ。だから安心しろよ、夾架さん!」

いつになく男らしく優しい八田の言葉にホッとしたのか、夾架はゆっくりと目を閉じ、なんとか保っていた意識を手放した

ー最近よく夢を見る。
昔のことだと思われる夢。
思い出したくないのに、何度も何度も見てしまう。
ただ、毎回違う夢。でも、苦しいことには変わりない。

これが夢ならいいけれど、妙にリアルで、
いつもみたいに外側から見ているんじゃなくて、痛みも鮮明で、夢の中の自分は本物で、現実なんじゃないかと思ってしまう。

ただただ昔の夢を見ているのなら良かった。
何故よくないか、これが昔の夢なのか、そうじゃないのか、断言できないから。

ここがあたしのもといた施設で、あたしが体験してきたようなことを同じようにされているから、きっと昔のことなんだろうと思う。

施設を抜け出す3ヶ月前の、17歳の後半から18歳の前半、丸々1年の記憶が自分にはないらしい。
記憶をなくす前、実験で相手をした、凶悪なストレインの能力のせいかな。
他人の記憶を操作できて、よくわからないけどあたしの記憶もなくなっていた。

失ってしまった記憶、その間どんなことがあったのか思い出せないし、思い出そうとする度、頭が痛くて痛くてたまらなかった。
だから、記憶がないことを記憶から消して、あたしは生きてきた、

思い出してしまったら辛いだけなのは分かっているから。

でもどうして?どうして今更夢を見るの?
本当にこれが、あたしの無くしてしまった記憶?
思い出させようとしているの?

あたしには、辛くて苦しい記憶なんていらない。
ただ、楽しい思い出だけあればいい。
昔のことなんて早く忘れたい。

もうあんな風になりたくない…
いやだよ…

「夾架さん!夾架さん!」

何度目かの八田の呼びかけに夾架は反応を見せた

『ん…や、た……?』

「ケガないっすか?っていっても、俺らが来た時にはもう…」

『大丈夫…生きてるから…』

目を覚ました時、路地の入り口にほど近く、戦いにはギリギリ邪魔にならなそうで安全であろう離れた場所で、夾架は壁にもたれて眠っていた

目覚めても尚、震えが止まらず、頭痛もやまず、夾架は苦しげに眉を寄せた

「大丈夫じゃねーだろ…」

『大丈夫だよ……』

どう見ても大丈夫そうではなく、八田は小刻みに震えてる夾架の手を強く握った

対して寒くもないのに、大きく震える夾架の身体
手を握ったことにより、ダイレクトに八田に震えが伝わり、夾架につられ、八田の手も動いてしまう

更に強く握っても、夾架の震えが止まることはない

「くそ…どーしたらとまんだよ…」

『わか…なっ…い』

八田は仕方ないと言わんばかりな顔をし、ハァ…とため息を吐いたのち、夾架の身体を抱き寄せ、再び強く抱きしめた
先程は成り行きだったが、今度は成り行きでもなんでもなく八田に抱きしめられたので、夾架は驚きを隠せなかった

『や、やた…へーきなの…?//』

いつもなら触れることすらしないのに、顔を真っ赤にして、下手したら失神するのに。
どういう風のふきまわしなんだ。

「なんか、あんただけ平気になったみたいっす。ってかよ、夾架さんくそ強いから、女じゃないって思えばなんともないっすよ」

『………ひど』

「ははっ、冗談っすよ」

ちゃんと女だってわかってるし、本来なら近づくことすらダメなのもわかってる
だが先程の思い切った行動のおかげで、おそらく夾架へのみ耐性が出来たようだ

2人で軽く笑いあっていると、チッという伏見の舌打ちが聞こえた
伏見はどうやら機嫌が良くないようで、八田が首をかしげると、伏見は口を開いた

「なんで戦わないんですか?」

突然投げかけられた質問に、夾架は息をつまらせた

「たかたが首絞められたぐらい、貴女にとっては、なんでもないはずじゃ。俺たちの助けがなくても、あんな奴らなんか簡単に潰せたはず」

やはりこれを、伏見が聞いてくると思った
勘が鋭くて、頭が良く、目ざとい伏見は、的確に図星をついてくる

伏見はあらゆる場所にささっているナイフを回収し終えると夾架を見つめた

反射的に目をそらしたくなったが、あまりにもまっすぐな伏見の目にとらわれ、夾架は硬直した

「猿、さすがの夾架さんでも、押さえつけられて首絞められたら…」

「相手はストレインでもなんでもなかったろ」

「でもよ…」

「片方の手でも空いてたら十分だろ。それに、首絞められるよりも危険な経験、たくさんあるだろ」

「おい猿、それ以上は…!!」

八田でも、伏見の言いたいことはわかった
でもそれを口に出してしまったら、夾架が傷ついてしまうことは分かった
現に、夾架の震えも増しているし、表情も険しくなっている

八田が批判の声を上げた途端、夾架は八田の手を握る
口で済まないなら、八田は手が出てしまうから

『八田、猿比古の言う通りだからいいの…。今までもっと苦しい思いもしてきたし、何度も死にかけた。でも生きてる。さっきだって、本当は戦えた。でも……』

「…でも?」

こんなことを言ったら笑われてしまうだろうか

『…あたし、多々良に嫌われるのが怖いんだ』

「十束さんに?」

『うん。あたしは多々良がいないと生きていけないから。多々良に嫌われて、突き離されたらあたしは死ぬ。あたしが生きるための利用にすぎないって思われるかもだけど、そういうの抜きであの人のこと大好きで、必要としているの』

今十束に抑えられてる力は、なくなったりしない
初めて繋がったあの日から、今までの力は必ずどこかに眠っている
十束と離れてしまったら、その力が夾架に戻ってしまう
莫大なエネルギーが夾架の身体に流れてきたら、能力を溜めておく器がないので、それを放出するしかない
もしかしたら、迦具都クレーターのような事件を起こしてしまうかもしれない

かといって、最初から十束と繋がっていなかったとしても、今頃はきっと、心も身体も限界が来ていただろう

自分の身のことは、自分が一番わかっている
だから二度と、十束と離れちゃいけない

十束と夾架の力の関係については、先日説明されたばかりなので、2人にも話はわかる
前まではわからなかったが”十束のせいで夾架は死ぬ”ということは、改めて聞いて、なんとなく分かるのだ

「戦ったら十束さんに嫌われるんですか?」

『うん…』

以前、十束と大喧嘩した時のことを思い出し、それを2人にポツリポツリとゆっくり言葉を紡ぎながら説明した

大方説明し終えると、八田が不思議そうな面持ちで口を開く

「夾架さん、それは違うっすよ。十束さんは夾架さんにケガして欲しくないから、無駄な戦いをしないて欲しいってことっすよ。ケガされたらそりゃ心配ですよ。だから戦わないでケガしてたら、逆に悲しむんじゃないっすか?」

『……………』

これについては深く考えたことがなかった
仲直りした時、その時はただただ十束を傷つけたくない一心で、戦わないと勝手に決めた

戦ってほしくないなら、戦わない。そう自己解決したのだが、八田の話を聞いて、また違った解釈もあったのだと知った

それでも、十束に嫌われるのが怖くて、考えがわからなくて、頭がパンクしそうだった

『…あたし、どうしていいかわかんないよ……』

「十束さんとよく話し合ってください。とりあえず、ここにずっといてもなんだし、帰りましょ。サツにもちゃんと連絡してあるんで、こいつらほっといても大丈夫です」

「バーより家のがいいだろ」

「そーだな」

とりあえず家に帰る事が先決だと判断し、伏見に家へと送ろうの提案され、頷いた八田は抱きしめたままの夾架を解放し、かわりに背中を差し出した

『……歩けるよ?』

「そんなやせ我慢しなくていいっすよ」

夾架が嘘をついているのなんて丸わかりだった
ケガもしているし、やはり震えたままだし、顔色も悪く、とても歩けるようには見えなかった

「サツが来る前に行くぞ。早くしろ」

「そーっすよ!早く行かないと事情聴取とかめんどいじゃないっすか!俺の事は気にしなくていーから」

『………ごめんね』

2人に後押しされ、夾架は甘えることにした
おずおずと八田の背に乗ると、軽々と立ち上がってしまい、意外と力あるな、とか、背中広いな、とか、暖かいな、等と色々なことを考えているうちに、疲れているのかいつの間にか寝てしまった

とりあえず住所は教えたから、なんとかなる。と非常に申し訳ないが、2人に任せてしまった
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