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「落ち着いて聞いてくれ。君は記憶喪失だ」

(落ち着くも何も、いきなりそんなこと言われてもなあ…)

2日前、約3日ぶりに夾架は目を覚ました
それから、身に覚えのない質問をたくさんされた
時を遡るようにして質問されていたようだが、夾架には訳がわからなかった
だが、質問を重ねていくうちに、答えることが出来る質問がでてきた

そして、突然告げられたのだ

それから、どのくらいの間の記憶がない。だの、記憶を失ってしまった経緯などを話された
それでも、信じられるはずがなかった

元々外に出ないので、今が一体何年の何月何日か。なんて、日頃から正確には把握していなかった
それに加えて、窓も時計もないので、今が昼か夜かも、職員の動き等を見て、自己判断するしかなかった

自分は今は17歳。と思っていても、実際には18歳らしいし、いつのまにか自分の知らないうちに時が進んでしまっていたそうだ

否、知らないうちにではない、
忘れてしまっただけなのだ

全く実感がわかない
変だな、と思うことと言えば、好んで伸ばしていた髪が短くなっていること、今自分がいるベットの脇の椅子に座る人、初めて見る顔だった

大方のことは話してもらったので、もう聞くことはない。と思ったが、気になることが1つあったのでそれを聞いてみる

『1年の間、私はどうしていたの…?』

男は沈黙ののち、答えた

「自ら進んで我々の研究に協力していたよ。君があまりにも優秀だったから、色々と研究の成果が得られた」

『…………そう』

どうして男が黙ったのか分からない
男が言っていることが本当なのかも分からない
もしかしたら嘘をつかれてるかもしれない
だが記憶を取り戻したいなら研究員に聞くしかない

自分で思い出そうとすると、頭が痛くてたまらない
記憶が霧に覆われていて、何も思い出せない

強力なストレインの能力によるものだから、そう簡単には戻らないと言われた

(……どうしたらいいんだろう)

思い出すべきか。それとも
過去の記憶が苦しくて辛いもの。ということは想像がついた

どうしようか悩んでるうちに、夾架は、この施設の最下層の実験室を上から見渡せる指令室へと自然と足を運んでいた

小さな部屋だが、その部屋にはびっしりと機械が置いてある
いつもここから下の実験室へと指示を出しているんだ
そして、機械の前は一面ガラス張り
実験室は薄暗くて、ここからだとそれなりの高さがあるので、あまり見たくはなかった

今行っている実験もなく、幸いここらに人はいないので、病室を抜け出したことはまだバレてないだろう
先ほどまで自分を繋いでいた管と離れ、そのせいか気分も悪くなってきた
体調はまだ万全ではないのだ

そろそろ戻ろうかと振り向いた時、何かが頭の中に浮かんだ

『っ…なにこれ…』

何かの光景が場面場面で頭の中に流れ込んできて、ここで以前何かを見た。ということは理解できた
しかし、それは黒い霧に覆われ、何かはわからない

わからない。けど、知ってる気がした
何か、忘れちゃいけない、大事なものを見た気がする

でも、思いだそうとする度に、直接脳が痛み、頭を貫かれているかの様な激しい頭痛に目眩がした

『うっ…だれ、か…』

苦しくて、痛くて、自分じゃどうにもできなくて、夾架はその場に崩れ落ちた

ー私は、何を忘れてしまったの?
わからない、怖い、痛い…。

ーーーーー

昔の夢を見たとき、途中で目を覚ますことはない
必ず、区切りがいいとこまでいかないと終わらない
一体、どれくらいの間、寝てしまっていたのだろうか

「目、覚めた?」

暖かな手が頬を撫で、夾架はゆっくりと瞬きをして、視線を移動させた
すぐに状況を理解することができた

ここは自分の家、自分の部屋、自分のベッドの上
そしてそのベッドに腰掛け、心配そうに自分の顔を覗き込んでいる十束の姿

「大丈夫?」

『……へー…き』

掠れた声で夾架がそう言えば、十束は安堵の息を漏らした

『手、ずっと握っててくれたの…?』

「うん、凄く苦しそうだったから。どれだけ呼んでもどれだけキスしても起きないから、何か少しでも力になれるかなって」

『そっか……。って、キスって、なにしてるのよ』

冷静に十束の話を聞いていたが、途中でおかしな単語がちらついたので、夾架は黒いオーラを醸し出しながらむくりと起き上がり、十束の頬をつねった

頬をつねられた十束は痛さのあまりに涙を浮かべながら、弁解をはじめた

「だ、大丈夫だよ、フレンチだもん」

『そういう問題じゃない、おバカ』

まさかの回答に夾架は半ギレ
更に夾架は十束の頬を抓り、ぶすっと頬を膨らませながら顔を赤くしていた

「だって、白雪姫も、眠れる森の美女も、王子様の口づけでお姫様は目を覚ますでしょ?別に自分で自分を王子様って例えてるわけじゃないけどさ」

『白雪姫…?眠れる森の美女…?』

夾架は聞いたことのない単語に戸惑い、首を傾げ、手を放してしまった
戸惑っている夾架を見て十束は、優しい笑みを浮かべ、ふわりと優しく夾架の頭を撫でてやる

「そっか、知らないのか。その2つは童話でね、さっきいった通り、目を覚まさないお姫様に王子様が口付けをしたら、お姫様は目を覚ました。っていうシナリオがあってね、結構有名な話なんだよ」

『そんなお話あるんだ。…面白そう』

「とっても面白いよ。今度読んでみよっか」

『うん。楽しみ』

気持ちよさそうに頭を撫でられながら、十束につられて笑えば、十束の表情が少し変わった

『多々良…?』

夾架が少し身を乗り出して、十束の顔を覗き込めば、十束は少々強引にだが優しく夾架を抱きしめた

「元気そうで安心した。…ほんと、あのまま目覚めないんじゃないかって思った」

『……えへ』

「えへじゃないよバカ夾架。八田と伏見から色々聞いたよ」

『…………ごめんなさい』

優しかった声音が、段々と悲しみがこもった切ない声音へと変わっていった
夾架は後頭部を抑えられ、十束の胸板に顔を埋めたまま、上げることが出来ずにいた
なので、今、十束がどのような表情をしているのかわからなかった

悲しませていることは分かる
とりあえず罪悪感に満たされた夾架が謝ると、十束は更に夾架をキツく抱いた

八田と伏見から色々聞いたというのなら、怒られるんだろうと覚悟はしていた
だが、夾架の予想を遥かに超え、十束が怒るということはしなかった

「俺が夾架のこと、傷つけたんだよね。俺があんなこと言わなかったら、こんなにも怪我しなかったよね。
首筋の切り傷は浅かったよ。でも腕の切り傷は深かったのと、首の手痕はくっきり残ってる」

『そっか…』

いつのまにか手当をされていて、痛みはわりかし引いていた
十束なのか、八田伏見なのか
そもそも、住所は教えたけど自分で鍵を開けた記憶がなく、どうして十束がいるのかもよくわかっていなかったけど、十束に連絡して来てもらって、後はお願いした、というところだろうか

「俺がついてれば…、それか俺があんなこと言わなければ…」

”あんなことを言わなかったら”
と聞くのは2回目だ
何のことかはよく分かっていた
ずっと聞けなかったことなのだが、今ならきっと聞ける気がした

『…あたしバカだから、多々良が言ってたこと、キチンと理解できてなかったみたい。だから、教えて?』

今までどうして言えなかったのかが、不思議なくらい、言葉がすっと出てきて、十束に問いかけることが出来た

あとは十束の返答次第

「俺は、夾架に戦って欲しくない。その気持ちは今も変わらない。
俺の説明不足だったのがいけなかったんだけど、無意味な戦いをしないでほしいってことなんだ。戦わなくてもいいときは、戦わなくていいんだよ。
…でも、俺たちが吠舞羅である限り、命を狙われることは多々あるからね。
今回みたいな危険な時は戦って、身を守って。こっちから喧嘩ふっかけて戦いになるようなことも絶対避けて。
夾架が傷つくところはもう絶対に見たくないんだ。
…これで、分かったかな」

『うん、分かった…。なるべくあそこ行かないようにするし、今度から絶対そうする、
そうしたら…あたしのこと嫌いにならない?ずっとずっと、好きでいてくれる…?』

ようやく十束の口から真実を聞き、胸のつっかえが取れ、非常にスッキリした気になり、そこまで自分のことを考えていてくれたのだと理解した途端、十束への愛しさが何倍にも膨れ上がった
それと同時に、十束がいなくなることが怖くなった

「大丈夫、俺は夾架のこと嫌いにならないよ、絶対に。いなくなりもしないよ。ずっとずっと傍にいて、俺が守ってあげるから」

『…ありがとう』

「本当にごめんね」

『ううん、大丈夫だよ』

夾架の不安な気持ちを知っている
八田に聞く以前から、ずっと知っていた
でも、十束自身がそのことについて、どう触れていいかわからなかった

今まで逃げていたのかもしれない
だが、逃げているだけじゃだめなんだ

今回のようなことがあって、改めて気付かされ、やはりまだ甘いんだと思う
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