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「最近はどや?元気か?」

『おかげさまで、最近はすごく調子がいいんだ』

「そう言っていっつも無茶ばっかして、すぐ体調崩してたけどな」

『今回はホントだよ!ホントに元気なの!だから暫くはへーき』

確かに夾架の言う通りだ
ここ1ヶ月程はずっと良好な状態が続いてきている
今回は本当だ、と言っているということは、今までのへーきは嘘だったのか、となるが、まあそこは敢えて突っ込まずに、夾架の言葉を信じてみようかな

だが、暫く。という所は触れざるを得なかった

『いつ何が起こるか、わからないからね…でも、大丈夫!』

草薙がどうしてかと訪ねようとする前に、夾架は自ら答え、また草薙に向けて笑みを見せた
だがその笑みには、悲しみを含んでいる儚い笑みともとれた

「十束とは、上手くやってるんか」

『うん。…あたしの力は、益々大きくなってると思うんだ。でも辛さはかなり減ったよ。それと同時に、多々良との繋がりもどんどん深くなってる』

「リンクは外せるんか?」

『そこは何の変わりもない、普通に外せるよ。でもリンク外さなくても、他の人の心を詠む事出来るし、強い空気操作も出来る。あたしの意思で、能力を強弱つけて使うことが出来る。まあ、出しすぎちゃうと制御きかなくなっちゃうかもだから、セーブはしてるんだけどね』

今までは繋がったままだと、微弱な力しか使えなかった
しかし数ヶ月前からふとした時に、繋がったままでも強い力が無意識に出たりしていた
以前伏見に触れた時に、心を詠んでしまったのもそうだ

それから月日が経って、いつの間にか説明した通りに変わっていた

「でも、なんでかは分かってないんやな?」

『詳しいことは、ね。多々良といる時間が増えて、より気持ちが通いあった。って言うのが理由なのかな。
でもどうして、多々良があたしの能力を抑えられるのか。っていう肝心な所は一切分からないままなんだよね』

いつ考えても、どれだけ考えても、手がかりになる事さえ見つからないので、この事については最早考える事を放棄していた

だから夾架は、あははーと苦笑いをしながらこの話を流した

「あははーって、呑気やなー」

『まーねっ、いちいち細かい事気にしてたら、楽しいのも楽しくなくなっちゃうし。
それに、多々良と一緒にいられるなら、なんだっていいんだ』

「……そか」

夾架が気にしてないのなら、自分がとやかく言っても、考えても無駄だと思い、軽めに返事をして、この話を完全に終わりにしようとした

やはりこの話は、簡単にするもんじゃないと思う
草薙らには、踏み込むことが出来なくて、でもたまにこうして確認して、上手く言ってないのなら潤滑油として、上手く2人の関係を保つ手伝いをしなければならないと使命感に囚われていた

難しい問題ではあるが、こうして気にかけてくれる草薙の気遣いが嬉しくて、胸の内がじわりと暖まるのを感じた

『ありがとう出雲さん、出雲さんの優しさには何度も救われてるね…』

「当たり前やろ、仲間なんやから。いきなりどうしたんや」

唐突に、予想もしてなかった感謝の言葉を述べられると、さすがに驚いた
それよりも、何故そんな事を言い出したのかが不思議だった

すると夾架は、少しの間をとってから、静かに口を開いた

『…丁度、1年前の今日。施設を飛び出して、多々良に拾われて、ここに来て、尊にクランズマンにしてもらった』

夾架の言葉に草薙はハッとし、壁にかかったカレンダーを横目に見た

「……もうそんなに経ったんか、早いな」

『うん。明日は多々良と初めて繋がって、それから出雲さんの家に泊まった。
明後日は、施設に戻ってケリつけて、こっちに帰ってきて、多々良と付き合い始めた日。
凄く大変な3日間だったけど、この3日間があったから、あたしは今ここにいられる。
こんな風に思い出話ができるのが本当に嬉しい、1年前のあたしには、こんなの想像できなかった。だから尚更嬉しい』

1年、長いようで短くて、あっという間で、その1年の中にも色々あったが、どれも大事な思い出となって、夾架の胸の中にある
本当に本当に嬉しくて幸せだ、と夾架の表情に現れていた

よく笑うようになったが、今日ずっとニコニコしていたのは、これか。と草薙は納得した

『みんなのおかげで今が楽しい。多々良、出雲さん、尊には特に感謝してる。これからも、この幸せな時が続いて欲しいな』

「せやな、続くとええな」

『うん!』

本当に楽しそうだ

吠舞羅発足時は3人だった
そこに夾架が入ってきた事によって、色々変わった事もある
だから草薙も、夾架に感謝している

知り合い3人でのチームに、関わった事の無い女の子が入ってきた
夾架が入ってきてなかったら、もしかしたら今も3人のまま、誰も受け入れず3人だったかもしれない
夾架が入ったからこそ、他人を受け入れる事を知り、ここまで仲間が増え、強いチームが出来上がったのかもしれない

そういう面だけでなく、夾架という女の子と知り合い、楽しく過ごせた事も、良かったと思っている

夾架がここに来て、マイナスになった事なんて一つもなかった

『そろそろ休憩、終わりにしよっか』

心がかるくなって、とても気分が良かった
夾架の提案に、草薙はせやな。と頷き、少々重たくなった腰をあげた

このまま座って話をしていたら、完全にリラックスモードに入ってしまい、仕事モードにスイッチの切り替えがで出来なくなってしまいそうだった

危ない危ない、と自分の心に鞭を打って、仕事モードへとスイッチを切り替えた

『多々良、起きて。時間だよー』

「さっきは起こさへん言うてたのに、起こしてまうんか?」

『うん、元々この時間になったら起こす予定になってたから大丈夫』

夾架は十束の肩を優しく揺らし、安心しきった顔で眠りについている、十束の意識をコチラへと呼び戻そうとする

十束は少し身じろいだ後に、反応を示し、のそりと起き上がった

「んー……おはよ…」

寝起き特有の掠れたテノールボイス
本人曰く眠りは浅いほうなので、寝起きはいい方だ。という十束は、自分の顔を上からのぞき込む愛しい彼女の顔を認識すると、ふんわりと微笑んだ

『おはよう。早速だけど、店の開店準備するから手伝って欲しいの』

「りょうかいりょうかい。よっこいしょー、ありがとね。痺れちゃった?」

寝起きのところ悪いが手伝って欲しいと頼めば、快く承諾し、よっこいしょと歳に似合わず声を発しながら上体を起こし、枕替わりにしていた夾架の太ももを気遣いそっと撫でた

『全然大丈夫だよ』

サラサラな髪の毛に擽ったさは感じていたが、痺れは感じていなかったので、立ち上がった十束に続いて夾架も立ち上がる

そしてトップスの袖を捲し上げながら、カウンター内へと入っていく

『多々良は掃除して。あたしは洗い物するから、出雲さんはそれ拭いて磨いて』

「ほなやるか」

「いや、俺が洗うよ。だから夾架が掃除して?」

夾架が左手首の包帯の留め具を外し、包帯を2巻ほど外した時、十束からストップの声がかかる

「水仕事は男の俺に任せて。手荒れちゃうし……イヤでしょ?」

『ごめん、ありがとう』

すかさず十束は、慣れた手つきで優しく包帯を巻き直してやる
そんな2人の行動を見て、草薙はふと疑問に思う

「包帯やなくて、リストバンドとかじゃダメなんか?」

『うん、そうしようかなって思った事あるんだけど、やっぱりリストバンドじゃ隠しきれないくらい多くてね』

「そうか。いらん事言うて嫌な思いさしてしもたな。堪忍な」

『ううん、気にしてないから出雲さんが謝る必要ないよ』

全然気にしてない。
それが夾架の本心であってもなくても、心配はかけたくない

心配をさせる前に、その場から去ってしまおう、という事で、夾架はそそくさとモップを取りに店の奥へと入っていった

「大丈夫。今の夾架はそう簡単には壊れないから」

「せやなあ。ほんま、これが続いてくれたらええんやけどな」

なにか嫌な予感がしなくもない
大丈夫な状態が続くと言いきれない
だが、十束にはどこからか湧いてくる自信があった

夾架を1番に理解をしているであろう十束が、そう言うのであれば信じるしかなかった

そんな会話をしているうちに、夾架が戻ってきてしまい、怪しまれないようにと、十束も草薙も各々の仕事を始めた

『多々良、布巾濡らしてちょーだい!』

「りょーかい。ちょっと待ってね」

『こっち順調だから、それ終わってからでいいよ』

モップをかけ終わったので、次はテーブルを拭くべく、十束に布巾を濡らして貰えるよう頼んだ
だが十束はまだ洗い物を終えてなかった為、夾架は待つことにした

シンクの目の前のスツールに座り、ジーッと十束の洗い物の様子を見ていた

機嫌よく鼻歌を歌いながら、首を右に傾け、左に傾け、とゆらゆら揺らしながら、十束の手元から視線を顔の方へと上げていくと、何かに気づいたのかあ。という声を漏らした

『今更だけど、多々良っていつピアス開けたの?いつか聞こうと思ってすっかり忘れてた』

「んー、中学卒業してすぐだったかなー」

ライトに反射してキラキラ光っていて綺麗だったので、夾架の目に留まったのだ
そして、前々から思っていたことを思い出して口にした

『開けた時、痛かった?』

「そうでもないよ、興味あるの?」

『うーん、かっこいいなって思ってさ、実はちょっと開けてみたいなーなんて思ってたり、思ってなかったり。かな』

耳たぶに開けている人はよく見る
吠舞羅のメンバーの中にも大勢いる
が、軟骨に開けている人はまだ十束しか見たことがなかった

ピアスという存在自体を今まで知らなかったので、この1年に身につけた新しく浅い知識なので、興味津々だった

本音を言えば、かっこいいから。ではなくて、十束が開けているから、真似をしたかった

「そういえばキングと草薙さんは開けてないよね〜」

好きそうなのに。
と2人は揃って思った
しかし十束が言った通り、2人の耳にピアスの穴は1つもなかった

「痛くない言うても、体に穴開けてるんやから痛いに決まってるやろ。俺は痛いの嫌いやねん、痛み伴ってまでオシャレなんてしとうないわ。
尊は手入れとかめんどいだけやろ、その代わりにシルバーアクセじゃらじゃら付けてるんや」

「えー、人それぞれだよー。俺はそんなに痛くなかったし」

「お前がアホで鈍いだけやろ、騙されたらアカンで」

「ひどいなぁー……」

2人の会話が面白くてついつい黙って聞き入ってしまった
カウンターに頬杖をついて、脚を軽く遊ばせながら、変わらず十束のピアスを見つめていた

痛い。といっても、きっと大した痛みじゃないんだろう
もっと痛い経験あるし。なんて思い、願望を口に出してしまえば、それを望む一方で、余計に開けたくなったのだ

十束と同じようにピアスをつけれたら
もっともっと、彼に近づけるかもしれない

「はい夾架、濡らしたよ」

『ありがとー』

洗い物に区切りがついて、ようやく布巾を濡らしてもらった夾架は、テーブル拭きに取り掛かった

「せや、ピアスって色んな意味があるんよな」

『そーなの?どんなのがあるの?』

「そーやなー……」

さっそく食いついてきた夾架
もちろん手を動かしながら
草薙も詳しい知識を持っているわけではないので、曖昧になった部分をなんとか思い出しながら話し始めた
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