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夾架は、先程セットしたばかりの髪が乱れるのを気にしてなんかいられなかった

一大事なのだ

約束の時間は10時
只今の時刻は10時10分
所謂、遅刻である

待ち合わせ場所は、オーソドックスで待ち合わせの定番である駅前の犬の銅像の前
様々な人が待ち合わせ場所に指定する名所であるため、今も人で溢れかえっていた

彼の事だから遅刻なんてするわけがないので、この人混みの何処かしらにいるはず
しかし、彼を見つけるのは容易だった
この人混みの中にいても、彼の存在は一際目立つ
他の人とオーラ自体が違う

そういった感覚に長けた夾架は、改めて彼の凄さに参ってしまう

既に約束の時間を過ぎているが、1分1秒でも早く彼の元に行かないと申し訳ないので、夾架は人混みを掻き分けて彼の元へとたどり着く
15分も遅刻してしまった

『遅くなってごめんなさい…礼司さん』

宗像はその場に佇み本を読んでいた
夾架に声をかけられるよりも早く、夾架が到着した事に気付くと、本を閉じて鞄にしまい、優しい笑みを浮かべて夾架を出迎えた

「おはようございます。…おや、寝不足ですか?少々疲れ気味のようですね」

『夜中に色々あって起きちゃって…。その後寝たんですけど、あんまり寝た気がしなくて、で、寝坊しちゃって…。ホントごめんなさい』

「いえ、構いませんよ」

夾架の遅刻を一切咎める事をしなかったので、余計にバツが悪くなってしまった
そして立っているだけでも優雅で格好の良い宗像と話していると、なんだか緊張してしまう
やはりこの人は、他の人とは何か違う

「折角の髪型が崩れてしまってますよ」

『あ、ありがとうございます…//』

とにかく急いでいたので、ヒールである事も気にせず全速力で走ってきたので、宗像に指摘され直されるまで気が付かなかった

「今日はまた一段と素敵ですね。いつもの髪型も良いですが、このようにふんわりと巻くのも中々似合いますね」

『本当ですか、良かったです//でも、遅れちゃって本当に本当に申し訳ないです』

「先程も申しましたが、全然構いませんよ、気にしないで下さい。そんなお顔をしていると、せっかくの貴女の可愛らしさが台無しになってしまいます。ですからいつもの笑顔でいてください」

『わかりました、気にしませんっ!』

今回夾架が寝坊したのは、十束が使った薬のせいだ
飲ませた時間が遅かった為、思ったよりも起きるのが遅かった
もちろん起こそうとは試みたが、昨夜の行為やその後の疲れが出たのが、眠りが深く起きなかった

なので起きるまでに夾架の着る服をコーディネートしておいたり、ヘアセットやメイク等もすぐに出来るようにセットしたり、軽食を用意したりと、色々と準備をしながら夾架が起きるのを待った

そして、叫び声と共に寝室から飛び出してきた夾架の元気そうな姿を見て十束は安心したが、何で起こしてくれなかったの!と泣きつかれ、激しく肩を揺さぶられ責められた
ちゃんと起こしたよ。と言って宥めても、起きるまで起こしてよ!!と無理難題を言われてしまい参ってしまった
寝坊の理由を知っていたので申し訳ない気持ちになったが、本当の事は言えないので、ゴメンゴメンとひたすら平誤りして、夾架の身支度を手伝うことで罪滅ぼしとした

夾架が朝食を食べている間にメイクと、髪をコテで巻いた
ただひたすら夾架の準備を手伝ったが、起きた時間が時間だったので間に合わなかった

怒られる事を覚悟していたのだが、予想とは裏腹に全くと言っていいほど怒っていなかったので、気にするなという言葉に甘えることにした

「さて、行きましょうか」

『そうですね!…映画、時間大丈夫ですかね』

「ええ、大丈夫ですよ。ですが、少しだけ急ぎましょうか」

『ほんとすみません…』

先に歩を進めた宗像に遅れをとってはいけないと、夾架も歩きだそうとした時、一連の緊張からか脚が縺れて、先に踏み出した足に後から出した足を引っ掛けてしまった

(……あ、転ける、やってしまったー!!)

もう回避できない
遅刻した挙句に転んで無様な醜態を晒す事になるなんてとことんついてない日だなと思った
そんな事を考えながらやってくるであろう衝撃と痛みに備えぎゅっと目を閉じた

『あ、れ…痛くない……?』

硬い地面の感触ではなく、何か柔らかいものにぶつかった感覚がした

「大丈夫ですか?」

すぐ近くで宗像の優しげな声が聞こえ、全身の血の気が引いていくのを感じた
まさかと思いながらおそるおそる顔を上げてみると、整った顔がすぐ側にあった

(あぁバカ夾架…何やってんのよ…)

だったら地面にぶっ倒れた方がマシだった
こんなにも素敵なお方に、自分なんかを抱きとめて貰って、申し訳ないにも程がある
こんなにも不幸が重なるなんて、絶対占い最下位だった違いない

「すみません、私が急ごうと言ったばかりに」

『いっ、いえ、今のは完全にあたしが悪いです、あーもう恥ずかしい、ほんとごめんなさい…///』

あたふたと慌てながら離れ、ごめんなさいごめんなさいと頭を下げて謝りながら赤くなった顔を手で覆い隠す夾架が可愛くて、つい口元から笑みがこぼれた
宗像は転ばないようにとエスコートする事を決め、夾架へと手を差し出し、夾架はその手をおずおずと取り、2人は再び歩き出した


推理もののサスペンス映画を観ることが今日の目的であった
上映になんとか間に合い、飲み物を購入し、運良く最後列の中央が空いていたのでそこを選び、2人は席についた

「そう言えばですが、他の男と2人で出かけるなんて言って、反対されなかったのですか?」

『多々良がですか?』

「はい、そうです」

『全然怒らないですよ、ちゃんと分かってくれてます。楽しんでね、って言われました』

「そらならよかったです」

色々な映画の予告映像が流れている
劇場内はまだ明るく、上映までまだ少し時間があった

約束をした時からずっと気になっていた十束の反応を聞いてみると、意外な事に気にしてないようだ
彼に会った事はないが、他の男と2人で出かけるのは反対なんじゃないかと、誘った身ではあるが勝手に思っていた
決してやましい関係ではないので、まあそんなものか。と宗像は納得した

『よく映画観に来るんですか?』

「そうですね、たまにですけど。推理ものは結構好きですよ」

『へぇ〜、あたしアクションもホラーもなんでも好きで、よく観にくるんですよ。だから誘ってもらって嬉しいです』

他愛のない会話をしながら待っていると、予告映像が終わり、照明が消え周りは暗くなった

いよいよ始まる、と夾架はウキウキしていた
この映画を観ると決まってからネットでどんな話なのかあらすじを調べ、登場人物や世界観等もネタバレにならない程度に頭に入れてきた

夾架と宗像のそれぞれの隣には人がいない
周りが暗くなったので、なんとなく場内に2人だけのような感覚に陥った
やはり、宗像の傍にいると心が静まるなと、その心地良さに身を委ねた

映画が始まった
余所見をせずにスクリーンにずっと目を向けていたが、まばたきを数回行うと視界が霞んできた

(あれ…目が……)

目にゴミでも入ったのかと、アイメイクを落とさないように軽く擦ってはみたが、更に霞んでゆく
なんでだろう、と思っていると、ドクンという心臓の音がやけに大きく聞こえ、それと共に穏やかな波が体全体を一気に駆け巡り、その波に攫われるかのように夾架は意識を手放した

その様子に気付いていた宗像は、夾架の心配をする素振り等が一切なくクスッと不敵な笑みを浮かべた
自分が着ていた上着を物音を立てぬよう脱ぎ、意識がない夾架の上半身にかけてやった
そしてカップホルダーに置いてあるアイスコーヒーを啜り、スクリーンの方へと目を向けてそちらに集中した


ーーーーー

『これ以上✕✕✕達が傷つくところ、私見たくない……』

「キョウカ……」

『✕✕✕みたいに幼い子達に実験させるなんて可笑しい』

「…………」

『私が、実験全部引き受ける。そうすれば、✕✕✕達は能力制御の練習だけで済むし、制御出来るようになればここから出れるしね』

「でも…キョウカが……」

『私はまだまだここから出れそうにない、✕✕✕は早く制御覚えてこんなとこ、1日でも早く出てね。私は大丈夫だから』

「……うん」

『あたしが✕✕✕の事守るから、心配しないで』

ーーー


"私が✕✕✕の事守るから"

『お願いもうやめて。実験、全部私が引き受けるから、これ以上他の子に酷いことしないで!!』

「自分の身を投げ打ってでも他のやつを守りたいか?」

『実験で何人も死んでいるのよ。それを見て、黙ってなんていられない』

「力がないから死んでしまうのだ」

『私には力がある。私なら耐えられる』

「実験を拒んでばかりの君に務まるのかね」

『…もう二度と拒まない、だからお願い、✕✕✕たちに手を出さないで!!』

「いいだろう、これは取引だ。今後君が、1度でも拒むような事があれば、他のストレインにも実験をさせる。それまでは君とだけ実験を行うとしよう」

『……わかった』


痛い。辛い。苦しい。
痛い!辛い!いや!!
でも、✕✕✕の為…耐えなきゃ…
✕✕✕…✕✕✕……


ーーーーー


「……さん、夾架さん」

体が揺すられる感覚に気付いた

『……あ、れ……あたし……』

閉じた覚えのない目を急いで開けると、暗かったはずの室内が明るくなっていて、スクリーンも真っ暗で、出口の方へと人々が歩いていくのが見え、本日2度目、全身の血の気が引いていく
映画が終わっているという事は、周りの状況を見てすぐに理解出来た

『寝て……ました……?』

「ええ、それはもうぐっすりと」

『うそ……楽しみにしてたのに……』

「とりあえず、出ましょうか」

殆どの人が場内から出ていって、清掃スタッフが手前の方から掃除を初めていた
夾架は立ち上がろうとすると、自分にかけられていた宗像の上着の存在に気づき、慌てて頭を下げながら宗像へと返した
宗像は受け取った上着を着直し、自分と夾架の二人分の飲み物のカップを持ち、出口へと向かい始めた
もちろんだが、夾架が購入したアイスティーは殆ど減っていなかった

『せっかく誘ってもらったのに……あらすじ読んできたのに……』

階段を降りている最中も夾架は申し訳なさそうに肩を小さくし、項垂れながら呟いていた

「今日は一段とお茶目ですね、可愛らしくて良いかと思います」

先に階段を降りている宗像が後ろを振り返る事は無かったが、凹んでいたのは見なくても分かった
宗像なりの元気づけをしてやれば、さらに夾架は項垂れた

『いや、ほんと自分が情けないです……。寝坊して、遅刻して、転んだのを助けてもらって、せっかく誘ってもらった映画で寝ちゃって……
あ……犯人誰でした?帰ったら絶対聞かれると思うんですよね。まさか寝ちゃったなんて、とてもじゃないけど言えないです…』

「犯人は田中さんでしたよ、私の推理通りでした」

『え……田中さんなんていましたっけ……』

一生懸命勉強してきた内容を頭の中で思い出してはみたが、田中という人物なんていなかったはず
もう一度考えを巡らせていると、宗像が言う

「田中さんは途中から出てきましたよ。事件の鍵を握る人物なので、あらすじにも載ってませんでした。あらすじを読んで事件の犯人を推理してきた人を大いに裏切る内容でした。推理しながら観るのがとても面白かったです」

『起こしてくれればよかったのに……』

「随分深い眠りだったので、起こしてしまったら悪いかと思いまして」

本当に勿体無い事をした
映画が始まるまでちっとも眠くなかったのに
そもそも事件が起こった事すらも知らない
序盤の序盤であろうシーンしか頭に残っていないなんて、最悪にも程がある

後ろを歩く夾架がうーん、と唸っているのを尻目に、宗像はクスリと笑みをひとつ、その整った顔に浮かべた
宗像が意味深な笑みを浮かべた事を夾架は知らなかった

『ちょっと時間すぎちゃいましたけど、お昼食べながら事件の事、詳しく教えてください』

「勿論です」

(……そういえばまた夢を見た
助けてって言ってた子と同じ声…あたしと会話してた……
でも顔とかよく見えなかったし…名前も雑音でかき消されて聞き取れなかった……)
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