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あれからどれくらい時間が経っただろうか
ふと目を覚まし、冷たくじゃりっとした薄汚い床の感触と、背後に人の気配を感じた

「夾架、起きた?」

『多々良……?』

「肩とか肘、辛くない?手首は大丈夫?」

『大丈夫、多々良ももう少し楽にして大丈夫だよ』

「ん、ありがと」

どうやら十束は反対側を向いて寝かされ、2人とも腕をクロスした状態で背中合わせになり、それぞれの右手同士と左手同士で手錠をかけられているようだった
体格差のある2人をこの様に拘束するのには少し無理がある
肩や肘の可動範囲ギリギリで、ずっとこのままの体制だとしんどくてたまらなかった
どうにか楽にならないか、更に背中を寄せて位置を調整して、1番楽な位置で落ち着く

「とりあえず起き上がってみる?体動く?無理そうだったらいいよ」

『ちょっと待ってね』

いつまでも硬い床の感触を感じているよりは、起き上がり身を寄せた方がもう少し楽になるのではと思い、十束は夾架に提案した
少し体を動かすのも、相手に声をかけて気を遣わねばならぬので大変だ

それからせーの、や、よいしょと声を出したり、もう少し引っ張って、と声をかけあってなんとか起き上がり、十束は胡座をかき、夾架は膝を床につけた女の子座りをした

『うっ……いてて……』

体を動かした事により、ズキリとした腹部の痛みを思い出してしまい、つい夾架は呻き声をもらした
忘れていた痛みを1度でも意識してしまうと、もうどう意識を逸らそうとしても痛みは慢性的に襲ってくる

背中合わせなので顔を見ることは出来ないが、夾架が顔を顰めているのは安易に想像がつくし、痛みにブルりと体を震わせたので、相当痛むのだろうと十束は理解した

「大丈夫…?」

『ん、なんとかね…。多分肋が2.3本逝ってるだろうけど……』

呼吸で胸を上下させるとそれに伴い痛みがやってきて、少しでも体を捻ると泣きそうなくらい激痛が走り、2回目に蹴られた瞬間に肋骨が折れたと確信していた
肋骨骨折は経験したことが1度あるので、おそらく確かだろう

「なんで無茶したの、何もあんなに挑発しなくたっていいのに…」

『そう思ったから素直に言ったの。言わないとあたしの気が済まなかった』

結果、十束も夾架の無茶に乗る形になってしまったので、一概に責めることは出来ないが、それでも十束は夾架に指摘をした
しかし夾架はしれっとして言い返すも、次の言葉には悲しみを籠らせていた

『同じストレインなのにどうして他のストレインを売買したり殺したり出来るんだろうね、全然わかんないや……。
…結局あたしはさ、施設から逃げ出してもこういう風に扱われる運命なのかな。
あたしのせいでみんなに怪我させて、迷惑かけちゃった……』

リンクが弱く、意思疎通が出来ていなくても、夾架の悲しみが痛いほどに伝わってきた
悲しい方向に考えてしまうのは仕方の無い事だ、気持ちも分かるが、そんな風に思って欲しくなかった

「これは夾架のせいでも、夾架の力のせいでもないよ。夾架は守るものの為に力を使う、優しいストレインだ。
そんな夾架を捕まえて利用しようとする奴らが可笑しい。だから夾架は悪くないんだよ」

『でもきっと、このこと話したらみんな怒るよ。みんなが怪我したのも、雰囲気悪くなっちゃったのも、全部全部あたしのせい。あたしもう吠舞羅にいられなくなっちゃうのかな…』

自分さえいなければ、こんな事にはならなかった。
まるでそう言っているようだった
先程も言ったが、夾架の気持ちは痛いほどに分かる
しかし自分の存在を否定する言いぶりに、流石の十束もムッとした

「夾架、本当にそう思う?そう思ってるなら俺怒るよ?」

『だって……』

怒るよ?って、もう怒ってるじゃん…。と夾架は肩を小さくしバツが悪そうに、だって。と気弱な反論を見せる
シュンと体を丸めたのが背中越しに伝わり、これ以上は怒る必要がなくなったと十束は判断して、いつもの優しく宥めるような口調に戻した

『吠舞羅はそういう所じゃないの、夾架はよーく理解してるでしょ?夾架のことみんな大事に思ってるよ。
大事に思ってる人は、夾架を批判するようなことは絶対に言わない。俺が保証する。
もしそんなこと言う人がいるなら、俺もキングも草薙さんも黙ってないよ」

『そうだといいな……』

つい先程まで行われていたパーティーでのメンバーの笑顔を思い浮かべて、夾架は祈るように目を閉じた
無事に吠舞羅に帰れたら、キチンとみんなに謝ろうと心に決めて、閉じたばかりの目を開いた

『…で?多々良はなんでついてきたの?あのまま逃げてバーに戻ってこの事伝えてくれれば良かったのに』

「なんでって、守る約束でしょ?」

十束は目を丸くして、少し呆れた声色で言った

『でも、危険すぎるよそんなの…。このまま変な所に連れていかれるかもしれないんだよ……?』

これからどうなるのか想像するだけで、恐怖がこみ上げてきて体を震わせた
それに敵の前ではああ言ったものの、十束を巻き込んでしまったことに、やはり納得がいかず、いたたまれなさに苛まれた
十束は夾架の不安を取り除くように、拘束された手でそっと夾架の震える手を握った

「俺は夾架と一緒にいれるなら、それがどんな所でも構わないよ」

「このまま殺されるかもしれないんだよ…?」

「夾架と一緒に死ねるなら本望だよー。ってのは3割冗談で、俺らがどうにかなっちゃう前に、みんなが助けに来てくれるよ。だからへーきだよ」

3割冗談ということは7割は本気なのか
シリアスな雰囲気で夾架は話しているのに、十束はそれを易々と壊してゆく
十束のペースに徐々につられて、夾架はタジタジになりながら話を続けた

『で、でもさ…この期間ずっと探しても掴めなかった敵のアジトにあたしたちいるんだよ?分かるわけないよ…端末も壊されちゃったし…』

「大丈夫、必ず来るよ。夾架これ聞いたら絶対に怒ると思うんだけど、俺と猿くんは敵の狙いに気づいてたんだよ」

『え!?どういうこと…!?いった…!』

ピクリと体を跳ねさせた後に、拘束を忘れて振り向こうとしたのか、十束の左肩と夾架の右肩、そして頭がごツンとぶつかった
頭も痛かったが、それ以上に左半身を捻った事による痛みが大きく、夾架は体を前方に折りたたんだ

時間が経つにつれて痛みが増してきた
おそらく内臓損傷等はしてないだろうが、骨折だけでも充分堪えた

「本当はこうなるのを防ぎたかったんだけど間に合わなかった。でもちゃんと策は練ってある。だから今頃、猿くんを筆頭に動いてくれてるはずだよ。…隠しててごめんね、怒らないでくれると嬉しいな」

『……怒らないよ。あたしに隠してた理由もちゃんと分かるもん。あたしの方こそ巻き込んじゃってごめんなさい…でも、ありがとう…。1人じゃきっと怖くて怖くてたまらなかったと思うの』

十束の手を握り返して、夾架は十束に背を預け寄りかかった
ただ寄りかかったのではなく、心も十束に寄りかけた

「どーいたしまして。夾架がそう言ってくれてホッとした。とりあえず、状況整理しよっか」

『そうだね…』

状況を整理しよう、と2人は初めて周囲を見渡した
ここが先程ボスの言ってた例の部屋なのだろう
一面が冷たいコンクリートで覆われた、まるで地下室のような部屋で、窓はなく、裸の電球が一つだけ天井からぶら下がっているだけ
電気がついたままになっていたのは幸いだった

十束が向く方には、取っ手のついていない分厚そうな扉
そのすぐ横の壁に四角い液晶パネルが埋め込まれていたので、おそらくパスコード式のロック扉だろう

夾架が向く方には、さほど大きくはない箱がぽつんと置かれていて、その箱にも液晶パネルが取り付けられていて、パネルと箱が管のようなもので繋がれていた
おそらく爆弾だろう

そして、この部屋で目を覚ました時からずっと気がついていたが、あえて触れなかった匂い
あまり馴染みの無い匂いだが、以前草薙らと車で出かけた時に寄ったガソリンスタンドの匂いと同じだというのをすぐに思い出して、周りに無造作に巻かれた液体はガソリンだと理解した

炎の力を使って逃げようとすると、ガソリンに引火して、爆弾が爆発してお陀仏
そして夾架のストレインの力は2つの錠で抑えられている

「早く脱出して手当てしてあげたいんだけど、これだけ厳重じゃとても逃げられそうにないから、みんなが来てくれるの待とうか」

『そうだね……』

閉じ込めておくにはもってこいの部屋だ
完全に打つ手のなくなった2人は、仲間が来ることを信じて疑わず、部屋でくつろいでいる時と同じように会話を勤しんだ
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