long

□16
4ページ/7ページ


先日周防の寝癖がサイヤ人の様だったという話で盛り上がっていた時、ドン!!という強い縦揺れが起き、ゴゴゴゴゴと地響きが鳴った

『なに…、地震……?』

「いや、どうやら違うみたいだよ」

十束の言葉のすぐ後に右の腹部の徴が疼き、体が羽のように軽くなり、中心から赤の力が溢れる様に大きくなるのを感じた
王である周防のサンクトゥムが展開され、庇護下にいる時に起こる現象だ

『尊……』

「ね?来てくれたでしょ?」

『うん……ほんとに良かった……』

今まで半信半疑であったが、十束の言う通りに仲間がすぐ傍まで来ていると分かり、これで大好きな吠舞羅に帰れると思うと涙が零れた

揺れと地響きの起こり方からして、上の方の階から伝わってきている
自分たちが下の方の階にいるということもそれと同時に理解した

仲間と力の共鳴を起こして徴が熱くなる

次第に揺れと地響きが強くなっていき、仲間の助けを懇願していると、ピッピッという小刻みな電子音が聞こえ始めた

何の音だろうと、夾架は音のする方に目をやると、爆弾に取り付けられた液晶パネルに、先程は表示されていなかった赤い文字が時を刻んでいた

『待って……!爆弾が作動してる!あと5分で爆発しちゃう!』

「爆発しちゃったら流石に俺達やばいね、逃げなきゃだね」

夾架が見た時には4分56秒それがどんどん55秒、54秒と0へと近づいていき、おぞましさに全身からサーッと血の気が引いていく

最悪な状況だ
仲間がすぐ傍まで来ていて、後は助けを待つだけだと希望に満ちていたのに、一気に絶望のどん底へと叩き起された
取り返される前に殺すという、ボスが言っていた事を本当に実行する気なのだ

『パスコードが分からないと開けられないよね!?どうしよう…あたしたち、このまま死ぬのかな……?』

「夾架、力どれくらい抑えられてる?」

『え…?えと、2つ合わせて8割くらい……かな……』

カウントダウンを刻む電子音と共に不安が大きくなる
急にやってきた死の可能性を直視せざるを得なく、夾架は酷く困惑したが、十束は至極冷静で一切の困惑を見せなかった

「片方外れてどれくらいになりそう?」

『半分くらいかな……』

「わかった、ちょっとだけ無理できそう?」

『…大丈夫』

十束の冷静さに夾架もすぐに冷静さを取り戻し、何か考えがありそうな十束に全てを委ねる事にした

「俺が片方の手錠の繋ぎ目を焼く。夾架は俺達が息の出来るギリギリくらいまで酸素濃度を低くして、引火しないようにして」

『わかった。外れたらすぐにパスコードの解除ね。パスコード知ってる奴と精神繋げて探ればいいってことね』

「うん、やれそう?」

『迷ってる暇ないよ、やろう』

失敗の可能性、失敗したらどうなるか、マイナスな事は微塵も考えなかった
へーきだ、大丈夫だ、きっとやれる、プラスな事をひたすらに考えて、恐怖心を追い払いなんとか心を奮い立たせた

すぐに立ち上がり扉の前まで移動した

作戦通り空気操作を行うと、息苦しさを実感し始めた
薄い空気をなんとか肺へと取り込もうと、胸を上下させると傷が痛み、夾架は固く唇を噛み締めた

その背後で十束は集中し自らの力と向き合っていた
焼き切る鎖は視界には入らぬために左手の人差し指で触れ、位置を頭の中に叩き込んでから、指を鎖と直線上に位置するように遠ざけた

夾架は爆弾の方へとちらりと目をやった
残り時間は3分半をきった

(頑張れ多々良……)

やがて、十束が赤のオーラを纏い熱を帯びる
夾架は痛みを省みず多めに息を吸い込んで、ぐっと奥歯を噛んで酸素を更に薄くする

バチッと音がしたかと思うと、左手首に焼けるような痛みが走った

『っ!!』

本能により咄嗟に腕を庇うように引っ込める動きをするが、十束の腕ごと引っ張ってしまう、不味いと思った時には既に、自分の左腕だけが胸元へと来ていた
その左手には手錠の輪が嵌められたままだったが、もう片方の輪と繋ぐ鎖は途中で切れていた

すぐに酸素濃度を元の状態し、安堵の息を薄く漏らした

『成功したみたいだね……』

「…ちょっと疲れた。ごめんね、痛かった?」

『ううん、大丈夫。引火もしなくてホントに良かった。さて、次はあたしの番ね……』

鎖が切れた際に飛び散った火花による火傷だろうか
いつの間にか包帯が外れている左手首を見ると痛む箇所が赤くなっていた

痛みの感覚をすべて頭の隅に追いやって、今度は自分の番だと夾架は切り替えた

『ん、やっぱり5割ってとこかなー。1回リンク切る』

「りょーかい、夾架なら出来るよ』

やる。とは決めたものの、対象が一切絞れぬまま、無作為に繋がって、パスワードだけを抜き取るなんて本当に出来るのだろうか
夾架の内に秘めた不安を十束は汲み取って、出来るよ。と声をかけた

(多々良は本当に優しい人だな…この人のこういう所が大好き……。この人を絶対に死なせる訳にはいかないし、あたしもこの人ともっと生きたい。頑張らないと…!)

息を吐いて、目を閉じて、瞬時に精神を十束から離れて1番深くまで沈め、感覚を研ぎ澄ませた
そして流れてくる"声"を全て聞き、それがパスワードなのか、そうでないかを判別した
吠舞羅のメンバーの声も聞こえたが、今はそれよりも敵の声を聞かねばならなかったので、聞いたことのない声により耳を傾けた

この建物にいる人物に出来るだけ対象を絞っているが、感情の海に投げ出されたかのような感覚に溺れて翻弄される

莫大な情報量に頭がパンクしそうだ

以前暴走していたように、望んでいない情報も頭の中にどんどん入ってきて頭が割れるように痛いし、心も痛くて息苦しい
大きな波に呑まれる感覚に目眩がした

吠舞羅のメンバーの声も聞こえた
しかし今はそれよりも敵の声を聞かねばならないのだが、仲間の声と敵の声、ぐちゃぐちゃに混ざり合い誰の声なのか判別がつかなくなっていた

(みんなの声じゃなくてパスワードが知りたいの……誰がパスワードを知ってるの…?雑音が多すぎて全然分からない、苦しい、苦しいよ……)

自由になった左手でこめかみを抑えて、苦しさに耐えながら、薄く目を開いて爆弾の方に目をやった

(時間がない…でも全然分からない…… どうしよう、やばい、このままじゃ死んじゃうのに分からない………無理かも、頭が痛い、割れそう……)

無理かもしれない。
このまま死ぬのかもしれない。
そう思って涙を一筋流した瞬間に、繋がれたままの右手に十束の両の手が重ねられた

「夾架、俺この前さ、美味しそうなパフェのお店見つけたんだー。今度2人で食べに行こっか。今丁度イチゴの季節だから絶対に夾架が喜ぶと思うんだ」

十束の暖かな声に夾架はキョトンと目を丸くし、十束の方にすぐに目をやった
夾架が目を合わせてきたので、十束はふわりと笑みを浮かべると、夾架も同じように笑みを浮かべた

『分かった、食べに行こ。絶対だよ』

(多々良はまだ諦めてない…ならあたしも諦めちゃダメだ。絶対生きてここを出て、パフェ食べに行って、また平和な日々を送ろう…!)

頭の痛みや息苦しさはいつの間にか消えていた
再び目を閉じて深く精神世界へと潜りこんで、感情の海へと入っていく
今度は様々な感情を拒み藻掻くのではなく、すべて受け入れて理解して、波に体を浮かべた
そうして感情を理解していく事で、その先にある思考を理解していく

頭に入ってきたものを、変わらず一つ一つ受け止めて、違うとわかったらすぐに受け流して、パスワードを逃さぬようにしっかりと意識をしている

やがて夾架の強い力に手錠の能力制御がオーバーヒートを起こし、スパークして制御の力を失った

もう力を抑えるものはなにもない
爆発的に力が漲り、その力の全てをパスワードを探しへと注ぎ込んだ
全て注いで自制が効かなくなったとしても、十束が必ずなんとかしてくれる
だから遠慮しないで力を使ってもいい

(これならいける……!!)

夾架は再度集中し始めた

そんな夾架を十束は見守っていたが、内心ハラハラドキドキで堪らなかった
口には出ていないが、もう殆ど時間が残っていなかった

(夾架、がんばれ……)

『見つけた……』

一瞬頭の中に過ぎった、見知らぬ男の思考を見逃さなかった
言葉と共に一瞬で現実世界へと戻り、深く沈んだ分すぐには覚醒しきれず朦朧とする意識で、だが確実に、頭に入ってきた12桁の数字をディスプレイを叩くように打ち込んだ

[ピピピ!ロックが解除されました]

『…開いた』

電子音と音声が鳴り、鉄の扉が自動で開き壁に格納された時、扉の電子音よりも大きな、ピーという耳を劈く様な音が鳴り響いた

「夾架!出るよ!!」

『っつ……』

「夾架!?」

カウントダウンが0になり、その合図として音がなったのだ
十束はすぐに出ようと夾架に声をかけたが、夾架は再びこめかみを抑えてよろめいた

十束は咄嗟に夾架の腕を思いっきり引き、胸の内に抱えて床を転がるようにして部屋から飛び出た
その背後では鼓膜が破れるのではないかというくらい大きな破裂音がし、一気に周りの空気が熱くなり炎が荒れ狂うように燃えさかり、爆風が吹き荒れた

「あつ!あっつ!!やばいやばい!俺燃えてる!!」

開いた扉から炎やら破片やらが吹き出し、開いた扉の目の前の壁にぶつかった
ほとんどその爆風と炎に押されるようにして部屋を左横に飛び出たので、十束のコートの右肘のあたりに炎が燃え移っていた
すぐに炎を消して、気休め程度にフーフーと息を吐きかけた

「ふー、よかった…なんとか間に合った。夾架、助けてくれてありがとう……」

まさに危機一髪だった
先程自分たちがいた部屋は既に炎の海だ
爆発の炎がガソリンに引火してどんどん炎が大きくなっていく
もう少し遅かったら爆発に巻き込まれ火だるまになっていただろう

礼を述べたが夾架の返事はなかった
力を使い果たして気を失っている
よく暴走しないでここまでやってくれた
力なくもたれかかる夾架の体を抱きしめて、もう一度ありがとうと声をかけた

とりあえず、炎が外に漏れ出してきているので、一刻も早くここから逃げる必要がある

能力制御の力は失ったものの、お互いの右手は繋がれたまま
なんとか抱き上げて、腹部に負担をかけないように慎重に走り出す

スプリンクラーがあるものの、作動をしていないために予想以上に炎の周りが早い
逃げる2人を炎と黒煙は追いかけるよう迫ってくる
息を吸うと喉が焼けるように熱くなる

おそらく夾架が気を失っていなければ、空気操作の能力でどうにか出来たかもしれない。とは思うものの、先程助けてもらったばかりだ
夾架の能力にこれ以上甘えてはいけない

「痛かったらごめんね、少しだけ我慢してね……」

夾架への負担を減らすためにゆっくりと走っていたが、十束はより強く夾架を抱きしめて長い廊下を全速力で走り出した
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ