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追いかけてくる炎との距離が広がった頃、前方から慌ただしい足音が聞こえてきて十束は歩みを止めた
(敵…!?俺達が逃げたこと気づかれてるのかな……)
薄暗い廊下では人物の認識が出来ず、十束は、相手を敵と見て、先手を打たれる前に誰?と大きな声をかけた
「十束!!無事か!?夾架もちゃんと一緒やな……」
聞き慣れた声で返事が返ってきて、その声の主はすぐ駆け寄ってきた
「草薙さん!助けに来てくれてありがとう!!ところで炎がやばいんだ、草薙さんなんとかしてよ」
「スプリンクラー作動してへんのかー、壊せば水出るやろ!よっと!!」
探していた2人の姿を近くまで来て認識し、酷く心配している顔と、ホッとしている顔とが入り交じって苦い顔を浮かべている草薙は、十束らの背後に迫る炎を見て、手に握ったままのジッポから炎の鞭を繰り出して、天井に備え付けられてはいるが作動をしていないスプリンクラー目掛けて奮った
スプリンクラーは大々的に破壊され、草薙の目論見通り水が吹き出し、それに連動してか全てのスプリンクラーから水が出た
確証はなかったものの、なんとかスプリンクラーが作動をしてくれたので良かった
これなら火も弱まるし、いずれ消えるだろう
ずぶ濡れになる前に、草薙の案内でこの階から移動をした
階段には、焦げた後が残っていたりと戦いが行われた事を物語っており、そのすぐ側にはスーツを着たものが倒れていた
「これ全部草薙さん?」
倒れている敵を一々気にかけられる程余裕はなかったが、あまりの数の多さに十束は苦笑いを浮かべながた
「せや。他のもんはみーんな上で、俺だけ地下フロアに下りたんや」
「俺達地下にいたんだ、全然気づかなかったや」
「とりあえずここまでくればなんとか大丈夫やろ。で、夾架はどないしたんや」
何フロアか上へと上がり、地響きがより強く感じられるようになった所で、2人は廊下の方へと出た
炎がここまで上がってくることもないだろうし、敵の気配もしないので、ここで体制を整えようと歩みを止めた
そして伺うタイミングを逃してから未だに聞けていない、最重要事項である夾架の安否について草薙は尋ねた
「俺たち爆弾が仕掛けられた部屋に閉じ込められてたんだ。敵はキング達に助け出される前に俺たちを殺そう。って事で時限式の発火装置が作動して、で、そこから脱出する為に強い力使って気を失っちゃった。おかげでなんとか逃げられたんだけど。あ、あと肋骨が多分2.3本折れてるかもって……」
「なるほどな、折れたもんが肺やら臓器やらに刺さってないとええんやけど……」
「そんな感じじゃなかったから大丈夫だと思う…。でも爆発の寸前に部屋から引っ張り出したりとか、今も結構走って揺らしちゃったからどうだろう、やばいかな」
「とりあえずケガん具合、確かめてみるか」
今更ではあるが、十束はゆっくりとしゃがみこんで、そっと夾架の体を床に寝かせた
「あ、草薙さん。この手錠切れない?」
「それくらい自分でやりやー」
「1つ切るので精一杯だよ」
右手同士を繋いだままの手錠を草薙の方へと突き出した
自分でやれと言いながらも草薙は、力を凝縮させた非常にコンパクトな炎の鞭で、一瞬で鎖を断ち切った
夾架と繋ぐ手錠の鎖が切れる様を十束は見つめていた
物理的な拘束具が切れただけだが、少しだけ嫌な気持ちになった
互いの精神や関係は鎖のように固いもので結ばれている、といつも十束は思っていた
鎖と言うのは例えだが例えに使っている鎖で、現実世界では先程まで繋がれていて、それが切れてしまった
切れたからなにかがあるわけでなく、寧ろ手が自由に使えるようになって有難いのだが、離れてしまった夾架の手を十束は握り締めた
何故か、精神世界の繋がりまで切れてしまったのではないかという錯覚に陥った
しかし、十束の心の奥底にはキチンと夾架がいる
脱出する時にリンクは外れてしまったが、今はしっかりと繋がっている
その事にひどく安心感を覚えた十束は、青い顔をしている夾架の前髪をそっと左に掻き分けて、頬をそっと撫でてやる
「他のみんなは上なんだよね?」
「あぁ、上の方で派手に暴れとるわ。尊がかなり怒っとるから、向こうさんも時間の問題やろな。
あー…こりゃ折れとるわな、これ以上は動かさんで救急車呼んだ方がええな。無闇に動かして悪化さしてしもうてもあかんしな」
「わかった」
怪我の具合を見る為に、床に寝かせた夾架の服を胸元まで捲り上げ素肌を見ると1番に右腹部の徴が目についたが、反対の左腹部が赤黒く変色していて思わず息を呑む
肋骨周辺の広範囲が腫れ上がり酷い内出血を起こしていたので、間違いなく骨折しているだろう
目視だけではそれだけしか分からず、骨が体の内側を傷つけてしまっているかいないかは判断がつかない
ほぼ安全な所まで逃げれたので、これ以上は移動する必要がない
草薙はそう言い切って、ジャケットの内ポケットから端末を取り出して、スリープモードを解除するが、すぐにまたスリープモードへと戻した
「十束、ここ圏外やから俺の端末持って上あがり。電波入るようなったら救急車呼んで、そのまま尊ん所行ってくれ。手つけられなくなった尊を宥められるんわお前だけや。
俺はここに残って夾架見とく。残党が襲ってくるかもしれへんからな。あと、夾架の応急処置するから今着てる上着だけ置いてってや」
「分かった、ありがとう草薙さん。夾架の事お願いね」
「おう、任しとき」
草薙の言う通りに、差し出された端末を受け取って、ジャケットを脱いで代わりに渡す
夾架が心配なので本当は離れたくないが、一刻も早く上階への上がり電波を拾って救急車を呼ぶことが、1番夾架の為になることだ
「夾架、もう少しの辛抱だからね。必ず吠舞羅に帰ろうね」
言葉をかけてやってから、すぐに十束は2人を残して走り出す
草薙は、十束の背が遠ざかり見えなくなるまで見届け、自分もジャケットを脱いで2人分の上着を使用し、骨折している辺りを軽く圧迫する程度に縛ってやった
夾架の事だから、意識はなくてもきっと精神世界で痛みを感じている筈だ
今してやれることはこれしかないが、何もしないよりはマシだろう
床にピッタリと背をつけて寝るよりも、軽く状態を起こした状態が楽だと、以前知人が同じように肋骨骨折を起こした時に言っていたのを思い出して、自分の膝を使って夾架を楽だという体制で寝かせてやった
「ほんまに無事で良かったわ……」
ホッと胸をなでおろし、安心したことにより急に口寂しさがやってきてタバコに火をつけ燻らせた
ーーーーー
上階へと上がるとさらに地響きが強くなってくる
どれだけ暴れてるんだか、と十束は顔を引き攣らせた
階段を全て上り終え、壁を見ると1Fとゴシック体で書かれていた
漸く地上階へとたどり着き、すぐに廊下へと出た
1階までくれば電波も入るだろう
草薙から預かった端末を取り出して見てみると、画面の左端に電波状況を表すアンテナが4本きっちりと立っていた
良かったと呟き、救急車を呼ぼうとしたところで、目の前にどこからともなく装束を身にまといウサギの面を被った者が3人現れた
「ウサギ……」
「人質にとられていた、赤のクランズマン十束多々良だな」
「うん、そうだよ」
十束はいきなり現れたウサギを前にして、目を丸くさせ驚いた表情を見せたが、すぐに目を細めて答えた
「同じく赤のクランズマンであり、もう1人の人質とされていた九乃夾架は何処に居る」
「君たちが敵ならば、夾架の居場所は教えられない」
仮面を被ったウサギの目論見がなんなのか全く想像がつかない
一体なぜ、黄金の王の配下である彼らがこんな所にいるのだろうか
そしてなぜ、人質にとられていた事などを知っているのだろうか
十束は警戒心をむき出しにしていたが、ウサギからはそういった気配の何も感じられない
「我々は敵でも味方でもない。ストレイン拉致、密売、殺害の実態を重く受け止め、この件の全てを我々非時院が、セプター4に代わって受け持つこととなった」
「それは黄金の王の直々の命かな?」
「第2王権者黄金の王國常路大覚氏による決定事項である。従って、赤のクランには撤退を命ずる」
「それは俺に言われても困っちゃうな。俺たちの王様に言ってくれないと」
敵ではないことがわかり、十束は警戒を解いて肩を竦めて苦い笑いを浮べて言う
「既に別の者が伝達している。しかし赤の王は撤退の命を背き続けている。このまま背き続けるのであれば協定違反となり、赤の王も裁きを受けるであろう」
「んー、それは困っちゃうな」
「ならば命を聞け」
「俺にキングを止めろってこと?」
「いかにも」
中々無茶を言うじゃないか
更に苦い顔を浮かべて十束は少し考え込んだが、すぐに頷いて見せた
「……わかった、救急車呼んだらすぐに行くよ」
交渉を勝手に引き受けて怒られるのも百も承知だが、ここの後始末など全て引き受けてくれるというなら悪くない話だ
全て彼らが言う中には、この件に携わったストレインらの処分まで含まれているだろう
それに関しては、こちらでどうこうするよりも、黄金のクランに任せた方が何倍も良いだろう
奴らが今後夾架を襲ってくる心配も無くなるはず
色々考えた上での同意だ
手を止めていた端末を再び操作をし始めると、ウサギより制止の声がかかる
「その必要はない。医療班を外に待機させている」
「わー、手回しが早いね。流石は黄金の王サマ」
「負傷者は九乃夾架か」
「うん、そう。意識がないんだ。肋骨骨折してるから動かせない。地下3階に草薙出雲と一緒にいるよ」
「地下3階に負傷者1名、負傷者は今件人質の九乃夾架。至急担架を要請する」
ウサギが通信機で救護班の要請行っている間も、十束は冷静に思考を巡らせていた
(黄金の王直々に命令してきてるんじゃ、従わないと不味いよね。
でも俺は、個人的には黄金のクランが憎い…。
夾架を閉じ込めていた施設は黄金の傘下だし、実験を行っていた職員も黄金のクランズマンだ。
結局、夾架の件に黄金の王がどう関与してたかは分かってないけど、それでも憎い……。
夾架に苦しい思いをさせてきた奴らを俺は許すことは出来ない)
夾架の過去を全て知っているわけではない
未だに聞けていない事も多いが、分かっている事だけでも酷い内容である
十束自身、黄金とは関わった事は殆どと言っていいほどないので偏見かもしれないが、それでも夾架の事を思うと卑屈に思ってしまう
「あ、ねえ、彼女病院に連れていく場合は、七釜戸の病院なのかな?」
「いかにも」
「出来れば他の病院に運んでほしい。彼女にとって七釜戸の病院は絶好のトラウマだ。君たちもその事知ってるよね?ストレインを一般病院に収容するのは難しいかもしれないけど、どうしてもなんだ。それさえ呑んでくれるなら、俺はすぐに赤の王の攻撃を止めさせる」
十束の懇願にウサギは押し黙ってしまった
想定外の頼みに、考えてはみたが答えは出ない
再びウサギは通信機で連絡を取り始めた
黄金の王に確認を取っているのだろうか、しばしの沈黙が流れた
イマイチ掴みどころのないウサギと沈黙を共有するのは、さすがの十束もしんどさを感じた
「許可が降りた。御前とも関わりのある国立病院に搬送する」
「助かります。じゃあ、夾架のことお願いします」
十束はウサギに向かって深々と頭を下げて、すぐに周防の元へと向かった